雪と祈りの座

第47話 大雪


 二十四節気上では大雪とされた、十二月も上旬の頃合いに。最新の気象情報でも、エルファージアは二十五年振りの大雪に見舞われる予報となっていた。

 ただ、ここまで降り積もるとは――を、予想だにしていなかった帝都は。一晩にして都心を白銀の世界に変えてしまった、圧巻の積雪に深々と沈んでいた。


「まさかここまで積るとは……」

 身長百九十センチを越える大人の膝下までが、降り積もった雪の層にずぼずぼと入ってゆく。

 うんざりと呟いたカールの隣で、雪かき用スコップを手にしていたロイも、白い息を吐きながら呆れた。

「夜明け前まで深々と降ってたからな。驚きだ」

 大雪を齎した爆弾低気圧は去り、午前六時前のエルファージアの天候は回復、快晴であった。

「お前、雪かきの経験は?」

 問われたロイは、雪の層をスコップの先でしゃわしゃわと弄びながら答えた。

「当時二歳じゃ、記憶にもないな」

 帝都に大雪警報が出たのも二十五年振りであった。

 レイリアも然り、アニーらの若者世代にとっては初めての大雪経験となる。大方、大はしゃぎとなるに違いなく。せめてもの足場固めが目下、早急の課題となった。


 城の玄関先で、どこから手をつけようかと立ち尽くしていたカールたちの耳に。ざっくざくと雪原を歩んでは踏みしめる音が近づいていた。

「――いや、外周はあとでいい。それより、非番も叩き起こして、本家正門間の本道だけは、何としてでも午前中に除雪しろ」

 碎王さいおうは頼れる右腕の副団長の他にも、各班長級とも回線を全開にして交信していた。

「――涼樹りょうじゅ。上空から全方位に神経尖らせとけよ? 不審な箇所があれば、シドレミとも連携して、ポイントのチェックを急がせろ」

 カールとロイの姿を視認した碎王は、片手を上げながら通話を続ける。

宗助そうすけ一八いっぱをこっちに寄こしてくれや。だからって幸人ゆきとを手ぶらで来させるんじゃねぇぞ? 途中、異常検知してる箇所を、片っ端から確認して来いって伝えてくれ」


 通信を終えた碎王は、肩で大きく息を吐いてから改まった。

「まぁーったく。とんだ大雪になっちまったな? 正門から二時間もかかっちまったよ」

 騎士の足なら通常、二十分もかからない。巨体を揺らし、えっちらおっちら歩いて来る姿を想像したロイは、微笑を携えた。

「警備システムに問題は?」

 まだ誰も踏み入っていない新雪の面に、大型のスコップを突っ込むと。簡単に突き刺さったまま直立してしまう雪の量である。

 先の侵入事件を受け、より一層強化された警備監視センサーが埋もれ、破損でもしていたら。それこそ大問題としたカールの懸念に碎王は応じた。

「今、シドレミがチェックしてるが。何百箇所もあるんだ」

 除雪と警備の同時進行は容易くない。ロイも告げる。

「本家の玄関回りくらいは、俺らで何とかするよ」

「あぁ頼む。今、一八の連中をこっちへ寄こすから。取り分け、ティグが走行できる範囲の道だけは、何とかしねぇとな。――しっかし」

 碎王はカールらに肩を並べ、一面白銀の世界となったトゥエルヴ領地を見渡した。

「ほんとに。よくもまぁ、これほど積ったもんだ」


 カールは往年の騎士に訊ねた。

「なんだ碎王。あんたは前回の大雪も体験してんだろ?」

「前回っつったって。あん時も確かに積りはしたが、一日でほぼ溶けちまったしなぁ?」

「そうなのか……。だが、今回のはそうもいかなそうだからな? このスコップでどこまで除雪できるか……」

 広大な土地の人海戦術ともなれば、それこそ膨大な時間と手を要するだろうに。

 心配を察した碎王は、手をひらひらと振った。

「いやいや流石に。人の手だけでは、領地内外の完全除雪は無理だ。んなもんで、事前に民間の大型除雪機を何台か借りてたんでな? それで丘下までの本道は、一気に方ぁ付けるさ」

 正門から本家とも呼ぶ公主の城へと続く道は、実質一本道しかなく。今は完全に陸の孤島と化している。

 ロイも天を仰いで憂いた。

「今日は御公務がないにせよ、明日がどうだか――」


 今日という日を予測して、レイエスは事前に公務を片っ端からキャンセルしていた。

 不要不急の外出は控えるよう通達された帝都全土も、公共交通機関を予め運航休止にするなどの厳戒態勢中でもある。

「でも。明日は近場で一件、授与式の予定が入ってるんだよな?」

「マスターも前々から出席を望んでおられたからな」

「まぁ、領地の除雪が進んでも。外出先の足元が確保できないんじゃあ、レイエス様は許可せんだろう」

 レイリアの安全面を何よりも重んじる、家長の判断に迷いと妥協はない。


 それにしてもの一日で、何とかなる量ではない雪の層を目の前にしていた守護騎士たちの通信装置に連絡が入った。

「――何だシド?」

 監視網の筆頭が、不審な点の確認を乞うていた。

「あぁ、小川沿いの? ――雪に埋もれてるだけじゃないのか?」

 シドオンも、積雪による自然現象で監視センサーが反応していないと思い。遠隔操作で溶雪剤の放出を試みるも。凍結か根詰まりかにより、噴射そのものが叶わなかったと告げていた。

 カールの耳に届いている内容は、ロイと碎王にも届いている。

「結局、最後は人の手頼みか……」

「んじゃなきゃ、俺たちゃ用済み。失業さね」

 今やどこまでが城の園で、どこからが小川とその斜面かの境も判別不能となった白の草原を見やる。

「――裏手だな? 分かった。そこならここから近い。俺たちが直接確認する」

 カールは、ロイを連れだって見回ることにした。

「碎王、ちょっと見てくる」

「あぁ頼むわ。俺ぁ、ちょっくらレイエス様と段取り、話し合ってくらぁ」


 こうしてカールとロイは、まだ誰も踏み入っていない新雪に踏み入る――と言うより、大股でラッセルしながら進んで行った。

「……こいつはやっかいだ」

 降り積もった雪の層に、雪慣れしていない足を取られること数回。ロイに至っては長い脚と幅が裏目に出て、小川の斜面を転がること数回。


 全身が雪塗れとなりながらも、機能していない監視センサーを巡回すると。どれも大量の降雪によりセンサー自体が深く埋もれ、作動していないことが判明していた。

「――よし。これで城の周囲は最後か?」

 複数の守護騎士とも常時交信しているシドレミは手早く、監視網の目が復活した旨を全域に通達していた。

「良好ですカール。順次スキャンをかけます」

「全騎士、現在地を示すマークをグリーンへ」

 こうすることにより。予め登録されている所在者以外の、侵入者があった場合に感知するシステムが、万全の状態で再可動していた。

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