第1章

 地球がある銀河とは違う宇宙に存在するアチーブメントスペース。300年前そこでは戦争が起こっていた。アチーブメントスペースにおける3つの世界。3つの世界の中で一番上にある天界。3つの世界の中心に位置する人間界。3つの世界の一番下に存在する魔界。その中で天界の天上人、そして魔界の魔人が人間界を巡って戦争を行った。これを天魔中戦争という。しかし、魔界の王である“魔王”の突然の死。そして、天界の統一者の“神”が、後任に代わったこと。これによって200年に渡る戦争は終わり、人間界は2つの世界で繁栄をもたらしていこうという話し合いの結果を生んだ。


 そして現在、1人の青年が人間界にある大陸の1つ『スーリングウィンドウ』へと到着する。

「おぉ、ここが……」

 港をすぐに出ると草原が見え、その先には森。周辺に人工物と言われるものは、この場所にある港だけのようだ。

 彼はインターナショナル・サバイバル・オーガニゼーション――通称『ISO』に所属するISO=ジンである。ただ漠然と誰かの助けになりたいと思い、ISOでの試験を受けて合格。そして、赴任先がこのスーリングウィンドウということだ。

「兄ちゃん!」

 船の方から声が聞こえてくる。ここまで船で連れて来てくれた船長だ。

「兄ちゃんはISOの人って言ってたが、ここが赴任先かい?」

「はい、研修を受けてすぐここに決まりました」

「そうかそうか」

 船長の表情は何だかそれを複雑な表情で聞き、そう返事をした。ジンもそれを見て不思議に思っていたのが顔に出ていたのか、船長は苦笑いをする。

「いやな――この大陸のモンスターは他の場所とはけた違いだ。だから、赴任先に着く前におっちぬんじゃねえぞ?」

「はい! ありがとうございます!」

 微妙な表情のまま船長は船へと戻り、ジンに手を振りながら出港していった。それに手を振り返し終わり、ジンはISOから支給されているGPSを確認する。

「えっと……」

 使い方は研修で聞いていたが、正直全ての機能は覚えていなかった。その数50もある、と言われれば覚える気も無くすという物だ。しかし、GPSとしての役割――赴任先である街までの位置情報や自身のいる場所を示す操作は覚えている。

「遠いとは聞いてたけど、数日は掛かりそうだなぁ」

 距離を確認しながらジンは溜息をつく。しかし、こんな事ではいけないとすぐにうつむいている顔を上げて歩き始める。

「というか、乗り物くらい支給してくれてもいいんじゃないの……」

 前向きな思考と、少しの愚痴をこぼして歩き続ける。

 見えていた草原を抜けて、同じく見えていた森へと入っていく。ここまでモンスターには出会えていない。船長が注意してくれた事でジンも緊張していたのだが、数時間経っても、空が暗くなってきてもモンスターに会う事がなかった。

(何だ、意外と大丈夫じゃないか)

 そう思いながら拾ってきた薪を組み立てて野宿の準備を始める。食料なども支給されており、現在持っている分があれば余裕で街までたどり着くことが出来るほどの量だ。

 鼻歌を歌いつつ本日の夕飯の準備を行う。ジンは持っている唯一の武器――ではなく、料理する為に持ち込んだ包丁を使って料理を始めた。

 自身の包丁を持っているとはいっても、ジンは人並みにしか料理は出来ないし、料理が好きというわけではない。ただ、街までは歩きでサバイバルをしていかないといけない、と言われて思いついたのが包丁を持っていく事だったのだ。

 言ってしまえばジンは落ちこぼれだった。今はこうして野宿を行っているが、サバイバルの経験など皆無。魔法も使えない。戦闘経験も一切ない。出来る事と言えば今やっている人並みに出来る料理だけ。

(どうして合格したんだろうなぁ)

 出来上がった料理を食べながらそう思う。

 ジンが受けた試験の中には剣の達人だという人も言えば、魔術師や魔導士としての才能がある人もいる。そう言った才能は凡才ではあるが、人間では珍しい“闇”や“光”と言った属性の魔力を持っている人などがいた。

 その中で三無い政策のような男であるジンがいた。そう考えば自分なんかよりも合格してもいいような人達はたくさんいたはずだ。しかし、ジンはその中でも合格した。それはきっと――。

「俺の意欲や熱意が伝わったからだな!」

 そう、ジンは思っていた。そして、持ってきていた巨大な三角形をした墓にいる偉い人を模した寝袋へと入って就寝する。

 

 そして、ジンは歩き続ける。指名された場所へと歩き続ける。

「はぁ……はぁ……」

 すでに持ち込んでいた荷物は何もなくなり、あるのは自分の体のみ。

「船長さんの話……本当……だったな……」

 あれから丸1日ジンは歩き続けていた。何もなければ今日も野宿をして、リュックに入っている食料を自分の包丁で切って料理をする予定だっただろう。そして、偉い人の寝袋に入って就寝。

 というわけにはいかなかったのが現状だ。食べ物や荷物は全て襲ってきたモンスターに投げつけ、囮にしてきた。もちろん、寝袋――カーメンさんも囮になってくれた。

 今のジンは1日飲まず食わずで森を歩き続けていた。ここまで襲ってきたモンスターはどうにか振り切ってきたが、次現れた時にはもう美味しくいただかれてしまおうと考えていた。

(あぁ……俺はもう……ここで死ぬんだな……)

 などと、三無いジンは台詞までも月並みであった。そして、走りつかれて木に寄りかかり休もうとしたその時、草むらからガサガサという大きな音が聞こえる。

「ひゃぁぁぁぁああ!!!」

 ジンはどうにか逃げようとするが疲れで足が動かない。そして、しばらく経っても何も現れる気配がなかった。

 気になったジンはゆっくりと立ち上がると、音がした方向へと歩いていく。そして、しばらく歩いた先は森の出口なのか、それとも戻って来てしまったのか、草原が見えた。

「よっと」

 そして、目の前に綺麗な紫色の髪をポニーテールにしている少女がジンの前へと現れる――というよりも、降りてきたと言った方が正しいだろう。

「お、親方……空から……」

「あれ? 誰?」

 ジンに気付いた少女は首をかしげながらこちらを見る。何だろうか、その瞳に何だか吸い込まれそうな気分になる。そして、その奥には何かが眠っているかのような。そして、こんな状況でジンはその瞳が綺麗だと思った。

「イチゴ姉! そっちいったぞ!」

「はーい! あ、そこ動かない方がいいよ」

 そう笑顔でジンに言うと再び少女は空中へと上がると、持っている杖から炎の魔法にて更に上空で戦っている人の援護を始めた。

「無傷で、だっけー?」

「出来ればって言ってたよー!」

 2人は何の話をしているのだろうか。ジンは上を見上げると2人が戦っているモンスターが何なのかに気付く。そのモンスターは『神龍族』と言われるモンスターの一種だった。

 神龍族というドラゴンは人間界にある『ジャーベン』という国にあるフッカイ山に住むと言われているモンスターだ。しかも、そのドラゴンは伝説の存在となっており、こうしてみる事が出来ない程と言われているくらいだ。

 それを、あの2人はこうも余裕そうに戦っている。そして、先程の少女じゃないもう1人が地上へと降りてきた。

「もういっちょ」

 もう1人も少女のようだった。髪はストロベリーブロンドなのだろうか、髪が光の加減で変わり赤にも金にも見える。そして、赤かったのはそれだけではなかった。赤というよりも紅い閃光を残して再び上空へとジャンプをした。

 紫髪の少女が詠唱が終わったのか神龍へと氷の魔法を放つ。それは、ドラゴンの体をも飲み込むような巨大な魔力。それに飲み込まれたドラゴンは動きを止められる。そして、赤髪の少女はどこからかジャーベンで用いられるという太刀という剣を召喚すると、ドラゴンの心臓を――ではなく、心臓の周辺をついて穴をあけた。その後、その大太刀を振るとすぐにまた剣はどこかへと消える。

「す、すごい……」

 ジンはこの戦いを見ながらその一言しか言う事が出来なかった。伝説と言われる神龍族のドラゴンをこれほど簡単に倒してしまうなんて、普通では考えられない事。それをこの2人はやってのけたのだ。

「……あれ……」

 そして、ジンは気付く。体を凍らされ、羽ばたくことが出来なくなったドラゴンはどうなるのか。ゆっくりとこちらに向かってくるのが見える。

「や、やめ……! し、死――」

 動かない方が良いと言われていたが、動かないと死ぬかもしれない。しかし、動かない方がいいと――。

 空から落ちてきたドラゴンだった物は上手くジンを避けるようにしてバラバラとなり、1つずつ巨大な肉塊が落ちてきた。そしてそれは、少しでも動いたら死んだであろう位置に落ちてきていた。

「おし、こんなもんかね」

「うんうん、おつかれー!」

 赤髪の少女の左手には巨大な心臓が動いた状態で乗っていた。それはもしかしなくても、先程切り抜いていた場所から引っこ抜いてきた神龍の心臓だろう。

「う、うご、うご……」

「ん? 誰こいつ?」

 先程の戦いでは気付いていなかったのか、赤髪の少女がジンの存在に気付く。

「何かね、森から出てきたんだよー」

 そして、ようやくジンは思い出した。自分の目的を。

「よ、良かったぁぁぁぁああ!!! 人に出会えたぁぁぁぁぁぁああ!!」

 泣きじゃくりながらそう大きな声で2人に言うのだった。

 そしてジンは説明をする。自分がISOから派遣されて、赴任する事になった事や遭難した事やモンスターに襲われて荷物が全てなくなったことなど。

 紫髪の少女は相槌を打ちながら真剣に聞いてくれていたが、赤髪の少女は必至に笑いをこらえているかのように話を聞いていた。

「――それで俺はISO=ジンっていうんだ」

「あ、私はイチゴ・ミルクだよ!」

「あー……腹痛いわぁ……。お? ユーリ。ユーリ・スギナミ」

 ジンが名前を言うと2人とも自己紹介をしてくれる。

「で、イソジン」

「いや、イソじゃなくて――」

「ISOってそのまま読めばイソじゃん」

「そ、そうだけど……」

 ユーリにそう言われて何も言えなくなってしまうジン。これ以上言い返すと何か危ないというのを本能で感じた。

「それじゃ、イソ行こうか!」

 イチゴまでジンの事を『イソ』と言い始めたが、諦めて差し出された手を取ってジンは立ち上がった。


 街まで連れて行ってもらう間に2人に様々な事を聞いた。スーリングウィンドウがどういう場所で、どれほど危険なのか。ジンは身を持ってそれを思い知ったわけだが、この大陸には神龍族以外にも伝説と言われるようなモンスターがいたり、ただの手練れくらいで簡単に殺されてしまうようなモンスターまでいるらしい。

 そういう特殊な何かを持った大陸がこのスーリングウィンドウという大陸だった。研修にてある程度勉強してきたつもりではあったが、やはり現地にいる人間には及ばないと言った所か。

 そして、少女だと思っていた2人は魔界から人間界へとやってきた魔人だった。言葉通り魔人とは魔界の住人。天上界にいる人間は天上人と言われる。そこから考えられる事は、この2人はジンよりも全然年上だと言う事。

 魔人や天上人は人間よりも更に寿命が長い。ジンは流石にあった事はないが、1000歳を超えるような人物もいるとかいないとか。

「ここがー、街だよー!」

 少し溜めてからイチゴが両手を広げながら言う後ろには巨大な扉があった。ただの扉ではない、巨大なのだ。縦だけでもジン3人分ほどあるだろう。

 ユーリが扉へと近づいって何かに触れる。そして、触れた瞬間に光を放つと扉がゆっくりと開く。

「すごいな……」

 この大陸にきてからこれしか言っていないような気がするが、今まで見た事もないような物が多くあるこの場所ではそれ以外の引き出しがジンにはなかった。

「おし、行くか。新しい奴が赴任してくるって話は聞いてるから、まずはISOのギルドに行くか」

「そ、そうだね」

「いこいこー!」

 こうして3人は巨大な扉を潜っていく。その先には大通りが広がっており、中心に何かの石碑がある事に気付く。

「石碑……じゃないな、これ」

 石碑ではなく、そこに書かれていたのはこの街の大まかな地図だった。

 大きく3つの区画に分かれている。中心にISOによるギルドがあり、その東側には魔導研究区画。南西には商業区画。北西には居住区画と書いてある。

 ジンはこれを徐々に詳細な地図として頭に入れなくてはいけないかと思うと少しだけ気が重くなる。しかし、それよりも気になった事が1つあった。

「居住区画と商業区画の先は……何も書いてないんだな」

 ジンが見つけた場所にも何か区画があるのかと思えるような小さいスペースがあるのだが、そこには何の文字も書いてはおらず、もしかしたら本当にただのスペースなのかもしれない。しかし、ジンはそのスペースが気になった。

「おい、役立たず、早く来い」

「ちょっ! さっきより酷くないか!?」

 ユーリが『役立たず』と呼んだのはジンの事だ。ここまでで話をしていて、ジン自身は何も出来ないという話をしていたら、最初は『イソジン』だった呼び方が今では『役立たず』に変わっていた。その間の呼び方も酷かった事は言うまでもないが、それをイチゴは笑顔で聞いてて「面白いねー」と言っているだけだった。

 そして、街の中心。ギルドの建物の中へと入る。2階建ての建物のようで、中は広くて奥にはカウンターがある。カウンターの左右には何かの電光掲示板が設置してあり、そこには何か文字が書いてあるようだ。目が悪くてメガネにて視力を矯正しているジンではあるが、これほど遠いと流石に読めない。

「ミオちゃん、お待たせっと」

 ユーリがカウンターにて先程倒した神龍の心臓が入った革袋を取りだして置く。

「あ、おかえりなさーい! 無事に終わったんですね♪」

 明るく元気な声が聞こえてくる。カウンターの中にいると言う事は、彼女もISOの職員と言う事。

「あぁ……まだ動いてます……はぁ……」

 そして、ミオと呼ばれた女性はその動く心臓を見ながら艶やかな吐息を吐きながら、とろんとした目つきで見ている。それを見てジンは若干引いてしまう。

「この鼓動……。大きくて……たまりません……」

 言葉だけ聞いていたら絶対危ない感じがするが、これはユーリがギルドから受けた仕事で持ち帰った神龍の心臓を見ていっている言葉である。

「で、これでいいのよね?」

「は、はい! これでお仕事は完了となります♪ 報酬は指定されている口座に振り込まれますから、よろしくお願いしますね」

 ユーリに声を掛けられて女性はハッとする表情を見せると、先程の様に元気よくユーリへと答えた。

「ねえねえ、ミオさん。イソジン連れてきたよー」

 イチゴがひょこっとユーリの後ろから顔を出すと、ジンの方を指さす。

「近々新しい奴が赴任してくるって言ってたから、こいつじゃねえの?」

「あ、俺ISO=ジンっていいます! よろしくお願いします!」

 ジンは腰を90度にまげて頭を下げると、それこそ元気いっぱいに自己紹介をした。

「ほら、ミオちゃんもイソミオでいいじゃない」

「嫌ですよー、今どき名前の前にISOなんてつけませんってば」

 ユーリとISO職員の女性でそういう会話をされている。

「じゃあ、俺の事もジンで――」

「お前はもうイソジンでいいよ」

「ひでえ!」

 そんなやり取りをしているのをイチゴは見ながら笑っている。

「あ、それで私はミオ・ルシャーナです。よろしくお願いします、イソジンさん♪」

「ミオさんもそういう呼び方に……」

 段々自分の立場が弄られポジションになっていくのを自覚していくジン。

 ただ、このギルド内の事を今までミオが1人でやっていたという事を考えると凄い事だ。スーリングウィンドウでは、このギルドで依頼を受けて報酬をもらって生活をしていくというスタイルが出来ているというのを研修中にジンは知った。

 掲示板をよく見ると、掲示板にあるのは依頼だったようで、その数も多くある。それに加えてそれを受理や依頼が終わった後の処理などなど、もミオだけでやっている事となる。

「ん? どうかしましたか?」

「あ、いや。何でもないです」

 心臓を見ていた時はおかしな人だと感じたが、やはり凄い人なんじゃないかとジンはここで思い直す。

「あ、そうそう。登録しておかないと、またこいつ締め出されるぞ」

「そうでしたっ。イソジンさん、こちらへ」

 そう言われてジンはカウンターの方へと歩いていく。そして、ミオは何かプレートのような物を持っている。

「ここに手を置いてください」

「これは?」

「これは魔力の登録です。この街に入る時に大きな扉を見たと思うんですけど――」

 扉を開ける前にユーリが何かをしていたのはその事だろう。何となくこの魔力登録の意味にジンは気付く。

「これはぁ……」

「ふむ、なるほど」

「わぁ、すごいね」

 3人が何やら驚いた表情をしているが、ジンにはそれが一体何なのかが分からない。ただジンが分かるのは、自分の手を置いたプレートが灰色――というよりも、銀色に光っていた事だけ。

「はい、これで登録は完了です」

 そう言ってミオは笑顔でジンにいうと、プレートを再びしまう。

 そこからはこのギルドでどういった事をしているか、ジン自身は何をしたらいいのかという説明を受ける。その間ユーリとイチゴもギルドに残ってその話を聞いていた。

 言ってしまえばギルドの仕事はミオ1人でも何とかなるらしい。しかし、こうして人手が増えたという事でギルド内の手伝いをしてもらうのはもちろんだが、ジンだけ少し特殊な指示がきていた。

「イソジンさんには、依頼を受けてお金を稼いでもらいます」

「……え?」

「だから、依頼を――」

「じゃなくて、ISOからの給料は出ないんですか!?」

 スーリングウィンドウに来ている依頼は全てこの大陸にいるモンスターの討伐や、そのモンスターからの採取などが主になる。そうなると必然的に戦えなくてはいけないわけだ。

「もちろん出ます」

 ミオのその言葉にジンは安心をする。それならばこの街でもきちんと――。

「このくらいは出ます」

 見せられた数字は最低限暮らしていけるだけの金額だった。本当に最低限。

「主に依頼を受けて生活してくださいって事ですね♪」

 上げて落とされたような気分になったジンはカウンターに突っ伏した。今まで戦闘経験がないジンにどうしろというのだろうか。

「イソジンの話聞いたと思うけど、そのままじゃ野垂れ死にするだろうから、誰か稽古つけられる人間は俺が探しておくよ」

 様子を見ていたユーリがそう声を掛けてくる。

 研修の時に多少の知識は教えてもらったが、稽古をつけてもらったというわけではない。戦えるようになる為にそう言ってもらえるのは非常に助かる事だ。

「ユーリちゃん、ありがとう。本当に助かるよ!」

「……死ななきゃいいな」

「え……?」

 ユーリの一言に恐怖以外の物を感じなかったジンはそれ以上聞くことが出来なかった。

 その時、ギルドへ入ってくる人が見える。1人は大きなハンマーを持つ銀色の髪をした短髪の男性。もう1人は黒髪に長いツインテールをした少女が入ってきた。そして、彼らもまたカウンターまで来ると、手に持っている大きな物を置く。

「ミオちゃん、取ってきたよ」

「はい、確認しますね」

 渡された物をミオは確認している。今度はミオの様子がおかしくなっているようには見えないが、依頼の内容はなんだったのだろうか。

「ミオちゃん……その太くて大きくて黒いのはどう? ぬるぬるも良い感じでしょ?」

「シンジさん、セクハラで訴えますよ」

 ユーリとイチゴが持ってきた心臓を見ながら似たような事を言っていた気がするのだが、ジンは何も言わない方がいいのだと黙る。

「あれ、言ってた新しい人?」

 ジンに先に気付いたのはツインテールの少女だった。

 ローブを着ているのなら魔導士なのかと思ったのだが、背中には大きな盾に片手で持てる剣が背負われている。服装に伴わない武器に見えるが、一体どういう人物なのだろうか。

「うちは桜坂瑞穂、よろしくー」

 そう言って瑞穂が右手を差し出してくるので、ジンも握り返して自己紹介をする。

「オレはシンジ・カイツバキ。男同士……いつか良い所一緒に行こうなっ!」

 良い所というのはどういう所なのか何となく想像はつくが、苦笑いをしながらジンは同じくシンジとも握手をした。

「あ、俺の剣じゃねえかそれ。持っていったの?」

「うん、ゆーり様使ってなかったし良いかなーって思ったから」

 瑞穂が使ってたであろう剣はユーリのだったらしい。それに加えてユーリは瑞穂から『ゆーり様』と呼ばれているようで、目の前にいる者達の関係がさっぱり見えてこない。

「あ、瑞穂ちゃんは天上人だけど、シンちゃんは人間だから同じくらいの年齢かな?」

 ユーリが魔人で、瑞穂が天上人。それでいて様付け。ジンは考えるのをやめた。

「今日は赴任初日ですし、色々頭に詰め込まれると爆発しますからね。この辺で終わりにしましょう」

 ミオがそうジンへと促す。そして、ギルド内にいる皆が帰ろうとするのを見ながらジンは手を振る。

「ジンさん何してるんですか?」

「あれ? 職員はギルド内で寝泊まりとかじゃ――」

「ないです。一応部屋はISOから用意されていますので、この地図を見ながら行ってみてください」

 そう言われて地図を手渡される。一応地図を見てもさっぱりわからない。何故ならそれはミオの手書きのようで、大雑把すぎる地図が書いてあるだけだったからだ。

 仕方ないと、ジンがギルドから外へ出るとイチゴやユーリ、瑞穂とシンジが待っていた。

「あー、やっぱりねぇ」

 ジンが持っている地図を瑞穂が見て呟く。やっぱりとはどういう事か分からずジンは頭をかしげる。

「ミオちゃんってギルド内の仕事とかはきちんとするし、情報処理とか凄いんだけどな……こういう所が大雑把なんだよ」

 苦笑いをしながらシンジが言う。

 皆がいうには地図が必要な依頼などがあった場合はもちろんきちんとした地図があてがわれる。しかし、そうでない場合は何故かミオが自身で地図を作り、こういったよく分からない大雑把な地図を寄越すのだという。

「……趣味、なの?」

「趣味なんじゃね?」

「ミオちゃん、面白いし可愛いよねー。うっふふぅ♪」

 ジンの疑問にユーリが返す。そして、イチゴはそういうことをしているミオの事をそう思っているらしい。可愛いのは分かるが、この趣味が――。

「コレガワカラナイ」

 そう、ジンは呟いてしまう。

 ミオの趣味が謎の地図描き――心臓を見てた時の様子は見なかった事にする――という事が判明したところで、ジンの部屋があるだろうと思われる居住区画まで連れて行ってくれるとの事で皆に同行することになった。

 しばらく歩いていると商店街。そして、その商店街を抜けると繁華街の様な道へと変わっていく。この先に居住区画があるということで、帰りにこういう所に寄っていって娯楽を楽しむという“罠”が仕掛けられていた。

 奥へ進んでいくと繁華街でもまたディープな雰囲気がする場所になっていく。そして、一番前を歩いているユーリとシンジが怪しそうな会話をしているのが聞こえる。

「いやぁ、やっぱりこう……腰から尻のラインじゃないか?」

「んー、そのまま太ももとかムッチリしてる方が――」

 自己紹介をした際にそう言った話をしていたから、シンジはまだ何となくこういう話をするのは分かる。それに加えて男性なのだから、こういう事を話すのも不思議ではない。ただ、ユーリは生物学的に言えば女性にも関わらずそれに混ざって大盛り上がりをしているのだ。

「ユーリちゃんてそっちの人なの……?」

「そっちって?」

 そこにジンの独り言を聞いていたイチゴがトコトコっと隣へやってきた。

「いやぁ、シンジさんと下の方の話をずっとしているから、男性ではなくて女性に興味があるのかと思って……」

 ジンは素直に思った事を口にする。あの会話を聞いていれば女性にしか興味がないと思われていても仕方ないように思えた。しかし、イチゴは「んー」と人差し指を口元に持っていって考える。

「ユーリちゃん、彼氏いた事あるからそんな事ないと思うよ?」

「え……?」

「ユーリちゃん曰く、『変態淑女』って言ってたかなぁ」

 何だそれはと言いたくなるような単語が出てきた。しかし、ジンはここでそれを飲み込む事にする。ここに来てから意味の分からない事が多すぎるからだ。というよりも、突っ込みが間に合わない。

 女性にしか興味がないのかと思えば、彼氏がいたという。彼氏がいたのかと思えば、変態淑女という単語が出てくる。一体ユーリという人物はどういう人物なのかが分からない。

 その様子に気付いたイチゴは「ふふっ」とジンの事を見ながら笑う。

 一番最初に見た時からジンは感じていた。イチゴのそんな笑顔と瞳に吸い込まれるような感じ――それが何なのか。全くジンには分からない。ただ、嫌悪感だとかそういう悪い思考ではなく、良い思考や感情だと言う事は分かった。

「あら、イチゴ姉とそんなに仲良くなった?」

 笑いながら次に声を掛けてきたのは瑞穂だった。

「い、いやいや。まあ、確かに話しやすいかな……」

「そっかそっか」

 瑞穂の笑みは変わらない。人物像がつかめない人、その2である。

 ジンと瑞穂のやり取りを見ていたイチゴは頭にハテナを浮かべながら、2人の顔を交互に見ていた。その時だった――。

「こっち……」

「え、ちょ……!」

 突然引っ張られたかと思うと、裏路地の様な所へとジンは連れていかれてしまう。そして、誰がこんな事をしたのかと思うと、12歳から15歳くらいに見える1人の少女だった。

「良い事……しよ」

「い、良い事……え、ま、待って!」

 少女は1枚着ている服を脱ぐと、膝立ちになる。そして、ジンのズボンを――。

「そこのロリっ子、ストップ」

 ぐいっと襟を引っ張られたかと思うと、それはユーリだった。

「今からこいつは亀甲縛りされて、大喜びする予定だから」

 そう少女へと言うとジンをそのまま引っ張っていく。引っ張られながら少女を見ると、先程の膝立ちからこちらを見ているだけであった。

「いねえと思ったらロリっ子とあんな事やこんな事をしようと――」

「ちょっ! 向こうからきたんだよ!」

「いやぁ……羨ましいねぇ! 可愛かった?」

「そうね、なかなかだったよ。やっぱこう膨らみかけの方が――」

 ユーリとシンジは再び下の方の話をし始める。この2人はこういった話しかしないのだろうか。

 そして、思い出したのは少女の目だった。

(何も見ていないみたいだったな……。何かに絶望しているかのような――)

「あれで金稼ぐしかねえんだよ」

「え?」

 ジンは突然のユーリの真面目なトーンに素っ頓狂な声を上げる。

「入り口の地図に何も書かれていない区画があったでしょ?」

 そこに瑞穂が説明を加える。確かに真東にある小さな区画には何も書いていなかった。

「あそこはスラム地区だ」

 そのままユーリがスラム地区についての説明を始めた。

 スーリングウィンドウの闇とも言えるスラム地区――。あの場所にはこの大陸に来たは良いのだが、依頼がこなせずにそのまま破滅していった者などがそこで住んでいる。そして――特に多く住んでいるのが親のいない子供達。

 しかし、ジンの出身であるホッケスにもスラム地区と呼ばれている所はあった。しかし、こういった説明が行われるほど深刻な様子ではなかったのを覚えている。何かあれば助け合ったり、仕事があるならば紹介したりという事もあった。

「ここは特別なんだよ。子供が9割超えているようなスラム地区なんて人間界探してもここしかないさね」

「確かにそういう感じではなかったかな……」

 特別。一体何がそうさせているのだろうか。今のジンには全く予想がつかない。

「……ん……」

 そのまま考え込んでしまったジンは自分の事をイチゴが見ている事に気付かなかった。


 しばらく歩き居住区画内。ミオの描いた場所の周辺を探した結果、1つだけ明かりがない場所があった。きっとそこだろうと言う事でジンは皆と分かれて部屋に入っていく。

「……何にもない」

 部屋に多少は何かがあると思っていたジン。しかし、そこには言葉通り何もなかった。そして、その時ようやく最低限の給料しか入らないという実感が湧いてくる。

 英文字でいうオー・アール・ゼットをリアルで体現しているジンはその体勢のまま数分間動くことが出来ない。そして、ようやく顔を上げた時に気付く。

「べ、ベッドはある……!」

 木で出来ているどう見ても硬いベッドではあるが、それだけでもベッドがあるという事に喜びを受けた。そして、よく見てみると簡易的ではあるが料理が出来るスペースもある。これならば最低限の給料でも生きていく事は出来そうだ。

「ふぅ……」

 今日1日で色々ありすぎたジンは硬いベッドの上に座り込む。

 ここで出会ったおかしな人達の事。ISOとしての仕事の事。スーリングウィンドウの事。そして――スラム地区の事。

 色々思ったり考えたりすることはあるが、明日からギルドの仕事などが始まる為、今はこの疲れた体を休めるのが先決だろう。正直ここまでモンスターに追われたりまともに寝れていなかったので全快とは行かないだろうが――。

 大きく息を吐きながら硬いながらも久しぶりのベッドに横になると、そこにコンコンとドアがノックする音が聞こえる。こんな時間に誰だろうか。それに、ここを知っているのは今日出会った人達だけだ。ユーリかシンジがからかいに来たのかと思って、溜息をつきながらドアに歩いていく。

「はい、誰?」

 だからジンはドアを開けて雑な返事をする。

「こんばんはっ」

「あ、え、イチゴさん!?」

 予想外の訪問者にジンは驚く。

「と、とりあえず中に入って! 何もないけど!」

 本当に何もない部屋へとイチゴを案内する。しかも、椅子とかもないのでイチゴをベッドに座らせて自分は床に座る。そして、何故かジンは正座。傍から見ると説教でもされているようだ。

「な、何かした?」

「あ、うん、大丈夫かなって思って」

「大丈夫……とは?」

「スラム地区の話を聞いた時に難しい顔してたから。だから、大丈夫かなって」

 ここまで見てきたイチゴはずっと笑って楽しそうにしていたが、ここにいるイチゴの表情は真面目――というよりも、心配そうな表情をしていた。今日出会ったばかりだというのに、こうして気にかけてくれる事にジンは嬉しい気持ちと、感動で涙が出そうになる。

「少し考えてただけだから、大丈夫! どっちかと言えば、ここまで来る道中の方が疲れたかな……ハハハ」

「そっかそっか」

 笑顔に戻ったイチゴはピョンという効果音が鳴りそうな感じで立ち上がりながら言う。

「それじゃ、私は帰るねー。用事はそれだけ――」

 そう言いながらイチゴは扉まで歩ていくが、何かを思い出したかのように立ち止まる。

「あ、ユーリちゃんからの伝言があったんだ。明日早朝にギルドにきてーだって。来なかったらこの手で殺すって言ってたよ」

「わ、分かった」

「それじゃねー♪」

 そう言ってイチゴは手を振りながらドアを閉めて帰っていった。

 来なかったら殺すと言われて行かない訳にはいかない。ジンはすぐに硬いベッドで横になって眠りにつく。やはり、ここまでの疲れかすぐに意識が遠くなって落ちていくのだった。

 そして、早朝。疲れている中で必死に起きて走ってギルドへと向かう。朝と夜では雰囲気が違うが、自分の部屋からギルドまでの道なら何とか覚えている。そして、ギルドにたどり着くとそこにいたのは呼び出しをしてきたユーリと――。

「おはよー、イソジン」

 瑞穂だった。


**********


 ジンが赴任してから1週間が過ぎていく。

 この1週間は覚える事もたくさんあり、それに加えて様々な出来事が目まぐるしく過ぎていった。ただギルドの仕事が忙しかったということや、最低限の給料でのやり取りや、街を覚えるためのお使いだけだったらまだ良い。それ以上にジンを疲れさせている事があった。

「だぁぁぁ……!」

 その疲れにジンはギルドのカウンターに突っ伏してしまう。

「大丈夫ですか?」

 ミオが何かの書類を持ってジンへ心配そうに声を掛ける。

「まあ、何とか……」

「ユーリさんと瑞穂さんですもんねぇ……。あの2人に稽古を受けるのは大変だと思いますよ」

 そう、ジンを一番疲れさせているのはユーリと瑞穂による特訓であった。

 サバイバル経験がない。戦闘経験がないというジン。その辺りは稽古をしたり特訓をしなければならないと言われていたが、あの2人がしてくれるとは思ってもいなかった。しかも、その特訓はスパルタに次ぐスパルタだった。

 稽古用の刃が落とされている剣を使って実戦形式の戦い。しかも、それをユーリとだ。

 もちろん、散々やられて傷を作る。そしてそれを瑞穂が回復魔法で回復させる。そして再び戦ってボロボロに――。という稽古を繰り返している。

 回復魔法は傷を治す事は出来るがスタミナを回復させる事は出来ない。その為、始めて数分でジンは息が上がってしまい、そのまま稽古を続けなくてはいけない。ただ、1週間ほど続けていると体力がついてきたのか、最初よりはましな動きが出来ているとジン自身も感じていた。

 しかし、ただの実践稽古だけではなく、ユーリからは剣の構え方や振り方。瑞穂からは魔法の使い方の基礎も教えてもらっている。2人は教え方が上手く、ジンでも徐々にそれが身に付き始めている。

 調子に乗ってスポンジの様に吸収すると言ったら、押し込んだらすぐに流れていくと突っ込まれたのは気にしない様にする事にした。

「そうやってついていけてるだけでも、私は凄いと思います!」

「あはは……ありがとうございます」

 ジンは疲れのあまり力の抜けた言葉しか出てこない。

「だって、英雄2人についていってるんですもんね」

「英雄?」

 ユーリと瑞穂の話をしている中で『英雄』という単語が出てくるという事は、あの2人の事を指しているのだろうが、一体どういう事なのだろうか。

「研修の時間に歴史の時間ありましたよね? 300年前にあった天魔中戦争とかも軽くやったと思うんですけど」

「確かに魔界と天上界で人間界をどちらが統治するか、っていう戦争でしよね」

「はい、そうです。その中で真紅の眼――ブラッド・アイズを持つ魔界の英雄、ユーリ・クメストメリア。深海の眼――オーシャン・アイズを持つ天上界の英雄、桜坂瑞穂。あれがあのお2人です」

「……は?」

「だから、あの2人は天魔中戦争でお互いの世界で英雄と言われている人なんですよ!」

 歴史にも興味があるのか、ミオはそう力説をする。

 魔界の英雄と言われているユーリ。そして、天上界の英雄として言われている瑞穂。

 確かにとんでもない2人に戦闘技術を教わっているのかもしれない。しかも、あの2人は300歳以上が確定する。

「あれ……でも、ユーリちゃんの苗字って『スギナミ』じゃなかった?」

「あー、その辺りの事は教えてくれなかったですよねぇ……はぁ……」

 その時の事を思い出したのかミオは本当に残念そうな表情をしながら答えた。しかし、瞬時に力説モードへと移行する。

「それで、瑞穂さんはですね! ジャーベンの王族としての証である『さくら』という漢字を使う事を許されているんです!」

「『さくら』?」

「そうです! ジャーベンでの歴史で王族しか許されない『さくら』という漢字。それを苗字にもらえるという事は非常に名誉な事なんですよ!」

 ぐいっとジンに迫りくるミオ。

 グロテスクな物マニアに、歴史マニアに、地図を描く趣味。本当にこの人はどういう人なのか、とミオの事を見ながら苦笑しか出来ないジン。

「あ、そうでした。これ、預かってますよ」

 突然通常モードへと戻ったミオがジンへと何かを手渡す。それは、一振りの剣――ジャーベンで使用されているカタナという武器。

「これは……」

 その綺麗な曲線と片刃の波線。カタナでも特に上質な物を業物と言うらしく、これは見るだけでもその業物なのが分かる。

「ユーリさんが、そろそろ使えるだろうから渡しておいて欲しいって。自分はもう使う気がないから、あげるって言ってましたよ?」

「こんな良い武器をもらっていいんですかね……」

 カタナという武器は話では聞いていたが、これほど美しいとは思っていなかった。刃ではなく柄や鍔。鞘に至るまで細かな細工が施されている。

「『あのくそ役立たずは武器も買えないだろうし』って言ってました♪」

 ミオは凄い笑顔になりながらそれを言う。それにジンはやはり何も言い返す事が出来ない。今の給料では確かに武器を買う事が出来ないからだ。

「それで、カタナの歴史というのがですね――」

「あ、まだ頼まれていたお使い行ってなかったんで、行ってきますね!」

 ミオのカタナの歴史の講義が始まりそうなのを察して、ジンは荷物を持つと魔導研究区画へと走っていった。それを見てミオは残念そうな顔をしていたが、どうせ戻ってくるだろうからその時に話してあげようと、すぐに上機嫌へと戻る。

 魔導研究区画では様々な人達が魔法についての研究を行っている。それは生活を便利にするものから、戦闘で使う為の魔法などなど。魔法の事であれば何でも研究をしている、といっても過言ではない。

 働いている人も人間、魔人、天上人と様々だ。それぞれ扱える魔法の属性が違うので、それぞれが出来る研究が違ってくるのも理由だろう。

「ここに置いていきますねー」

「イーヒッヒッヒ! イィーヒッヒッヒ!」

 大きな鍋をかき混ぜている老婆の研究員がいるが、こちらには気付いていないようだ。しかも、見ただけでは何の研究をしているのかさっぱりだが、頼まれた物を置いてジンはいそいそと退散する。

「ふぅ……流石に遠いな」

 ギルドから比較的近い場所ではあったが、それでもこの魔導研究区画まで距離がある。魔導区画は街の東全て――半分を占めている。それを考えればどれだけ広いかがよく分かる。

「――ん?」

 ふと、遠くから何か爆発音が聞こえてくる。魔導研究区画にいれば爆発音が聞こえてくるのはよくある事なのだが、聞こえてきた方向が西側からだったように聞こえた。しかし、その音は小さく気のせいだったと言われればどうだったかもしれないと思えるほどだった。そのせいか、ジンは気のせいだと思いそのままギルドへと戻っていく。

 ギルドに戻ってカウンターへ入ると、狙ったかのようにミオに捕まる。そして、聞かされるのはカタナに関する歴史だった。

 ジャーベンでは何百年前にはあった。そして、それが年月によってどの様に変わっていくか。歴史上の誰がこういったカタナを持っていた。などなど、気付けば30分以上その話を聞いていた。

「――で、ですね、これが――」

 カウンターの下から何か警報音の様な音が聞こえ始める。ジンはこの音は始めて聞いたのだが、そんな人間でも警報音という事が分かるような音。

「――はい、はい……え!? 穴が!?」

 穴、というのはどういう事だろうか。

「どうしたんですか?」

「街にある魔法障壁に穴が開いて……そこからモンスターが入ってきたという連絡が……」

「それなら早く行かないと!」

 そう言ってジンは受け取ったカタナを手に持って走ろうとする。

「ちょ、ちょっと、場所分かってるんですか!?」

「あ……」

 そう思い足を止める。

「場所は……スラム地区です。それに……モンスターが入って来てもう数十分が経っているみたいで――」

 どういう事だろうか。そんな危険な事があればすぐに連絡があってもいいはずだ。

「スラム地区、だからです」

 ミオはジンが考えている事を見透かしているかのように言葉を続ける。

「スラム地区にはそういった連絡をつけられるようなものはありません。きっと居住区画などに入り込んだ事で発覚したんだと思います」

「どうして!? スラム地区だって人が住んでるんでしょう! そんな人達が死んだって――」

「……良いと思っている人がほとんどだからです」

「な……んで……」

 その言葉にジンは完全に動きが止まってしまう。しかし、今それが何でかを問う時間はない。ただ、ジンは1つだけ聞きたかった。そうたった1つ。

「ミオさんもですか?」

「……え?」

「ミオさんも死んでも良いと思っているんですか?」

「そんなはず……ないじゃないですか」

「それが聞けただけで大丈夫です! それじゃいってきます!」

 そう言ってジンはギルドから飛び出して行った。

 スラム地区まで走っても10分くらいは掛かる。すでに数十分経っている状況でどれだけの人が無事でいるだろう。もうすでにスラム地区の人達は死んでしまっている可能性も――。そう考えてジンは頭を振る。

 今はやれる事をやるしかない。

 ジンがスラム地区へたどり着くとそこは阿鼻叫喚だった。狼系のモンスターが人を襲い、それを食らっている。その中には大人も子供も混じっている。

 ミオの話からすればスラム地区のモンスターまで相手をしてくれている人はいる可能性は非常に低い。一番良いのはスラム地区での得物がいないと判断したモンスターが他の区画へ行き、そこで退治されている事だ。

 しかし、ジンの前には1匹のモンスター。そして、奥を見ると小さな子供から、先日見た娼婦をしていた少女くらいの年齢の子供までいる。

 ジンは急いで周囲を確認する。周囲にいるモンスターは正面に見えるモンスターが1匹。近くにモンスターがいる気配はない。ならば、後はモンスターを引き付ける事で子供達を助ける事が出来るかもしれない。

「おりゃぁぁあ!」

 少し間抜けな声を出しながらカタナを鞘から抜くとモンスターへと斬りかかる。しかし、ジンの太刀筋では素早い狼系のモンスターでは避けられてしまう。

(思い出せ……思い出せ……。ユーリちゃんは何て言ってた……)

 必死に稽古の時の事を思い出す。

 こうして特訓を始めてまだ時間は経っていないし、戦うセンスも魔法のセンスもさっぱりだとユーリにも瑞穂にも言われた。だが、ここで下がるわけには――。

「そうだ!」

 ユーリに言われた1つの事を思い出す。「前に出ろ。引くのは良い、下がるな」という言葉。しかし、思い出したからと言ってそれがどういう意味を成すのかジンはさっぱり分からない。

(前に……前に……)

 ジンはカタナを構えてじりじりとモンスターへと近づいていく。「お前はバカで役立たずなんだから前に出る事しか出来ないんだから」という言葉からジンは進む。

 一気に進んだら近くで倒れている人や、食べられていた人の様に首元をあの鋭い牙で持っていかれてしまうだろう。焦って前に出てはいけない。

 それにモンスターは待ち切れなかったのかジンの首元へとその鋭い牙を向ける。しかし、それに反応が遅れたジンは尻もちをついてしまった。このままでは、モンスターにやられてしまうとジンが思っていると、そのモンスターは持っているカタナによって貫かれていた。

 あの距離で狼が飛び掛かって来たという事は、確実に首に届く距離だったからだ。しかし、それが今武器に貫かれてジンに届かないでいた。

「引くのはいい……そういう事か」

 相手の間合いをずらす為に引く。それによって相手の攻撃は空振りとなる。ユーリはそれが言いたかったようだが、きちんと説明されていないと分からないジンには伝わっていなかった。

 ゆっくりジンは立ち上がると自身の足が震えている事に気付く。それだけこの戦いに恐怖していたという事。しかし、早く子供達の所へ行かないと――。

「キャーーー!」

 そこに女の子の声が聞こえてくる。ジンは走って今にも壊れそうな建物を抜けると、そこには声の主であろう女の子がモンスターに壁へと追い詰められている。

 助けないと、の一心でジンはすぐに駆ける。

「う、うりゃぁぁぁ!」

 その声にモンスターは驚いたのか、横へ飛ぶ。そこへ何かにつまずいたジンは女の子の前へ顔面から飛び込んだ。

「も、もう大丈夫だから!」

 すぐにジンは立ち上がって女の子へそう言う。

「――ら――に」

「え?」

「このまま死なせてくれたら良かったのにぃ!」

 そんな悲痛な声が少女から聞こえてくる。

 よく見るとこの女の子は裏路地へとジンを連れて行った女の子だったようだ。

「死なせてくれれば楽になれたのに! どうして死なせてくれなかったの!? あたしを助けて何になるの!? ねえ! スラムにいるあたし達なんて死んだっていいんでしょ!? だったらこのまま――」

「良いわけないだろ!!」

 ジンの大きな声はどこまでも響き、一瞬時間を止めたかのような静けさが残る。

「俺はここがどういう理由で特殊なスラム地区なのかは知らない。でも、だからって死んで良い人間なんていると思う? 目の前で死にそうになっている人が居たら放っておける?」

「じゃあ、何で――」

「俺は誰かの役に立ちたいんだ。まあ、ポンコツだけどね」

 そう言うとジンは女の子へと微笑んだ。その女の子はその顔見て目を反らす。

 ジンはこうして話が終わるまで何もしてくれなかったモンスターへなんとなく感謝をする。きっと待っていたのではなく、武器を持ってこうしているジンがいるから思い切って飛び込めなかったのだろう。

 このモンスターは先程倒したモンスターよりも慎重のようだ。もしかしたら、目の前にいるこのモンスターが群れのボスなのかもしれない。

 よく見てみると体も大きいようだ。もしかしたら、子供の肉はボスの物だという事が群れの中で決まっていたのだろうか。

 ジンは考える。先程戦った時の様にスペースがあるわけではない。それに後ろは女の子。その後ろには壁。“引く”事も出来ない状況。

 先程戦った狼がある意味初陣だと言えるジンは戦いの経験が全くないと言っていいだろう。そのジンがこういう状況で考えても、良い考えが浮かぶわけでもない。

 それにボス狼に気付かれたのか、向こうがゆっくりと近付き始める。

 このままではジンも女の子も両方殺され、あの胃袋の中へと入ってしまうだろう。しかし、現状どうする事も――。

「武器には魔力を乗せる事が出来る! そう教えたろ、くそイソが!」

 何処からか聞こえた声にジンは思い出す。武器にはそれぞれの属性の魔力を付与させる事が出来る事を。それと何か条件がもう1つあった気がするが、ジンはそんな事を考えるよりも先にカタナへと集中をした。

 そして、カタナから放たれたのは――。

「出た……炎……」

 燃え上る炎だった。

 咄嗟に出来たのは炎の付与だったが、それで十分だ。こうして炎を纏わせる事が出来た事で、1つだけ有利になった事がある。

 ボス狼は間合いに入ったのか地面を蹴って飛び上がる。それに焦ったのかジンは早いタイミングで剣を振ってしまう。それにジンは気付くが振ってしまった剣は止める事が出来ない。

 しかし、倒れていたのはボス狼だった。

「そっか……炎を纏ってるから、炎を纏った分だけ間合いが伸びたんだ」

 有利になるのはその部分だった。それぞれの属性によってメリットは異なるが、炎を纏わせた時のメリットの1つがそれだった。

「とりあえず、間に合ったみたいだな」

 露出の高い赤い甲冑――その姿はユーリだった。今思えば聞こえ声がユーリの事だったと気付く。

「え、えっと――」

「街内のモンスターはそれが最後だ。んでもって、魔法障壁はイチゴ姉と瑞穂ちんでやってる。壁の修理はシンちゃんだ」

 そう聞いてジンは安心する。そして、安心したのか力が抜けて座り込んでしまった。

「おーおー、ダメダメだな。まだまだ特訓だ」

「わ、分かってるよ」

 笑いながらユーリがそう言ってくる。そして、彼女はそのまま少女の元へと近づくと、目線を合わせるようにして少しだけしゃがむ。

「そこのバカの言う通り、死んで良い人間なんかいないのよ。それに――」

 生まれたての小鹿のように体を震わせながら立ち上がろうとしているジンを指さす。

「あいつなら信用出来るんじゃねえの?」

 そう言ってユーリは少女へとウインクをした。

「イソジンさーん! ユーリさーん!」

 その時走ってくるミオの姿が見える。しかも、緊急事態だというかの如く急いでいた。

「げ、原因が……はぁはぁ……わか――」

「いやぁ、エロい吐息だね、ミオちゃん」

「今それ言う所じゃないよね……」

 ミオはゆっくり息を吸って大きく吐く。

「新種の神龍族が原因です。魔法障壁に穴を開けたのはその神龍だったようです」

 ジンはそれが一体どれだけ緊急事態なのかが分からない。正直どのくらいの強度を持っていて、どれだけの物に耐えられるかを知らないからだ。

「この世界のモンスターくらいで破れるような魔法障壁じゃねえんだよ」

「じゃあ、通常なら破られることがないって事?」

「そう、“通常”ならな」

 ユーリがそう言うという事はそれだけ強固な物なのだろう。

「それと――天使の羽をしていたそうです」

 ミオの言葉にユーリの動きがピクッと動くのが分かる。

「場所は?」

「ここから北東……この山辺りに飛んでいくのを目撃したと」

「分かった。皆にも連絡してくれ。ほれ、行くぞ」

 そう言われて何が何だか分からずにユーリと一緒にジンは走り出した。その途中でシンジ。そして、外でイチゴと瑞穂と合流。そのままミオが言っていた場所まで向かう事になる。

「魔法障壁が壊されるのが緊急事態なのは分かったけど――天使の羽を持つ神龍族で反応したのは何で?」

 ジンは先程のユーリを見ていて疑問に思った事をそのまま聞いてみる事にした。通常ではない事態で魔法障壁が壊れた事は理解出来たのだが、それを起こしたのが天使の羽を持つ神龍ではいけない理由がまだ分かっていなかった。

「えっと……研修? で、その辺りやらなかった?」

 横を走るイチゴが話し始める。今は流石にいつものような笑顔はない。

「その辺り?」

「うんうん、三世界の魔力関係について」

 そう言えば聞いた気がする。

 魔界の魔力は人間界へ。人間界の魔力は天上界へ。そして、天上界の魔力は魔界へと循環していると。

「それでね、人間界には魔界の魔力が流れ込んでくるから……モンスターは魔界の魔力を持つモンスターになるんだよ」

 だから人間界に存在するモンスターは天上界の魔力を持つモンスターである天使の羽を持つようなモンスターは現れる事はないという事。

「でも、それって絶対あり得ない事なの?」

「うん、絶対ありえない。それがこの世界の理だから」

 理。その言葉を強調するかのようにしてイチゴは言う。

 その理を背いたモンスターが人間界へと降り立った。それがどれだけ異常な事なのか。そして、そのモンスターが魔法障壁を壊したという事。

 ジンはようやく現状の緊急事態に気付く。

(俺はまだ知らない事ばかりなんだな……)

 その事がどれだけいけない事なのか、ジンは思い始める。これから知っていく必要がある。あの少女にあれほどの事を言ったのだから、きちんと知って、理解して、そして――。

「あいつか」

 風圧が激しい。これだけ近くに来ると流石に吹き飛ばされそうになる。そして、そのドラゴンは――天使の羽を持っていた。

「情報の通りだねぇ。どうしようか?」

「どうするも何も、一発ぶち込むしかないんじゃない?」

「そうね、また壊されたらめんどくさいしな」

 前の三人はすでに脳内で戦うシミュレーションを開始しているように見える。何故それが分かるのかというと、敵の事をよく“観察”しているからだ。

 観察をして敵を知る。これが重要な事だとユーリも特訓の時に言っていた。そうする事でどういう動きをするのか、どういった攻撃方法をしてくるのかを予想する。

 今回の神龍であれば羽での風圧や爪での切り裂き。ブレス攻撃は見せてないので分からないが、その可能性も考えられる。予測をして確認をする。それが基本――らしい。

「援護はするよー」

「俺のハンマーを一発!」

「そいじゃ、行くか。イチゴ姉、障壁張ってイソジンよろしく」

「はーいっ」

 そう言って3人は神龍へと飛び掛かっていく。そしてその戦いは――。

「凄い……」

 としかジンは言えなかった。特訓の時にどれだけユーリや瑞穂が手加減をしていたのか。それにシンジのジンでは持てないだろうハンマーを軽々と振り回して攻撃をしている。

「やばいなー」

 その時瑞穂がユーリの方を見ながらそう呟く。

「え、あれだけ押してるのに?」

 ジンが見た限りでは前衛のユーリとシンジが神龍を押しているように見える。そうでなくても、あの手数では手も足も出ない。それでも、瑞穂はやばいという。

「あ――」

 その時イチゴも何かに気付いたかのように小さな声を上げる。そして、その表情は悲しそうな表情へと変わった。それが一体何を示しているのか。

「ぐっ……!」

 隙を作ってしまったのかユーリに神龍が自身の尾でユーリを叩き付ける。それをどうにかユーリは自身の太刀で防いでいるが、1発2発と連続で来るその攻撃で徐々に防御が崩れていく。

「ユーリちゃん!」

 それに気付いたシンジも援護に向かおうとするが、それも少し遅かった。思い切り振りかぶった尻尾はユーリの腹部へと直撃すると、そのままふっ飛ばされる。

「ぐ……ぁ……っ!」

 吹き飛ばされた場所でユーリはもだえ苦しんでいる。

「あれじゃ、ユーリ様も本気出せないかもねー」

「ど、どうして!?」

「あれはね――ユーリちゃんの彼氏だった人だよ」

 イチゴのその言葉にジンの頭は混乱する。神龍が彼氏とは一体どういう事なのか。

「簡単に言えば、その彼氏の魔力を持ったモンスターだねぇ。――転生したって感じかな」

 魔力が各々の世界へ流れる事で、そこにある魂はモンスターになって現れる。これもまた三世界の理。

「……ユーリちゃんはね、戦争でその彼氏を亡くした――ううん、自分の手で殺したの」

「殺した……?」

 淡々と話すイチゴの言葉にジンはそう返す事しか出来ない。

「自分で殺した大切な人。それが転生した目の前の神龍――思い出しちゃうよね」

 ジンがユーリの方を見ると今だに悶え苦しんでいる。あの状態では肋骨の何本かは折れているだろう。それに、動けないのはそれだけじゃないのかもしれない。

「ブラッド・アイズあるでしょ? ユーリちゃんの」

「あ……うん」

 英雄だったという事はミオとの話から聞いている。確か始めて見た時に見えた紅い閃光はきっとユーリが使っていたブラッド・アイズの魔力だったのだろう。

「それから全力を使ってないの」

「それはどういう――」

「大切な人に手を掛けた瞬間……ブラッド・アイズが暴走。敵味方関係なく、戦場にいる人達の9割を殺した」

 自身の手で大切だった人を殺してしまったユーリ。その感情が暴走した事でブラッド・アイズの暴走も引き起こしてしまったのだろう。

「全力を使ったらまた暴走するかもしれない。もう誰も殺したくない――そういう想いに縛られているんだよ」

 もうジンが返せる言葉はなかった。それだけ重いものを背負っているとは思わなかったからだ。

「かはっ……! 肺破る前に何とか……しねえと……だ、なぁ……」

 ようやくユーリが立ち上がると、神龍相手にシンジと瑞穂がどうにか対応出来ている状況。しかも瑞穂はすでにオーシャン・アイズを発動させているようだ。

 それでも勝てない神龍。自分が全力を出せれば勝てるかもしれない。しかし、暴走した場合はどうする。また大切な人を失うかもしれない。それはダメだ。どうすれば――。

「ユーリちゃん!」

 そこにイチゴから呼ぶ声が聞こえる。

「解放を許可するよ! 全力を出して!」

「で、でも――」

「大丈夫! ユーリちゃんなら出来る! 暴走したとしてもみんなで止めるよ!」

 ジンの言葉でユーリは察する。

「……話したな」

 苦笑いをしながらユーリは太刀を担ぐ。

「何で止め……なかったのよ」

「だって、話を止めちゃ悪いでしょ? うちが話したわけじゃないし。ねえ?」

 近くにいた瑞穂であればその話を止める事も出来ただろう。しかし、ユーリも特に隠していたわけではない。

「それで?」

「“魔王”の解放命令と、バカからそう言われれば、しゃあない……さ!」

 ユーリの周囲に紅い魔力が集まってくる。しかも、その魔力は可視出来るだけではなく、どんどん大きくなっていく。そして、ユーリを纏う巨大な紅い魔力。それが、一気に圧縮される。

「一気にケリをつける」

「それじゃ、連発で5発入れるから」

「そこにこの巨大な一撃を加える!」

 瑞穂が唱えるのは最上級魔法と言われている物。天上人であれば使える人間もある程度いるが、それを詠唱をせずに瑞穂は放っている。もちろん、それがどれだけ凄い事なのかジンには分かっていない。

 瑞穂の魔法に続けてシンジの一撃。そして、再び瑞穂の魔法にシンジの一撃――。それは、神龍のただ1つを狙っていた。それは、生物であれば必ずある心臓。その位置にある神龍の装甲――鱗を剥がしとったのだ。

「……じゃあな、俺は前に進む」

 ユーリは太刀を両手で持って思い切り上段へと振りかぶる。

「ごめんな――ありがとう」

 大太刀は神龍の胸にある鱗を貫き、その心臓まで達した。そして、そのまま神龍は――。

「倒した……?」

「うんうん、終わったねっ。やった!」

 地面へと叩き付けられた神龍を見てジンとイチゴがハイタッチをする。理を破った存在はここに倒されたのだ。

 戦っていたユーリ、瑞穂、シンジがゆっくりと歩いてくる。流石に消耗が激しいようで、皆傷だらけだ。中でもユーリは尾による攻撃で肋骨が折れている。

「応急処置だから、帰ったらちゃんとイチゴ姉とやってあげるよ」

「その時は頼むよ」

「瑞穂ちゃん、やってあげるとか――」

「やらしいな」

 ユーリとシンジのいつもの調子に皆で笑う。

 戦いが終わりスーリングウィンドウへと戻る最中にふとジンは思い出す。少し遠くて全ては聞こえていなかったが、聞こえてきた言葉がある。それは『魔王の許可』という言葉。

「そういえば、“魔王”の許可がどうとか言ってたけど……それどういう事?」

 ジンの問いに4人は少し驚いた表情になる。というよりも、まだ知らなかったのかと思わせる表情だと言った方が良いだろうか。

「あ、私だよ。私」

「え?」

「私が“魔王”のクー。クー・ルミゴチイだよっ」

 イチゴの言葉にジンはその場に立ち止まり固まってしまう。

「え……本当に……?」

 その言葉に4人は頷く。

「い、イチゴ姉が“魔王”だったなんて……何で言ってくれなかったんだよぉぉぉぉぉぉおお!」

 この大陸に響き渡るかのようにジンの叫びが広がっていくのだった。

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Timeless Memory Obedient 深弦離羽 @mitika0326

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