第48話 晴雪


 トゥエルヴ城周辺の状況をチェックし終えたカールとロイが、玄関先に戻った時には午前七時を回っていた。

 玄関先で体についた雪を払い、朝食会場である大食堂へと向かう。

 現在のトゥエルヴ家では、城に居住する執事やメイドも含めた全員で、顔を見合わせながら食事を取るのが常となっていた。


 二人が大食堂へ進むと、積雪に心を躍らせたレイリアも起床していて、いつもより早く朝餐は始まっていた。

「おはよう。カール、ロイ」

「おはようございます。マスター」

 守護騎士は折り目も正しく一礼を施してから指定席に進んだ。

「先にいただいているよ? 今日は早く外に出たいからね」

 レイリアはそわそわと落ち着きのない様子で、カールたちに話題を振る。

「ねぇどうだった? 雪。凄いねぇ! 二人はもう外に行って来たんでしょう?」

 生まれて初めの大雪を前に、レイリアの淀みなき瞳はいつもより一層輝いていた。

「えぇ。凄い量です。今はまだ新雪で軽い状態ですが。時間が経ってからのアイスバーンが怖いですね」

「除雪するには、相当の時間がかかるかと思われます」

 カールとロイは自席へと着き、乾杯のグラスを取った。

 レイリアもグラスを手に取り、既に食事を共にしていた者も含めて、改めての乾杯を促す。

「家族に」

「――家族に」

 こうして必ず、全員で乾杯をするのも現公主の意向であった。


「僕も雪かき、手伝うよ!」

「んふっ!」

 カールとロイは、水の一口目を吹き出しかけた。

「……は?」

 あるじは今、何と言ったのか――。レイリア以外の全員が、ほぼ同じ心境となっていた。

 レイリアが何かを率先して、張り切ってやる気を出した場合。大抵はフォローする周囲に、負担が増える傾向に陥る。つまりは、厄介ごとが起きる確率が高く。それを自覚していないのは、当の本人のみである。

「だって。猫の手も借りたいくらいでしょう? 人手は一人でも多く、いっぱいあったほうがいいからね?」

 その為に早起きもした、と満面の笑みを携えるレイリア以外の全員が、どうこの局面を乗り切るか――の思いで一致していた。


 そこで、レイリアに対して唯一、真っ向から意見を述べられるレイエスが口火を切った。

「何をおっしゃるのです。雪かきは相当の重労働。体力もない、ましてや利き手も不自由なマスターに、おまかせ出来るものではありません」

「えー? でも総出でやるんでしょ? 僕だって家族の一員なんだから。僕もやりたい」

「マスターのお務めは除雪ではなく、祈りを捧げることにございます。雪かきなど万時、我らに任せれば結構。鎮魂の祈祷が適うのは、マスターゆえ御一人なのですから」

 核心を突かれ、レイリアはむっと口を尖らせた。拗ねる姿はまだ子供のようで。こうなると主従の関係を越えて、緩い兄弟喧嘩に発展してゆく。


「やだ。本筋突いても無駄だからね? 僕は雪で遊びたいの!」

「それが本心ですね? 雪遊びも結構ですが。せめて足元の安全が確保できるまでは、大人しくなさっていてください」

 するとレイリアは、強硬手段に打って出る。

「ディッシー?」

 淡いベージュホワイト色の毛並みで順調に育っている愛犬は、とっくに朝食を終えていた。

 太くなった尾を大きく振りながら、主のもとへと歩み寄る。

「ご飯終わった? お散歩行こうか?」

 散歩と言うキーワードを聞くと、体格も良く発育しているラブラドールレトリバーは、自らリードのある場所へと駆けて寄り。手綱を取って戻って来るほどに、よく躾けられてもいた。


 こうして案外、人に忠告を齎す側であるにも関わらず。己自身は人からの忠告など右から左に流してしまうレイリアは、朝食も程々にして席を立ったのだった。


 食堂を後にしたレイリアは、寝起きの部屋着もそのままに。ローブガウンを肩に羽織ったままの姿で散歩へ出かけようとしたので、アニーが即座に止めに入った。

「ちょちょちょ、ちょっと待って! どこ行くの? 外はすっごく寒いからね? ちゃんと防寒服に着替えて――」

 外気温のことなど、気にも留めないレイリアは。ぽかんとした好奇心だけでアニーの制止をすり抜けようとする。

「そうなの? でも、ちょっとだけだから? ね?」

「駄目駄目ダメだめ! 絶対だめ! ほんと、そのまま出たら凍死しちゃうから!」

「いいからいいから。ちょっとだけだってば?」

「よくないから! 駄目だってば!」

 玄関ロビーで押し問答していると、丁度のタイミングを見計らったかのように扉が開いた。

「――おっと、こりゃあマスター。おはようございます」

碎王さいおう。おはよう――て、っん!」

 レイリアは、ロビーにひゅるりと舞い込んだ冷気で息を詰まらせ、芯まで凍えるあまりの寒さに震えた。

「えええ? 何このつめたさ! さむっ!」


 びっくりしたのはディッシーも同じであった。寂しげに鼻をすぴぴと鳴らして、本当に外へ出るのか――という視線を主に投げている。

「マスター。外はまだ氷点下でさぁ。そのままの御姿じゃあ、お風邪を召されちまう」

 碎王は外へ出たがるレイリアの心中を察し。団長自ら参戦の雪かきスコップを外壁に立て掛けてから、体についた雪も手で払いのけ。素早く玄関の扉を閉めながら告げた。

「かなりの積雪でさぁ。道も川面の境もみんな真っ白で判り辛ぇけ、ここらの雪かきが終わるまでの今しばらく、散歩はお待ちいただけやすかい?」

 するとレイリアは再び目を輝かせて言った。

「僕も雪かき手伝うよ!」


 碎王とて「は?」と目を点にさせ、レイエスらは溜息を吐き。アニーは反復的態度で進言していた。

「あのね、レイ――。雪かきって、ものすっごく足腰使うし、体力いるし、見た目以上に重労働なんだよ? 大体ねぇ……」

 一息をついてからアニーは続ける。

「今朝は特に。寒さで肩の傷が痛むって散々悶えてたのに。余計に体壊すの、目に見えてるんだから。大人しく温泉プールで療養しようよ?」

 レイリアは納得しなかった。

「でも。アーヤたちも雪かきするんでしょ? 女性が出来て、僕が何もしないって訳にはいかないでしょ? まがりなりにも一家の当主だし?」

 その目が爛々としているのは、単に雪に触れたい純粋な子供心であるのも承知の上で――。

「ならばマスター」

 レイエスの裁量により、この一件は決着を見せるのだった。

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