ⅱ 相談事

 なんだこれは。湯沢南がこんなことを書いたら、大勢の男性が来るに決まっている。彼女はいわゆるスポーツ系美女だ。男子たちはいつも写真を撮って鑑賞会をしている。なぜこんなことを始めたのだろうか。これを津南太一は知っているのだろうか。とりあえずこの張り紙の写真を撮り、そこに書いてあるテニスコートへと足を運ぶことにした。講義はもう終わったし、今日からしばらく彼女は家には来ないことになっているので、時間は有り余っている。そう思い立ち、澄み切った青い空と雲を眺めながら、上に大きい建物や横に広い建物を横目に、広大な構内を歩いていく。

 ――そこには、まるで限定商品のために並んでいるかの如き列があった。

 湯沢南が指定していたテニスコートには、予想を遥かに超える規模の人混みが出来ていた。しかも、全員が男生ではなく、女性もそれなりに多くいた。僕は人混みの熱気に当てられて、気分が悪くなってきたが、それを少し我慢し、人を掻き分けてテニスコートの中を見てみる。ちょうど終盤の試合が行われていた。マッチポイントを取っているのは、当然、湯沢南だ。

 

「はあ!」


 湯沢南の掛け声とともに放たれたフラットサーブは、相手のセンターぎりぎりに入り、そこで試合は終わった。


「ああ! くっそ~負けたぜ……」

「残念! また今度来てね! みんな、来てもらって悪いんだけど、今日はもう終わりにするわ! また明日来てね!」


 どうやら今日は終わりらしい。ちょうどよかった。僕は人が捌けるのを待ち、湯沢南へと歩み寄る。


「やあ、湯沢さん。こんなことしているなんて、驚いたよ」

「あ、こんにちは、狭間くん! まあ、色々あってね……」


 いつもは元気な光が纏っている、きれいに整った顔に、今は何か気がかりなことがあるのか、暗い光が漂っていた。こんな表情をするなんて、普段の湯沢南からは想像出来ない。僕はとても気になったので、流れで聞いて見ることにした。


「何かあったの?」

「……うん。聞いてくれる?」

「まあ、僕で良ければね」

「じゃあ、ここじゃあれだから、ラウンジに行こう! じゃあ、ラウンジまで……あ、ごめん、なんでもない……行こう?」


 津南太一といるときは、移動するときはいつもちょっとした勝負事をするが、僕に対してはやらないみたいだ。体が弱いことに関して気を遣ってくれたのかな。それとも、全然相手にならないことが目に見えてるからやらなかったのだろうか。何はともあれ、僕たちはゆっくりと歩きながら、ラウンジへと向かった。


 ――いつもは人が多くてゆっくりできない学生ラウンジだが、この時間になればそれなりに人が少なくなっているので、今はゆっくりと話しをすることが出来る。僕は自販機で二人分の飲み物を買い、湯沢南のいる席へと戻る。


「ありがとう! えっと、お金を……」

「いや、良いよ、これくらい大丈夫だから。それで、何があったの?」

「うん……あのね、太一と別れたの」


 一言目で僕はとても驚き、つい「え!」と驚きの声を上げてしまった。あんなに仲良くしていたのに、一体、何があったのだろうか? まさか、僕とぶつかったことが原因だろうか。


「そう、なんだ……その、どっちから?」

「実は、私からなんだ。実は、少し後悔もしたりしてる」

「君からなんだ……でも、またどうして別れようと思ったの? 太一とはとても仲が良かったように見えたけど?」


 当然の疑問を、湯沢南に投げかける。


「その、昨日、狭間君とぶつかったでしょ? そのことで話しをしたんだ。実はね、あんな感じの勝負事を、太一はあまり好ましく思っていなかったの。だって、人にぶつかると危ないし、実際に昨日、何かにつまずいて狭間君にぶつかってしまった。だからもうやめようって話しをされたの」


 これは意外だ。積極的にあのような勝負事を受け入れて、勝負をしている太一が、心の内ではあまり好ましく思っていなかった。そして、一番心配していた出来事が、起きてしまったのだ。なんだか、罪悪感が背中に這い寄ってくる。


「なんか、ごめん」

「いやいや、謝らないで! 完全に私たちが悪いんだから。でも、今まであんな派手に転んだことがなかったから、ちょっとショックだったな。だって、見えない何かに躓いたんだもん」


 確かに、一回振り返った時、道には何もなかったように見えた。それで何事も思わずに前に目を戻したら、急に彼らが突っ込んできたのだ。身体能力と動体視力の能力者でなくとも、あんなに派手に転んだら誰だってショックだろう。


「それでね、私は、転んだのは超力者の悪戯なんじゃないかって思ってるの。そんな芸当が出来るのは超力者以外にいないでしょ? それで、そのことを話しても、太一は「超力者どうこうじゃなくて、転んだ事実が重要なんだ。もう普通の恋人みたいにしよう」って。そこで私は、腹が立って、「そんなこと言うなら、いっそ別れよう」って言っちゃった……」

「つまり、勢いで別れたってこと?」

「そう、だね。そうなっちゃうよね……でも、まさか太一が直接的にやめようなんて言ったこと無かったし、私は、ああいう勝負事をやめたくなかったの。だから、やめようって言われて、裏切られたって思ったのかもね。それで勢いで言っちゃったんだと思う」


 なにも勢いでそこまで言わなくても……話し合いの余地はあったと思うが、本人にとって、勝負事をやめるという意見が、僕の想像以上に傷ついたのだと思う。幸い、本人は後悔しているみたいなので、復縁を考えてみるのもひとつではないだろうか。


「それで、別れちゃったんだ」

「そう。今になって思うわ。別れるは言い過ぎたって」

「それじゃあ、今から復縁すればいいんじゃないかな?」

「無理よ……少なくとも、気まずくて今は彼と話せない。メッセも送る勇気がないの」

「もしかして、あの張り紙を作ったのは、気を紛らわせるため?」

「うん、まあ、そんなところかな。あーあ。でもなんで、もうやめようなんて言うのかな。私はずっと続けたいのに。デートなんかよりも、勝負事のほうが楽しいのになぁ。転んだのも、絶対に故意に誰かが仕掛けたものだろうし」


 そういい、湯沢南はため息をつき、飲み物を飲む。さっきまで暗い光だった顔が、先ほどよりは明るくなっていた。


「はあ。話しを聞いてくれてありがとう! 少し気が楽になったわ」

「お役に立てたならよかった。それで、あれはまだ続けるの?」

「まあ、少しは続けるよ。私負けないし! テニサーのなかでトップだしね! ちなみに、二位は太一」

「強いんだね。そんなに動けるなんて、羨ましいな」

「狭間君でも出来るよ! 簡単簡単!」


 そりゃ、君は身体能力が極限まで高まっているんだから、簡単だろう。僕は、身体能力がマイナスに振られていると思うほどに動けないんだ。


「話は変わるけどさ。狭間君が羨ましいわ。宇津木さんと楽しく付き合えてて」


 不意にそんなことを言われる。あれがうまく付き合えてると言っていいのか分からない。僕はただ、彼女が欲する臓器を提供しているだけだ。


「そうでもないよ。ただ、僕は彼女の言うことに従ってるだけ。なにもしてないんだ」

「ううん。多分、君もそうだけど、宇津木さんも本当に君のことが好きなんだよ。どんな愛情表現をしているのか知りたいくらいに」


 そうなのだろうか。いつも“僕”には冷たくしている印象なのだが、女性から見ると、また違った風にみえるのだろうか。よく分からない。

 時間を持て余した僕たちは、それからしばらく大学などの話題で時間を潰し、程よい時間で別れ、僕は帰路に付いていた。しかし、彼女らが別れるとは本当に意外だ。湯沢南はよっぽど、勝負事をやめたくなかったのだろう。なぜそれに拘るのかは分からないが、何かきっかけでもあるのだろうから、深く追求はしなかった。


 ――夜風に当たりながら、いつも眺める景色を、今日も飽きずに眺めていた。ライトアップされたビルは絶えず色を変え、通行人たちを楽しませている。それらを見守るように、夜空には藍月が、僕たちをライトアップしている。そして、ライトアップされた僕たちを観察するように、星々が瞬き輝く。僕はこの景色が好きだ。何も変わらない。何も要求してこないし、こちらからしなくても良い。ただ、自分という存在を考えず、ひたすらに景色を眺める。そして、その景色の中を、テレポートの超力者が飛翔する。またあの人だ。おそらく高校生だと思われるその殊力者は、最近、頻繁に見かけるようになった。今日も誰かを探すような素振りを見せて、再び飛翔していった。湯沢南があの張り紙を出したのは、もしかしたら、勝負事に付き合ってくれる人を、あんな風に探すためなのだろうかと、根拠のない憶測を思い描きながら、何もない夜の中、眠りについた。


・あとがき

 自分も知らない意見。

 読んでいただきありがとうございます。

 なんとなくで行動する時がたまにあると思います。それは、具体的な理由はないけど、やりたい、やってみたいという想いが主ですが、それは、自分も知らない自分の意見が、根底にあるのだと思います。その意見を明確に意識化できれば、周りの景色がとても豊かになると、自分は思っています。

 ご意見、批評をどうぞお願いします。『この未来世界に夢と希望を。この星に賛美を。読者のあなたに感謝を』

https://kakuyomu.jp/users/yuji4633/news/1177354054883185816

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