神社には今日も呪詛神様がいる

淡島かりす

神社には今日も呪詛神様がいる

1:猫柳町に巫女が来た

 昔むかし、あるところに猫を大事にしているお姫様が住んでいました。


 お姫様は幸せに暮らしておりましたが、ある時、遠くに住む父親の元に向かう途中で山賊に襲われ、切り殺されてしまいました。


 死ぬ寸前、お姫様は可愛がっていた猫に言いました。


「お前が私のことを少しでも哀れと思うなら、あの憎い山賊に鋭い爪を突き立てておくれ」


 猫はその願いを聞き入れ、野を駆け川を越え、憎き山賊の元に向かいました。

 そしてお姫様の願い通りに、その顔に爪を突き立てて、山賊は二度と光を見ることは敵いませんでした。


「……これが心願成就の花咲神社の由来である」


 都会からさほど離れていないが、交通の便が少々悪いことで昔からの景色が強く残る町、猫柳町。


 その高台にある神社は、町の名前の由来となった、立派な柳の木が立っている。

 ご丁寧にしめ縄を飾られた木の傍らの立て札を読み終わった私は、溜息をついて顔をあげた。


「歴史は長いみたいだけど……、これだけちゃんと祀られてる神社なら必要ない気がするなぁ」


 初夏の風を受けて、柳の木が揺れる。

 それと一緒に私の茶色く染めた長い髪も宙に流れた。


 神社には社の他に、神社の管理人が使うための小さな家屋がある。それなりに手入れはされてそうだが、とにかく古かった。


 現在、この神社に管理人はいないらしい。十年前は神主がいたが、跡継ぎがいなくなって、そのまま無人となったという話だった。


「まぁいいか。何か理由があるから呼ばれたんだろうし」


 卸したてのセーラー服のスカートの裾を直し、襟元を整える。

 そして社の前に立つと、私は大きく柏手を打った。


「すみませーん、神社維持協会から来ましたー!」


 社の中に声をかけると、暫くしてから反応が返ってきた。やたらに気だるそうな雰囲気を漂わせた何かが、社の戸を内側からこじ開ける。

 私の前に現れたのは、和服を着た少年だった。


「なんだよぉ、寝てたのに……」

「あれ?」


 私は怪訝に思って、その相手を見る。


 腰より長い黒髪を無造作に一つで束ね、白い和服の上に黒い羽織を重ねている。

 吊り気味の両目は灰色で、鼻と口は小ぶりな分、目の大きさが目立つ。

 顔立ちそのものは私と変わらないくらいだが、実年齢はもっと上だろう。


「貴方が此処の神様ですか?」

「ん?」


 暫く寝ぼけ眼だった少年は、辺りを見回してから気付いたように目を瞬かせた。


「何、お前。俺の事見えるの」

「見えますよ。それより此処の神様って女の神様じゃないんですか?」

「俺は代理。姉様は旅行中」

「旅行?」

「あー、そういや姉様が言ってたなぁ。お世話係をちゃんと頼んでおくからって。それがお前?」


 社から這い出て来た少年は、賽銭箱を椅子代わりに腰を下ろす。

 私は背負っていたリュックサックから、一枚の紙を取り出すと相手に差し出した。


「神社維持協会の渡り巫女として来ました、神社キーパーの美鳥れんこです」

「ミドリ?」

「ミトリです」


 紙を受け取った少年はそれを一瞥してから、賽銭箱の中にそれを突っ込んだ。


 頑張ったのに。その履歴書書くのに一時間かかったのに、という文句は喉の奥に封じ込む。


「神社きーぱーって何」

「簡単に言うと、神社における契約社員です。こういう、管理人がいない神社では神社が衰退してしまうことが多いので、綺麗に保つ必要があります。いわばハウスキーパーの神社版」

「はうすきーぱー。あぁ、家政婦みたいな?」

「そうです。維持協会では全国の神社でお金を出し合って、必要に応じて私のような「渡り巫女」や「渡り神主」を派遣するというわけです」


 大人びた言葉遣いをしながら、私は丸暗記した説明を諳んじる。偉そうに言っているが、私がこの仕事をするのは二回目で、協会ではまだまだ新米だ。


 神様から見れば新米もベテランも違いはないのだろうが、それでも私にだって自尊心というものがある。

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