第39話 沈黙


 槇土まきとは、手元のタブレットを用いて即座に検索をかけていた。

「模様がどこの家紋か紋章であるのか、はたまたシンボル、刻印符号か――まで調べましたが。何も出ませんね……。ただの中二病の、自己シグナルでも刻んだのでは?」

 捨て置けない方向となり、アニーも素っ頓狂な声を上げた。

「ちょっと碎王。いくら当時の警備が緩かったって言ってもだよ? ナイフだとかそんな鋭利な凶器になり得る物、ゲストであろうとも持ち込めなかったんじゃないの?」

 矛先を向けられた碎王は、厳しき面持ちを携えた。

「勿論、武器なんかの類はな――だが。食事の時に並んだナイフなんかを上手く、くすねる位の事は出来たのかもな?」

「信じらんない!」

 大げさに腕を振り上げたアニーは天を仰ぎ。レイエスはレイリアに改まった。

「約束をされたのですね?」


 レイリアは、あやふやな記憶を言葉にした。

「う、ん……。おぼろげだけどね。家から出してくれるの? って訊ねたら。いつか、それなりの力をつけて、お前をこの家から出してやる――。じゃあ約束だよ? って言う流れだったと思う」

「もう確実に、レイの誘拐予告じゃん!?」

「誘拐ってそんな。アニー、大げさだよ」

 碎王とレイエスも口を揃えた。

「いいえマスター。大げさどころの騒ぎじゃありぁせんぜ?」

「碎王の言う通りです。二度も手書てふみを送ってきたのですから。わたくしも強い意志を感じます」

「レイエスまで――。みんなもそんな、怖い顔しないで? 世間知らずな子供同士のやり取りだよ? ただの偶然だろうし、僕は断言するよ。送り主に悪意はないって」


 危機感など微塵と感じていないレイリアだけが、楽観的であったこの一件は。守護騎士たちや、宮内省の事務次官クラスを含めた関係各所で議題に昇らせ、対応策などを講じることで一旦、棚上げとなった。


 その日の夜に。レイリアは珍しくレイエスの執務室までやって来ていた。

「こんな時間まで仕事してるの?」

 主に促されて時計を見つめたレイエスは、二十二時過ぎの時刻を視認する。

「庶務をしている訳では――」

 レイリアは、執務室の最奥に陣取る家長専用机の淵に腰かけた。

「家が職場だからって。いつも遅くまで仕事して、朝も早いし。根を詰めすぎなんじゃない?」

「わたくしにとって、今の役目は大変性に合っているものと考えておりますし。朝が早いのは、大抵の騎士は短い睡眠時間で体力、疲労共に回復するものですから。ご心配なく」


「それもずるいよね? 僕なんか八時間以上寝ないと朝、起きれないし……」

「ですから。わたくしどもには構わず、マスターはお早く、お休みになられてください」

「レイエスも睡眠時間は三、四時間なの?」

「そうですね。騎士はみな、その程度で事足ります。そもそもの代謝や基礎体力が、普通の方とは桁違いなのですから」

 レイリアは小さく溜息を吐いた。

「やっぱりずるいよ。僕なんか未だに昼寝しないと、午後も持たないのに」

「分相応でございますよ、マスター」

「そうかなぁ?」

「えぇ。マスターにはマスターの。わたくしにはわたくしの相応がございます。それを無理に変えて越えようなど、それこそ分不相応」


 その点については、レイリア自身も弁えているつもりだった。

 人に生きる術の道を説いておきながら、いざ。自分が岐路に立つと途端に見失ってしまう。

「それでもだよ? 僕だって、頑張って修行すれば騎士になれた?」

「……」

 またその話題か――、と。レイエスは椅子の背に深く身を預けた。

「……騎士になれるかどうかは、潜在的素質で決まりますから」

「でも。可能性がないって言われた人でも、騎士になる人がいるでしょう?」

「それは稀です。殆どの者は騎士になるべくして自然とその道に進み、おのずと騎士になりますが。可能性を否定された者が這い上がるには、それこそ想像を絶する努力があってのことです」

「その一人が、レイエス?」


 レイエスには祈りの才能が微塵も備わっていなかった。

 かと言って、初めから騎士としての天賦の才があった訳でもなく。不骨の精神と奮闘だけで首席の座を得て、ルナザヴェルダへの入団と家への帰還を自らの手でもぎ取った。

「……」

 レイエスがどう切り返そうかと思案していると、レイリアは話題を切り替ていた。

「――って、そんな話をしに来たんじゃなくてね」

 改まって訊ねた。

「教えて? あの木でいつも、レイエスは何を願ってたの?」


 それは尊き騎士の誓いにて。

 大よその決心は、沈黙の間に託された。

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