3:呪詛神「クロ」

 ……呪うって言った?

 いやいや、呪っちゃだめでしょ。何言ってるの、あの神様。


「呪うとすっきりするよ。それに犯人も捕まるかもしれないし」


 相手に自分が見えていないことを知ってか知らずか、神様はとても饒舌に呪うことのメリットを説いている。


 曰く、呪いをすれば心身ともにハッピーになる。曰く、呪い返しされないように念入りに呪っておけば大丈夫。曰く、呪わないにせよ作法を覚えておくと就職の時に有利云々。


 就職に呪いのスキルが有効な会社はないと思う。高校生だから知らないけど。あったとしても入りたくない。


「それとも俺が呪ってあげようか。最近暇なんだよね。あ、でも呪う相手の顔と名前がわからないとなぁ。知ってる?」


 話しかけたところで、見えてもないし聞こえてもいないのだから、わかるはずがない。


 彼女はそのまま、来た時と同じ泣き顔のままで神社を後にした。


 つまらなそうにそれを見送る神様に、私は当然食って掛かる。


「なんですか、今の!」

「え、神様のお仕事だろ?」

「呪っちゃダメでしょ!」


 私の抗議に、神様は不思議そうに首を傾げた。


「なんで?だって俺、呪詛……呪いの神様だよ?」

「はぁぁあ!?」

「いや、あのさ。願い事ってザックリ分けると「自分の望みを叶える」だろ?「憎い人間を呪ってひどい目に遭わせる」のも、願い事の一種じゃん」

「え、いや。そうかもしれませんけど」

「大体、此処の神社の由来見ただろ?立派な呪いじゃねぇか」


 至極当然といった調子で言う神様に、私はなんだか自信がなくなった。

 確かに言っていることは一理あるけど、それってどうなんだろう。


「この神社、恋愛成就とか商売繁盛とかそういうのも掲げてるじゃないですか」

「だーかーらー。俺は姉様の代理なんだって。姉様はお願い事を叶える神様だけど、俺はこの神社の神様じゃねぇの。この裏にある「朽花神社」の神様」

「う、裏?」


 慌てて、協会から受け取った資料を荷物から出して目を通す。

 しかし、そんな神社の名前はない。


「聞いていません」

「まぁ鳥居と小さい社があるだけのボロ神社だから、神社きーぱーとやらも来ないんだろ」

「えぇぇ……。なんか色々ツッコミたいんですけど……」

「それより、今の願い事どう思う?」


 賽銭箱から降りた神様が、笑みを浮かべながら私に尋ねた。

 立ち上がると意外と背が高く、私より頭一つ分大きい。


「どう、って?」

「親友を殺した犯人って言ったじゃん。気にならない?」

「そういうのは警察の仕事でしょ。神様には関係ないはずです」

「俺の勘だけど、普通の事件じゃないね。犯人は人間じゃないかもしれないし、被害者も人間じゃないかも」

「どういう意味ですか?」

「あの娘、ちょっと獣くさかった。でも野山の獣じゃない。人間に飼われている獣の匂いだ」


 私は神様の言いたい意味がわからずに眉を寄せる。

 人間に飼われている獣というと、犬や猫だろうか。


「あ、猫だけじゃないと思う」


 こちらの思考を見透かしたかのように、神様は口角を上げた。


「猫はわかる」

「仲間だからですか?」

「あったりー。あの娘、ミドリと同じ制服だから同じ学校だろ?ちょっと話聞いてきてよ」

「なんで私が……」

「神社きーぱーだろ?俺の仕事を手伝うのも仕事のうちじゃねぇの?」


 無邪気に言う神様に、私は大きく溜息をついた。


「あのですね、クロ様」

「クロでいいよ」

「じゃあクロ。私は巫女であって、人生相談や警察の真似事をする趣味はありません!」

「じゃあよろしく!」

「ちょっとぉ!」


 こちらの話など聞かずに、社の中に戻っていく背中を呼び止める。しかし神様、もといクロは振り返りもせずに扉を閉めてしまった。


 残された境内で、再び溜息をつく。

 なんだかこの先のことが、とても思いやられた。

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