ⅵ 真相は悪意無き笑顔の中に
「……ここすげえな」
「うん。ここは僕のお気に入りのダイニングバーでね。研究所の人に紹介されたんだ。静かで落ち着いてご飯とかお酒が飲めるよ」
僕は四限が終わったあと、どうしても待つと聞かない有夏と共に日が落ちた道を歩き、自分の家に有夏を入れた後に船木伸一と合流し、家から歩いて行けるところにあるダイニングバー『ELISABETTA(エリザベッタ)』へと足を運んだ。
ここは、本格窯で焼いたピザが人気で、お酒目当てでなくとも通いたくなるほどに魅力的なお店だ。店内の雰囲気も、クラシック音楽が流れ、照明を暗くしてあり、各テーブルに蝋燭を置いてある、とてもお洒落で、僕はとても気に入っている。ここの店主や店員さんも、研究所で知り合った殊力者が多く、ちょっとしたサービスもしてくれるので、とても居心地のよい店なのだ。
ここならいい感じにお酒が入り、船木伸一から話しが聞けるだろう。僕たちはお酒とピザを注文し、雰囲気に心を酔わせながら、話し始めた。
「しかし、狭間って案外積極的なのな。あんまりそういうの自分から言わないタイプかと思ったぜ。やっぱり人は見かけによらないな」
「いやいや。本当に珍しいんだよ。少なくとも、自分から誘うのはあまりしないからね」
「じゃあ、今回はなんでまた?」
「うーん。強いて言えば、純粋に君のことを知りたいから、かな」
「俺のこと?」
「そう。例えば、君のその超力の話しとか、川嶋さんとの出会いとかね。男子だけの席だし、男子らしい話しをしよう」
「そうだな。その前に――」
船木伸一が言葉を区切ると同時に、頼んでいたお酒が運ばれてくる。僕は白ワイン、彼はゴッドファーザーを頼んだ。それからしばらくは、ピザをつまみ、数杯おこわリをもらいながら、主に大学の講義についての話しで時間を過ごした。
――――――――
「いやぁ、狭間結構いける口だったな!」
「そうかな。まあ、僕の場合、殊力が影響しているのかもね」
僕たちはお酒を飲み、ピザを食べながら、あまり人が居ないために静か佇む店の中、会話を進めていた。いつもなら、今のこの時間は混む時間のはずなのに、今日はあまり混んでいないため、店長さんがちょくちょくつまみにちょうどよい品を持ってきてくれる。その雰囲気もあってか、船木伸一は僕に対して心を少し開いてくれたようで、砕けた話しが展開される。
「マジかぁ。いいなぁ、お前の殊力。再生力と生命力が極限まで上がってるんだっけ?」
「まあ、簡単に言えばそうだね。今まで何回事故にあったか分からないし、骨はたくさん折ったし、腕とか飛んだ時もあったけど、この通り、五体満足で生きてるからね」
「なあなあ、今までで一番やばかった時ってどんな風になった?」
一番やばかった時。正直、事故を起こした時の記憶は覚えていないものが多い。激しい衝撃で気絶してしまうからだ。その衝撃で、記憶から抜け落ちていることも多く、大学の医務室で、八木原先生に何度も事故を起こした時の状況を聞いたものだ。っと、思い出している中でかなり悲惨な事故を思い出した。あれは、話しを聞いていた時、自分でも鳥肌が立つほどに酷かった。
「一番かー。……あ、あれだね。駅のホームの一番端から自殺しようと登ってた人を助けようとして、逆に僕が変わりに落ちたんだ」
「やばくね! それでどうなった?」
「急行電車だったから、凄まじい勢いで電車とぶつかって、体はバラバラ。頭は相当遠くまで飛んで転がったみたいだよ。もちろん、ぶつかった時に気絶したから、当たる瞬間までしか覚えていないけどね。目が覚めたら、そこは研究所グループの病院だった。事故から数日経ってたよ」
「うわぉ。体の方は治ったんだよな?」
「まあね。流石にすぐには治らなかったから、退院がすごく遅くなったよ。手術を受けてから今日まで、あれほどの規模はもうあれだけだね」
そんなこんなで、ここまで景気よく話すことが出来ている。我ながらうまく進んでいる方だ。そして、船木伸一も僕も、いい感じに酔いが回っているので、そろそろ船木伸一に質問をすることを決めた。
「船木くんのその超力もとても個性的だよね。熱で線が描けるのもそうだけど、それが動くなんてね」
「そうか? 俺よりももっと珍しい奴なんていっぱいいるだろ! 研究所の話しじゃ、時間を巻き戻す超力も、事例こそ少ないけど、いるらしいしな!」
「時間を巻き戻すかぁ……それはすごい力だね。――船木くんは、超力が使えるようになった時から線を動かせたの?」
僕が質問すると、船木伸一は超力で空中に棒人間を何体か描き、動かす。それらは、一つが、もう一つを追う形で、僕らの周りを縦横無尽に駆け巡っている。その光景を、頬杖をついて笑顔で見ながら、彼は答える。
「いや、最初は宙に描けるだけだったよ。研究所の奴からは、「能力が出現したては、様々な要素が加わる確率が高いから、色々と試してみてほしい」って言われて、今のようにいい加減に描いたものが動いたらなって思ってたんだ。そしたら、ある日急に動き出してよ。それからはもう楽しくて、絵心ない俺でも描けるような簡単な奴をたくさん描いて遊んだな」
「とても素敵な出来事だね」
「そうかぁ? 素敵ねぇ」
何か思うことがあるのだろうか。彼は少し黙り込んでしまう。ここは無理に促すより、気長に待つ方が良いと判断し、ゆっくりと飲み物を口に含みながら、彼の出方を伺う。
「なあ、ちょっと聞いて良いか?」
「うん、いいよ」
「……素敵な付き合い方ってなんだか分かるか?」
急にまじめな調子でそう聞かれ、僕も少し考え込んでしまう。“素敵な付き合い方”か。なにぶん、僕たちも、あんなことをする関係で成り立っているので、そんな素敵な付き合い方はしていない。なので、どう答えればよいか迷ってしまう。
「悪いな。でも、昨日さ、鍋パーティーやったの知ってるよな。その時に、ある奴に言われたんだ。「お前と川嶋さんは、なんか素敵な雰囲気がない」ってな。狭間もそう思うか?」
素敵な雰囲気がない。確かに、川嶋玲奈に対する船木伸一の態度は、あまり良い雰囲気ではないのは感じた。それに関して、彼の友人も感じ取ったのだろう。
「まあ、正直に言うと、誰もが羨むようなカップルって雰囲気は感じないかなとは思うよ。でもそれは……」
「やっぱりそうなのか! おかしいなぁ」
フォローを入れようと言葉を発する前に、彼の言葉で遮られてしまう。その反応の速さからして、恐らく本人でも思う所はあるのだろうか。
「自分でも思う所はあるの?」
「まあな。でも、そこまでずれてるようなことでもないと思っていたからさ。言われた時に逆に聞き返したんだよ。「じゃあ、お前の言う素敵な雰囲気ってなんだよ」って。そしたら、あいつ、見てろっていって、急にキッチンに居た玲奈を後ろから抱き付いたんだぜ! しかも、耳元に息を吹きかけたり、うなじの匂いを嗅いだりしたんだぜ!」
「それはひどいね」
「だろ!? 当然、そいつを引きはがして、そいつの荷物を他の奴にもってもらって、外に一緒に放り投げて帰ってもらったよ。なぁ、おかしいだろ?」
なるほど。そういう経緯で川嶋玲奈は抱き付かれたのか。全く持って下劣な話しだ。話の流れで、友人の彼女にそんな行為を働く奴がいるとは。お酒を理由にしようと目論んでいることも丸わかりで、僕は彼の意見に激しく同意した。
「当然、おかしいし、ひどい話だと思う」
「だよな! 彼女持ちの奴が、友人の彼女にそんなことするなんてさ! それに、あいつがやった、後ろから抱き付く行為のどこが素敵なのか、理解に苦しむね!」
「……うん、そうだね」
そこに疑問を持つのか。予想もしていない反応があり、僕は少し怯む。誤魔化すために、僕は飲み物を口に含み、質問する。
「それじゃあ、船木くんが思う素敵な行為ってどんなもの?」
「俺か? ……大きな声じゃ言えないことだな」
その反応を聞き、少し嫌な予感を感じ取る。川島玲奈は抱き付かれた後、船木伸一に超力の熱でビンタをされたのだ。もしかすると、そういうことなのかもしれない。
「知りたいな。小声で教えてくれるかい?」
「……まあ、狭間なら良いか。ちょっと耳かせ」
そう言われ、僕は身を乗り出して彼の顔に耳を近づける。そして、小さな声で告げられたことは、衝撃的で胸の鼓動が早くなった。
「俺が思う素敵な行為ってのはな。相手を力で制することだ。そうすることで、お互いは相手を再認識することができるのさ」
それを告げる彼の声は、さも愛を語るかのように楽し気で、愛おしさを含んでいた。耳を離した後に見た彼の表情は、さも悪意のない笑顔を向けている。その“素敵な行為”が、一般的にはDVに当たる可能性があることを、彼は少しも思っていないだろう。まさか、僕が予測していたことが当たるなんて。様々な衝撃により、僕はそれ以降、何も体に入れることを拒んでしまい、話しも有効的に展開させることが出来ず、他に聞きたかったことが聞けないまま、その飲みは、それから少しして終了してしまったのだった。
・あとがき
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます