第1話「滑空する変態」
俺が《滑空する変態》と呼ばれるようになったのは、ある些細なバグが原因だった。
ラスト・リゾート・オンラインで事件が起こる半年前、アップデートによって新たに〈セクシーオーラ〉というスキルが実装された。どういうスキルかは以下の通りだ。
〈セクシーオーラ〉
スキル分類:アクティブ
効果:半径2m以内に存在する全ての敵に状態異常:
※実行すると装備:上半身と装備:下半身が強制的に解除される。
※女性キャラのみ使用可能
要するに、服をはだけさせることで周囲に色仕掛けを行うスキルだ。女性限定というのがなんとも品が無い。
何にしても野郎には縁のないスキルなので、最初のうちはどうでもよかった。ネカマとか話題がほしいユーチューバーとか、そういう人種の間では一時期流行していたが、飽きられるのも時間の問題だった。真っ当な女性ユーザーがこんな変態スキルを使うわけもなく、かくして〈セクシーオーラ〉は人々の記憶から消えていった。
このスキルが俺たちの運命を変えるなんて、この時は微塵も思っていなかった。
それから少しして、行きつけの狩り場でモンスターを適当に狩っていると、倒したうちの一体がなんと〈セクシーオーラ〉の奥義書を落とした。
それが問題だった。こんなものを手に入れたところで、使い道が全く分からなかったからだ。消費してスキルを覚えようにも女性キャラ限定だから使えない。売って金にしようにもそもそも誰も欲しがらない。合成の素材に使えるような代物でもない。
そんなわけだから、アイテムの所持制限枠を圧迫しないよう〈セクシーオーラ〉には犠牲になってもらうことにした。奥義書を掴んで、視界の脇にあるゴミ箱のアイコンへドラッグする。そのままの位置で手を離せば〈捨てる〉のコマンドが完了できるはずだった。
だが手を離した瞬間、背後からモンスターの不意打ちを受けたせいで、手があらぬ方向へ行ってしまった。
モンスターはすぐに処理できたので命に別状はなかったが、それとは別のところでとんでもないことが起きていた。奥義書を掴んだ手が弾き飛ばされたのは、視界の上の方にある籠手のアイコン、つまり〈使う〉のコマンドを司る場所だった。使用不可能なアイテムに〈使う〉を実行したところで、そのアイテムは消費されない。それなのに俺の手からは奥義書は消えていた。つまり、これって……俺は恐る恐る、習得中のスキル一覧を開いた。
目の前に展開されたウィンドウには〈セクシーオーラ〉の文字が刻まれていた。何かの見間違いだと思ってスキル一覧を二度三度開き直しても、結果は変わらなかった。
こうして俺は、図らずも女性専用スキルを習得してしまったわけだ。
俺の身に降りかかったこの怪現象は、ある種のバグのようだった。大規模なオンラインゲームだから当然一つや二つどころじゃない数のバグがあることは知っていたが、まさかこんなものまであるなんて……。「女性キャラ限定スキルを男性キャラが会得できるはずがない」という先入観のせいで、誰もこの欠陥には気がつかなかったのだろう。問題のスキルがイロモノ臭いせいで敬遠されてきたというのも、このバグの発覚を妨げていた一因なのかもしれない。
実際、俺以外にこの事実を知る者はいないようだった。ゲーム内の主要なBBSフォーラムにアクセスし、メッセージログに「セクシーオーラ」で片っ端から検索をかけたが、今回の件に該当する書き込みはどこにもなかった。運営側も気づいていないのか、その後に行われたアップデートでも例のバグが修正されることはなかった。
こうなってくると、なんだか優越感のようなものを感じてくる。バグとはいえ俺しか知らない裏技があるという事実は、ゲーマーにとっては誇らしいものだ。この時の俺にとって〈セクシーオーラ〉は、変態スキルという評価から一転して、かけがえのないアイデンティティと呼べる宝物になっていた。
なんとかこのスキルを活かせないかと、人気の無い所で実験を重ねた。わざわざ人の目を避けたのは、三つの理由があった。一つは、このバグの存在を知られたくないから。俺しか知らないからこそ面白いのであって、それを誰かに知られて有名になってしまったら一気に白けてしまう。二つ目は、恥を晒したくないから。何度もスキルを使って思ったことだけど、ナイト専用装備の堅牢な甲冑が風船みたいにパァンと弾け飛び、パンツ一丁のムサイ野郎が現れるのはシュールというか、精神衛生上よくないと思う。最後が、運営に違法クラックだとチクられたくないから。アカウントが消されるようなことは何としても阻止しないといけない。
こんな隠れた努力を続けた結果、俺はこのバグに隠されたもう一つの重大なバグを発見してしまった。
男がセクシーオーラを使った場合、発動してから約三秒の間、落下が生じなくなるのだ。
例えば、俺がセクシーオーラを使って、その直後にジャンプしたとしよう。普通は上まで飛んだあと地上に落ちてくるものだが、このバグを利用すると落下せずに空中で静止する。三秒の間はその高度のまま空中を歩くことも可能だし、地上判定だからか空中発動不可のスキルも使えるし、もう一回ジャンプして更なる高みを目指すこともできる。
たぶん男が女性用のスキルを使うことを普通は想定しないから、技中の落下のモーションまで作りこんでいないせいでこんな珍現象が起きるのだろう。
何はともあれ俺は、俺だけの翼を手に入れたのだ。
この一連の話にはもう一つオチがある。
少しネタバレをしてしまうと、これらのバグは今回の事件の「切り札」として予想外の活躍を見せることになる。
まぁ、そのせいでラスト・リゾートの世界中にバグの存在がバレてしまうわけだけど。つまり、ほぼ全裸になって空中を舞うという二重の意味で常軌を逸した俺の勇姿(?)も、公のもとに晒されてしまったわけだ。死にたい。
そういう経緯もあって、人々は俺をこう呼んだ。
ある人は、尊敬と感謝の念を込めて。
ある人は、嘲笑と畏怖の念を込めて。
《滑空する変態》レオンハルトと――。
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