第37話 約束


「レイエス様」

 槇土まきとを連れ立ったウィルが、盆の上に封書を載せて執務室へとやって来ていた。

「またマスター宛てにお手紙が……」

 執務用デスクから視線を上げたレイエスは、銀の盆を眺めた。

 封書の形といい、色といい。全てが一ヶ月前の一文封書と完全に一致しているのが一目で判断できた。

「差し出し人の名は?」

 槇土は嬉々として答えた。

「ありません」

 面白い事件でも起きやしないかとする期待を含めたニュアンスにも聞き取れたレイエスは一度、視線を机に落とした。御為倒しな槇土にいちいち付き合っていては、足元をすくわれ兼ねない。

「また一文ですか?」

「はい。いかが致しましょう?」

 ウィルへの返答に、レイエスは少し時間をかけていた。


 相当の理由がなければ。レイリアとて届いた手紙を早々に、炎へくべやしないだろう。そうした上で、二度も同じ内容の手紙が届くとは、何やら因縁染みたものを感じ得ない。

「文面も、前回と一致しているのですか?」

 中に何が書かれていたのかを、レイエスたちも把握している。

「はい。一言一句、変わらず」

 終始余裕を携える面持ちが、あまりにも愉快を期待する色を濃くしていたことで。レイエスは名を呼んで自制を促した。

「槇土」

「失礼いたしました。今後一切、マスターに害あるものでしたら、完全にブロックいたします」

 槇土は、正しき姿勢をより良くピンと伸ばして断言していた。

 ――大変よろしい。と、レイエスは心の内で頷いてから告げた。

「一応、御伺いを立ててからにしましょう」

 こうして差し出し人不明の手紙は二度、レイリアの手に届くこととなった。


 小雪も過ぎた午前中に、一時間足らずの短い公務を終えて帰城したレイリアが昼食を取った後の。デザートを平らげたところで、レイエスは手紙の件を申し出ていた。

「……また?」

 ウィルが手にする銀盆の上で鎮座している封書を見るなり、レイリアは少々怪訝な声色で応じた。

「ふぅーん? まぁいいけど。開けてみて?」

 封筒から取り出された手紙を受け取り、記されている一文を眺めたレイリアが沈黙してしまい。束の間、家族が一堂に会した食堂には物音一つしない静寂が訪れた。

 その森閑の間をレイエスが破る。

「どなたかと、お約束を?」


 手紙の内容を、どうして知り得たのかと問うのではなく。レイリアは脳裏で記憶を手繰り寄せているかの、眉を潜めていた。

「うーん。覚えてないんだよねぇ――」そしてレイリアは、一文を声に出して読み上げた。「約束は果たす、ねぇ……?」

 食事の席を共にしているカールが口を挟む。

「果たす、と言うのなら。マスターはやはり、どなたかとお約束を?」

「ううん?」

 ゆるゆると首を横に振ったレイリアは言い切った。

「僕が約束嫌いなのは、みんなも知っての通りだよ。尽く破られてきたのがトラウマでね。だから決めたの。僕は誰とも、何とも約束はしないって」


 レイエスも記憶を辿っていた。

「そうですね。マスターが公主になられた十二の時には。現在のように社交辞令も含めて、頑なに約束を嫌っておいででしたから――」

 誕生席の右隣、レイリアに最も近い席に座るアニーも発言した。

「なら。それ以前に?」

「そうだね。僕が誰かと、何らかの約束をしたのなら。それよりももっと、ずっと前のことになるからね」

 であれば十年以上も経ての、実に奇妙で執念深い話になる。

「――あぁ、ひょっとして……」

「何か心当たりが?」

 手元の手紙をまじまじと眺めてから、レイリアは席を立った。

「ディッシー、散歩に行こうか?」


 途端に話を逸らそうとしたレイリアの癖をレイエスは逃さず。「マイロード」と発しては、歩み出す主人の前に立ちはだかった。

「万が一にも。マスターに危害を加えられる可能性が微塵でもあるならば。わたくしどもは相応に対処し、迅速に行動しなければなりません」

「そんなに怖い顔しないで? 大――」レイリアは、信用のない大丈夫という言葉を口に出しかけて言い直した。「平気だよ」


 何をもってして、平気と言う言葉をいとも簡単に使うのか――、の意も込めて。レイエスは主の名を告げていた。

「レイ」

 するとレイリアは優しき笑みを携え、兄の腕に触れた。

「ちょっと思い出してみるから。昔話に付き合って? って話だよ」


 こうして、手紙の内容に興味のある一行は。ディッシーの散歩がてらの裏庭へと繰り出して行った。

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