4:初仕事の朝

 翌日の朝、白い着物に赤い袴を履き、巫女姿となった私は、少し眠いのを堪えながら境内を箒で掃いていた。


 神社の敷地内に建っている家は、私が生まれる何十年も前からそこにあった代物だったが、中は意外と手入れが行き届いていた。


 一度家から出ないと風呂のボイラーが動かせないのだけが不満だが、贅沢は言わない。何しろ、神社キーパーをしている間の衣食住は協会により保障されているのだから。


「おはよー」


 ふと社の方をみれば、屋根に腰を下ろしたクロが見えた。

 昨日見た時と同じ格好だった。神様の衣服は私達が着るものと違って、毎日着用していても汚くならないらしい。

 なんて羨ましい話だろう。


「おはようございます」

「昨日、随分遅くまで騒がしかったな」

「掃除をしたり、持って来たものを整理したりしていたので。煩かったですか?」

「別に。ちょっと気になっただけだ」

「今日からは静かになると思います。元々そんなに汚くも古くもなかったし」


 そう言うと、クロは曖昧に「へぇ」と言ったきりだった。

 暫く、私が掃除をするのを眺めていたが、やがて思い出したように「あっ」と声を出した。


「なぁなぁ、学校行くんだろ?」

「はい、掃除が終わったら。今日は転校初日なので早く来るように言われてるんです」

「昨日のことだけど」

「だから、そういうのは私の仕事じゃなくて」

「呪いをかけるには、相手のことをよく知らないと無理なんだ。わかるだろ?よく知らない奴を呪うというのは矛盾してるからさ。だから、ちゃんと俺が呪うべき相手を見極めて来いよ」


 だからなんで呪うこと前提なのか。

 あと、私は別に人を呪うのを手伝うために、此処に来たんじゃない。


 元々「此処は呪いをかける神社ですよ」と派遣されたならとにかくとして、私は「願い事を叶えてくれるありがたい神社」だと言われてやってきたのに。


 そんな不満を、しかし私は喉奥に封じ込めた。

 何を言っても無駄なような気がしたからだ。

 それを承諾と取ったのか、クロはご機嫌になって何処かに行ってしまった。


「すっごい理不尽!」


 此処の本来の神様が戻ってきたら、仕事運向上をお願いしよう。

 そして次はもっと良い神社に行くんだ。


 私はひそかに決意をし、制服に着替えるために家の中へと引き返した。

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