01.4年前の確定告知
「・・・うん、確定だね」
おおよそ3時間の知能検査。頭から湯気が出るんじゃないかと思った検査日から一週間後。検査結果に目を通しながら、主治医は小さく頷いた。
私の主治医は、小さなメンタルクリニックを開いている精神科専門の医師だ。
おっとり、のんびり、割とうっかり。そんな穏やかな風情を漂わせながらもその診察と投薬加減は絶妙で、10年間で副作用が出たのはたった2回。
貴女を初診で診て、気がついたら僕も60を過ぎていたよと笑い、私も30を半分超えました、と返すとそうかそうか、年はやっぱり取るんだねぇと笑いあった最近。
とにかく「学会のため」という名目での休診が多いなとは思っていたが、県内の精神科医師会の副会長を務める程の敏腕だと知ったのは先月だった。
学会が多いのは当たり前だ。
主治医は私に向き直って、まずこの障害を7年、見抜けなかった事を謝罪された。
「正直に言うと、僕は貴女の症状がなかなか判別つかなかった。うつ病と適応障害が出たのはわかったけどね、もっと他の【何か】がある気がして仕方なかったんだよ。それが今日、やっと判明した。僕も貴女も、スッキリすると思うよ」
初診は10年前に遡る。職場での人間関係が悪化し、朝になると黄色の液体を吐き戻すようになり、頭痛と吐き気が収まらなかった。そして、上司からの罵倒の言葉が頭の中で延々とリピートする。段々上司の顔を見る事が、そして仕事に行くことが苦痛になってきていた。
だが、仕事はみんな辛いもの。いずれ何とかなるのだろう。絶望的な気分を紛らわすように、この時期から人間関係の改善本や自己啓発本を読みあさり、自分なりの「努力」を続けていた。
最初は内科で事を凌いでいた。
だが、凌ぎ続けた結果、私は自宅に戻ると自分の服を包丁で切り裂くようになり、枕の下に包丁を挟んで眠っていた。
このままでは確実に死ぬ。自分に殺される。
悩んだ結果、手近なメンタルクリニックの門を叩いた。それが、ここまでになるとは、私も主治医も、思っていなかっただろうが。
「正式に精神科医師として、貴女の主治医として告知します。
貴女は、発達障害・自閉スペクトラム(アスペルガー)障害です」
「・・・は?」
「貴女は、元々知的障害があるんだよ。知的障害というのは、脳の器質障害。つまり、脳の発達が正常に行われなかったために知的に障害が生じている状態。貴女のその苦しみは、努力をしてこなかった訳じゃない。【努力してもできない】障害なの」
「・・・はぁ」
発達障害?自閉症?それって30過ぎた今判明する事なの?
ぽかんと口を開けて聞く私に、主治医は続ける。
「言語IQは120。対して動作IQが65。総合的なIQは81。健常者と呼ばれる一般的な普通の人のIQ平均を100として判定しての数値だよ・・・異常さがわかるよね?」
言語IQとは、言葉の認知能力・読解能力・表現力の高さを表す。この数値が高いと、作文や国語力が高く、考えている事のアウトプットを言葉や文章に難なくできる。
頭の回転が速く、いわゆる研究職のような方が多い。
「弁が立つ」「頭がいい」ように見えるのは総じて私のように言語IQが高い人間らしい。
動作IQはその名の通り「動いているものに対応する能力」だ。人は様々な形で動き、コミュニケーションを取り、その場に即した対応をしていく。
つまり、このIQは「即興」ができるかどうか、という部分に大きく関わるのだ。物事がすべからく静止したまま、というのはまずあり得ない。その場その場で上手く対応できるかどうかが、このIQで数値化される。
この動作IQが低いとどうなるか?会話に即効性を持たせて会話する事ができない。致命的なのがディベート。
ついでに地図も読めないし、パズルや組み立てもできない。1000ピースのパズルなんぞ、多分10年かかっても完成しない。
・・・いや、そんな事はどうでも良かった。聞きたいのはその先だ。
「先生、あの、障害って事は・・・」
「うん、ここから一生、完治というのはあり得ない。脳の障害だからね。
今日から去年開発された新薬を処方するけど、これが効けば少しは生きやすくなるかもしれない・・・ただ、新薬だからね。完全な統計と結果が出ている訳じゃないんだ。今でも、効果がある人は6割程度だからね。まぁ、効けば御の字、ぐらいの気持ちで飲んでみて」
一生、治らない。脳の発達異常、障害者・・・
私、障害者なの?マジで?!
動揺と絶望する反面、ホッとする自分も確かにいた。主治医の言った通りだ。
今までの行動原理が全てこれで裏付けられ、納得のいく結論がはじき出される。
そう、私の全ての行動は、この2つの障害原則・原理に基づいていたのだ。
自分に言い訳ができる。
そう思わなかったと言ったら嘘になる、お昼過ぎの確定告知だった。
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