名もなき忠誠
第40話 士団
トゥエルヴ家専属の守護騎士団、エルヴァティックライトを取り仕切る団長の右腕たる
くせ毛のぼさぼさ頭髪は、寝起きのままかと疑うほどに。エルヴァティックライトの隠密機動班、
「何だ珍しい。お前がこんな時間に降りてるなんて。それ昼飯か? それとも早弁の夕飯のどっちだ?」
壁に表示されている時刻は午後の三時をとっくに回り、四時になろうかという時間帯。交代シフト以外の時間に、不規則な休憩を取っているのは大抵、班長クラスに限る。
どんぶり器の椀を手に抱え、飯をかき込む作業をやめなかった涼樹は、面倒臭そうな物言いで答えた。
「そっちこそご愁傷様だ。昼飯に決まってんだろ」
「んだと?」宗助はじと目で睨んだ。「――ったく、相変わらず愛想のないやつだな」
「愛想のあるなしが、騎士に必須とは初めて聞いたね。そもそも、あんたに言われたくねぇよ」
「んだと?」
以後、互いに沈黙を貫くと。しんと静まり返った食堂には、フロアの奥で副団長のランチを用意しているキッチンから、支度に勤しむ音だけが微かに響き渡っていた。
エルヴァティックライトは団長の
それぞれ一班ずつに班を束ねる長が立ち、副団長の宗助は
「そう言や、誰かさんとこの天空が急遽の充電に入ったもんで。俺んとこの陸禅が予定外で上げられたけっか?」そこまでを言って、宗助はわざとらしく肩を揉んだ。「おお忙し。俺の昼飯が遅くなったわけ、一つや二つじゃなかったわ」
涼樹率いる六四は、主に空を足場としている宙の警戒警護専任である。だからこその天空は、整備や補給以外で地上に降りて来ることなど滅多にない。
「一八は碎王の懐刀。二八が全体のフォローすんの、最もだろうが」
各局、各機関とも連動している衛星や共同運営の宇宙ステーションなどによる、高度からの監視網は多彩にあってもやはり、いざと言う時には自力の直下がものを言う。
宗助は放埓な弁を振るった涼樹を睨み下ろした。
「――てめぇが仕切るな」
「別に仕切ってねぇよ。潤滑にして回すのが宗助、あんたの役目だろうよ?」
常に空中で駐在している六四を除いた残りの七班は、警備の時間帯や巡回場所を順次シフトさせながら日々、二十四時間態勢で守護警備に徹しているものを、細かく調整するのも副団長のさじ加減だ。
涼樹は付け足した。
「それに。たまには俺だって丘に上がることもあらぁな」
飛ぶに必要な超電導エネルギーは、半永久的であるからにして尽きずとも、艦には点検や整備も必要。何より、操る人間が乗っている以上、食料や日用品の供給とて必須。
「――ったく。陸禅はエルヴァティックライトの旗艦、
「知ってるさ。燈閃は我らがマスター、如いてはトゥエルヴ家の艦でもあるからな。他の艦とは存在の意義も違う。だからって一八の
燈閃と海斗の艦体には、国内外の公務使用を見据えたファージアの紋章と、トゥエルヴ家の家紋の双方が入れられていて。エルヴァティックライト紋だけの陸禅や天空とは仕様目的も勝手も違う。
片方の眉毛を器用に上げて「どうよ?」と反応を窺った涼樹は、すました顔で丼飯をかっ食らい。涼樹の対面席へと腰を据えた宗助は。昼食を運んで来る人の気配を察し、顔も向けずに手だけを上げて礼を告げた。
「時間外にすまんな」
団長の碎王が本家の当主に付きっきりであるのに対して、副団長の宗助は領地内の内勤、一辺倒だ。
エルヴァティックライトの顔は間違いなく碎王であっても、それを陰で支え、実質的な縁の下で統括しているのは宗助である。
一日中、陽の当たらぬ指揮所に籠る事も多く。騎士らの動きや警備体制のチェックなどももとより、世間の動向、世界の情勢もいち早く把握し。異常はないか、不審な動きはないかなどの斥候、先手も手早い。
手隙の際には、自ら率先して領地内外の巡回へ赴く宗助の姿は。守護騎士の鑑として、団の中でも一目置かれる存在となっている。
そんな副団長のもとへ、本日の昼食メニューであるどんぶり飯を運んで来たエプロン姿の男も、エルヴァティックライト、総勢二百八十八名からなる守護騎士の一人であった。
トゥエルヴ領地の正門地下に、守護騎士たちの詰所にして個々の居住区が密やかに構えられていた。
騎士たちの台所兼、食堂に隣接しているのは、仮眠も可能な休憩所のほか。大所帯で一つを共用するトレーニングルームや、プールなどの施設も完備されている。それらを使用し清掃、管理するのも分担制となっている。
副団長の前にどんぶり飯をのせたトレーを据え置いたのは。
「宗助さん、俺――」
二十代前半の、若々しさ溢れる碎王の秘蔵っ子だった。
「何だ、
「はい――あぁ、いいえ。と言うか。もう夜勤にシフト中なので、他のみんなは仮眠中ですけど」
「だからって別に。長が自ら調理番、しなくったっていいんだぞ?」
大方、決められた時間以外に食事を必要とするならば、そこは自己管理の領域となり。調理場で、自ら好きに腕を振るえばよい話で済むものを。流石に多忙な副団長に対してだけは、団の誰かが準備するのが暗黙の了解となっていた。
「いいんです俺、何でもしたいので」
宗助は、涼樹から「ご愁傷様」と言われた意味を、ここでようやく呑み込んだ。
「……通りで」
諦めの境地を捉えられなかった幸人は小首を傾げた。
「はい?」
「いや。何でもねぇ」
「はぁ……?」
団の最年少である幸人は、時期碎王の次席として期待が寄せられている。騎士としての剣や体術の腕は確かな反面、若さゆえの未熟さもまだ多く、危ういところでの綱渡り感は否めない。
「そうだ。涼樹さん、一つ訊いてもいいですか?」
小気味好く振る舞う幸人は、例え相手が強面の先輩とて臆することなく。「あぁ?」と目を吊り上げて、やさぐれた男に問いかけた。
「どうして六班だけ、八がつかないんですか?」
涼樹は「はっ」と鼻息を捨ててから、意地悪な笑みを携えた。
「おいおい。碎王の愛弟子ともあろう者が。九九の掛け算も出来ねぇとは――、はっぱ六十四だろうが」
「え? でも――」幸人は眉を潜めた。「それなら、それこそ八八がいますよね? ろくは四十八なのに、六四って言うのも何だか。一応、団の構成が一八は八名、二八で十六名って、そういう意味でもあるんですよね?」
困惑の表情を浮かべる幸人に宗助が告げた。
「もともと八班が隠密部隊だったんだけどよ? 班の中でも最大の騎士数抱える八八にこいつ――、涼樹を突っ込ませて上手く回ると思うか?」
宗助が親指で示した涼樹を見てから、幸人は答えた。
「……いいえ」
最終的には個になろうとも、常に団体行動で協調と共有制を強いられる輪の中で、群れを嫌う傾向である彼が溶け込めるとは到底思えない。
なるほど――なる弱り顔で納得した幸人に、宗助は補足を入れた。
「そこで。碎王とレイエス様で、警備態勢の見直し含めて、班変えもしようって事になった。――ほら、今と昔じゃ。世界情勢や身辺警護のやり方とかも色々、違ってきてるしな?」
もとの八八所属の六十四人から、精鋭二十四人を引き抜く形で特殊構成された六班が六四となり。残る内の二十四人が
そうして五ハ《ごはち》の四十、
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