2:神社キーパーと神様
「……にしても」
神様は私の顔を数秒眺め、続いて頭の先から爪先までを大きな瞳で見回した。
「俺だってそんなに巫女とか神主とか見てきたわけじゃないけど、お前本当に巫女?」
「どこからどう見ても、清楚な巫女でしょう」
「髪染めて化粧して、つけまつげした巫女ってあんまり見ないけど」
その指摘に私は口を尖らせる。
いいじゃないですか、派手なメイクが好きなんですから。とは言わない。雇用主と有効な関係を築くのが、仕事を遂行する第一歩である。
それに私が目立って派手なわけじゃない。他の渡り巫女や渡り神主にだって派手な人はいる。
多分。見たことないけど。
「それって誰が頼むの?」
「大体は地域ごとに神社を取り締まる組織とか、あるいは国の文化財を保護しようとする方々とか、あとは今回のように神様から直接依頼が来ることがあります。なるべく若い娘が良いと言われたので、私が選ばれました」
「まぁ確かにむさ苦しいオッサンとかババ様よりは、若い娘のほうがいいけど」
「因みに私はこの町の高校に編入しましたので、お仕えする時間は平日は朝五時から八時まで、あとは学校が終わり次第から夜の九時まで。休日は九時から十五時までで、祭事などでは臨時ボーナスを支給されます」
「ふーん」
早くも興味を失ったらしく、大欠伸をする相手に、私はめげずに話しかける。
「貴方のことは何と呼べば良いでしょうか」
「……クロ」
「クロ?」
「姉様はそう呼んでる。因みに姉様はシロだ」
この神社の由来からして、恐らく猫の神なのだろうとは思っていたが、名前があまりに猫っぽいので、私は軽く吹き出した。
「なんだよ」
「なんでもありません」
「それよりミドリ」
「ミトリです」
「誰か来るから隠れた方がいいんじゃないか」
確かに誰かが石段を登ってくる音が聞こえる。
私はリュックサックとは別に地面に置いたままだった、新調したばかりのボストンバッグを抱えて、柳の木の後ろに隠れた。
階段を昇って現れたのは、私と同じ制服を着た少女だった。私は二年生だが、あの子は何年生だろう?ちょっとわからない。なぜなら彼女は泣いていたからだ。
真っ赤になった目を擦りながら、賽銭箱の前まで来た少女は、おぼつかない指先で財布の中の五円玉を取り出した。
賽銭箱の上にいる神様には全く気付かない。
神様が見える人間は限られているので仕方ないが、見える人間からすれば、結構面白い光景だった。
「神様、お願いします」
鼻を啜りながら、少女は掠れた声で言った。
放り投げた五円玉は賽銭箱の中に吸い込まれ、先客である私の履歴書に当たって乾いた音を立てた。
「私の友達を殺した犯人が見つかりますように」
はい?と私は物陰から声を出しそうになった。
まぁ確かに此処は、願い事が叶うと有名な神社ではあるけど、主にそれは恋愛成就だとか受験合格祈願とかに使われているはずだ。
そういう願い事は神社に行くよりも警察に嘆願しにいったほうが良いのではないか?
しかし少女の声は真剣そのものだし、私はまだこのあたりの警察なんて知らない。第一、願い事をこっそり聞いていましたなんて、巫女としてあってはならない。
どうしようかと思いながら様子をうかがっていると、賽銭箱の上の神様が大きく欠伸をした。
そして思いもよらない言葉を吐いた。
「呪っちゃえばぁ?」
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