デバッガーズ ~こんな世界、修正してやる!~
猫屋敷
プロローグ
だからこそ、こう言いたい。
どんなに「詰んだ」状況にだって、必ず楽しい抜け道が存在するのだと。
doubleXXcross≫試行93いくでー
Le0nhardt≫また崖にダイブする作業が始まるのか
doubleXXcross≫落ちなきゃええんよ
Le0nhardt≫簡単に言うよな
doubleXXcross≫ちゃんと〈ウィンド・スライサー〉は覚えた?
Le0nhardt≫あぁ
Le0nhardt≫手に入れるのに苦労したぜ
doubleXXcross≫オッケー
doubleXXcross≫ほな今回のお品書き
doubleXXcross≫〈セクシーオーラ〉の落下無効中にウィンスラの突進で向こう岸へ
Le0nhardt≫セクシー前提はどうにかならんのか
doubleXXcross≫アホ抜かせ、ハルトのセクシーに数十万人の命がかかっとるんやで
Le0nhardt≫分かったよ、行ってくる
SYSTEM:Le0nhardtはセクシーオーラを放った!
SYSTEM:Le0nhardtのウィンド・スライサー!
SYSTEM:落下ダメージ5000を受け、Le0nhardtは息絶えた。
doubleXXcross≫またアカンかったか
Le0nhardt≫少しは残念がれよ
doubleXXcross≫どないしたらええんやろなー《滑空する変態》は役立たんし
Le0nhardt≫お前あとで覚えてろよ
その事件は、ごくごくありふれたMMORPG『ラスト・リゾート・オンライン』で起こった。
VRでゲーム世界へ行けるという、今の時代では珍しさの欠片もないセールスポイント。ファンタジーと聞いたら全員が最初に思い浮かべるイメージをそのまま具現化したような、何のひねりもない世界観。自由度が高いようで所々かゆい所に手が届かないゲーム性……。
こんなどこにでもある普通のオンラインゲームで、あんな異常な事件が起こるなんて誰が予想できただろう。
ある日、何の脈絡もなくプレイヤー全員がゲームの世界から出られなくなった。ただ、人々はこのこと自体にはあまり危機感を抱かなかった。なぜならそれは10年代のSF小説であまりにも使い古され過ぎたネタだったからだ。だからその手の物語を好むゲーマーにとってこれは、英雄譚の主人公として名声を得るチャンスであり、むしろ待ち望んでいた試練の一つだった。そうした一部の人間の熱気におされ、最初は日常へ戻れないことを嘆いていた人たちも、いつしか「この世界で頑張ろう、そうすればいつかは帰れるかもしれない」とポジティブに考え、冒険へ旅立っていった。
目的は人それぞれ違っても、誰もが「いつかはゲームクリアできる」と信じていた。
ただ、事態は俺たちが考えていたより何倍も悪質だった。
ラスト・リゾート・オンラインのいたる部分にゲーム進行を著しく妨げる改変が施されていたのだ。以下がそのほんの一例である。
・体力を回復しようとすると、高確率で回復の代わりにダメージを受ける。
・敵に対する攻撃がクリティカルヒットすると、なぜかこちらがダメージを受ける。
・全てのNPCが会話不可能となり、プレイヤーを感知すると攻撃してくる。ちなみに倫理の都合上、子供キャラはいくらダメージを与えても絶対に倒すことができない。
・別の地点へワープしようとすると必ず謎の暗黒空間へ飛ばされ、体が四散して死亡する。
・都市の出入り口に近づくと得体の知れない力で体が天高く投げ出され、そのまま落下死する。これによってほとんどの主要拠点が陸の孤島と化す。
・取引に出したアイテムが消滅あるいは別のアイテムに変化する。これによって実質的にアイテムの交換・売買が不可能。
・砂糖を原料に用いたアイテムを食べると、脚の関節が変な方向へ捻じれまっすぐ歩けなくなる。
・〈乗馬〉が可能なペットに対して乗馬を行うと、なぜかプレイヤーの上にペットが乗る(通称『主従逆転バグ』)。ドラゴンなどの大型の生物に乗られた場合、押しつぶされて死亡する。
もう一度言うが、これでもほんの一例である。
これらの魔改造は、プレイヤーたちの希望を根こそぎ奪っていった。そもそも何をするにもゲームにならないのである。
街を出ようとすると死ぬ、街を出ないと大量のNPCに襲われつづけ回復もできずにやがて死ぬ、恐怖を紛らわそうとスイーツを食べれば移動もままならなくなり追い詰められて死ぬ、何をしても死ぬ、何もしなくても死ぬ。そして各都市内に設置された復活ポイントで強制的に蘇らされ、また為す術なく殺されるという無間地獄を味わうことになるわけだ。
この事件が異常と言われる所以はそこにある。この事件を引き起こしたヤツは、わざわざゲームという媒体を舞台に選んでおきながら、ゲームに不可欠な「選択する」という要素を一かけらも残さなかった。フィクションの悪役のようにささやかな希望を与えて俺たちがもがく様を楽しむなんてこともせず、一切の可能性を奪い去った。抵抗の余地を与えず、だからといって諦めることも許さず、全ての選択肢を否定した。ゲームの本質である「楽しむ」ということすら出来なくし、すべて「死」と「破壊」に挿げ替えた。
あとに残ったのは、純然たる「悪意」だけだった。
プレイヤーたちは確実に精神を蝕まれていった。はじめは街から出る手段を模索したり、NPCに殺されまいと抵抗する人がほとんどだったが、それらが無駄な行いだと気づくまで時間はかからなかった。誰もが状況打破のために闘志を燃えし活気づいていた街道も、今となっては出歩く者は誰もいない。NPCの手が及ばない屋内エリアに身を潜め、いつか来る終わりの時を何もせずに待ち続けることが、プレイヤーたちの日常になった。
もはやゲームクリアは不可能だと、誰もがそう考えていた。
ごく一部の「規格外」を除いて……。
これは、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます