第45話 交戦
トゥエルヴ家の本家、白亜の城でも侵入者警報を受けて、ルナザヴェルダは当主を緊急退避させていた。
「マスター、お早く下へ」
中庭の芝生でディッシーとの散歩に勤しんでいたレイリアは、レイエスらに促され、地下に設けられている避難シェルターへと急かされていた。
「そんなに急がなくても……」
顔つきを厳しくした騎士たちを余所に、レイリアは足を止めてしまう。
「そうだ。アニー? ディッシーのボールを――って、わっ!」
もたつくレイリアに駆け寄ったアニーは、「ボールは拾った」と言いながら
「ちょっとアニー?」
「緊急事態!」
「歩けるってば!」
「こういう時は素早く行動しないと!」
「自分で行けるって」
「待ってらんない! 一分以内に退避させるって、マニュアルでも決まってんの!」
アニーの足元で、ちょこちょこと飛び跳ねるような速足でついて来ていたディッシーも含めた一行が、シェルターへ通じる階段を一気に駆け下りると。出入り口の扉は固く閉ざされ、カールとロイは扉を背にして守りを固めた。
これより先は一歩も通さぬ――。そうと息巻く、頑なな意志も漲った。
エルヴァティックライトの三班、
自然と己の
――速い。こちらに何かが来る。
紅葉の季節も終え、落ち葉を降り積もらせた冬支度が進む森の中で、ユリウスは方々に神経を尖らせた。
ごく近い所や遠くでも。様々な野生の鳥が囀り合っていた鳴きが静まった。
このような内心部にまで堂々と侵入してくる輩などそうはいない。
よほどの手練れか、実力者でなければ容易くないはず。
一陣の風を受けた森が、ざっとざわめき。木の枝で羽を休めていた鳥たちが一斉に羽ばたいた、その時に。
「っ!」
ユリウスは、守護騎士となった折りに叔父より譲られた家宝の剣にブレードを漲らせた。
「――おおっと?」
背後からの一突きを、刀身により流し避けたユリウスの剣捌きは、それは見事なものであった。
「流石に。星団が誇る三大騎士団の一人ともなれば、そう易々とは通してくれねぇか……」
跳躍して地に足をつけた侵入者は、真っ黒なメタルスーツで全身を覆った鋼鉄の――。
「ヴリトラ?」
片目をいかつい、ぜんまいゴーグルで覆った男はにやりとほくそ笑み。背中に背負う真空管状のジェットブースターより、高圧蒸気がプシューと漏れ出て。鋼鉄一族特有の、黒々しい歯が不気味に艶めく。
「ほう。俺を知ってるかい?」
ユリウスは対峙する間合いを取りながら言った。
「当然です。鋼鉄の魔女の夫であり、鋼鉄騎団の団長である貴方が。聖なるこの地に何用で?」
ヴリトラは「ふふふ」と満面の笑みで答えた。
「ちょいと野暮用さね? この地はもとよりヴルヴのもの」
ユリウスも余裕を失わず、手元で操る剣をくるりと回し。冷静に述べている。
「即時の撤回を求めます。エルファージアは、極悪非道なヴルヴより解放しせり、聖なる鎮魂地」
「穢れし一族が、玉座に君臨し続ける事こそがそもそもの凋落よ、反吐が出る!」
「はっ!」
ユリウスは、目の前のヴリトラに気を取られて、背後に迫った気配に気づくのが遅れた。
――もう一人、いや。二人いる。
侵入者は全部で三名であった。
「おいっと兄ちゃん。一人で大丈夫かい?」
ヴリトラは、引き連れてきた手下と鍔競り合ったユリウスの背後を陣取った。
「つまんねぇなあ? 運も尽きだったか?」
「んっ!」
ユリウスの頭部を鷲掴んだヴリトラは。顔を上向かせ、露わとなったユリウスの首に鋭き剣の刃を押し付けた。
「天下のエルヴァティックライト様が、このざまかい?」
ヴリトラが愛用するS字状の鉤爪剣ショーテルが、ユリウスの喉を横一直線にかき切ろうとした直前に。エルヴァティックライトの
伊吹は即座にシェパードへ攻撃の命令を下し、握っていた手綱を離す。
「
伊吹と共に内周警備に当たっていた三八のクレイドも、ほぼ同時に警備犬の綱を放して行けと命じた。
「
その場は一気に三対三、プラス二頭の対峙となった。
「ちっ! ミクトランの野郎、ガセネタ寄越しやがったな?」
けたたましく吠えもした警備犬二頭は、迷うことなく侵入者たちに向けて突き進み、鋭い牙で襲いかかった。
「だぁあっ!」
「ぐわあっ!」
噛みつかれ、地に引きずられた仲間などお構いなしに。ヴリトラは一人、緩んだ手よりすり抜け、仕留め損ねたユリウスを睨み据えた。
「お決まりの文句を言わせてくれや?」
黒革のグローブ手で頬を撫でる。転んでもただでは起きなかった守護騎士が、瞬時に繰り出した反撃の殴打を受けたところで、痒くもないと。
「今ならヴルヴの為に、楽に死ねたものを」
剣を構え直したユリウスも、首筋に一筋の赤き流線を描きながら質す。
「静謐トゥエルヴ領で、死者を冒涜する戦闘行為を行えば。即、厳しく罰せられることをご存じで?」
「さぁて、そんなもんは知らねぇなあ? 陋劣な血統が定めた法など。我らが気高きヴルヴの栄光の前ではゴミも同然!」
「悪辣驕慢、度し難い。これ以上、祈りの御世を穢すことなど許さん!」
ユリウスの全うなアロンダイトと、S字のショーテル剣が。振り下ろしては躱し、突きを繰り出し退ける連続の攻守を交え。火花を散らして真っ向から打ち合った。
その間、伊吹とクレイドは手下二人を掌握していた。
月炎と陽雪は、争う二人とは若干の間を取ったところでけたたましく吠えている。禽獣にも等しきヴリトラより、ヴルヴ独特の獣臭が鼻につくのだ。
その二頭が、月炎を先に。後を追うように陽雪も飛び出した。
ユリウスとヴリトラの間に生まれた、この争い最大の間合いに鋭く突っ込む隙を見出したからだ。それは警備犬としての役目でもあり、本能であった。
「戻れ! 月炎、陽雪! 戻れ!」
伊吹は、ヴリトラが大きく間合いを取った意図を察し。対峙していたユリウスも、大きく差を広げられた理由を。あっという間に投げつけられて弾けた閃光弾の眩い光と、刺々しい痛みが全身に襲い来る爆風と共に知った。
ヴリトラよりユリウスの足元へ投てきされた、手の平大の閃光弾には。周囲十数メートル範囲に及ぶ万物の目を眩ませ、聴覚を鈍らせる特殊な音波も組み込まれていた。
大きく破裂した風圧が二頭の警備犬と伊吹、クレイドの両名にも襲いかかり。吹き飛ばされながら、遅れた爆音も轟く。
「ユリウ――」
爆発した地点に最も近かった、同僚の名を呼ぶ声もかき消えた。
ただ伊吹は、咄嗟に腕で両目を庇っていたことにより。閃光弾が爆発した後にすぐ、視界は利いた。
残光の中で目を細めてヴリトラの姿を探し、気配で上空だと察する。
その頭の中では、キーンと高い耳鳴りがわんわんと響いていて。自分の声さえ、遠くでかすかに籠っている状態であっても。「――ヴリトラ逃走! 上へ行った! 天空追え!」と、仲間が必要とする情報や現状の報告を一方的に送り続けた。
インカムで返ってきているだろう副団長の怒号や、確認を求める音声は全く聞き取れない。
「んんっ!」
易々と取り逃した悔しき思いを。奥歯をぎりりと噛んで無念がった。
背中に背負っていた小型のジェットブースターで上空へ逃げ飛んだヴリトラを追い、天空が低い高度で駆け抜けてゆく姿を視認してから。伊吹は地上へと視線を落とした。そこに――。
ぐったりと横たわっているユリウスと蹲っているクレイドの奥に、倒れている二頭も見止めた。
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