第34話 戯れ
トゥエルヴ家を一方的に激しく恨み、一家殲滅を図る悪事の筆頭がヴルヴ家であることは一般的にも知れている。
それがこのところ、ヴルヴとは何の関係もないところで煙がたち、個人的な妄想や思想に火をつけ暴発してしまう輩も多くなった――との見解もよく持ち上がるようになったのは、単に移り変わりの激しい時世のせいか。
「――
ティグ襲撃についての報告と、黎明王が無事である旨が知らされた後で、記者たちから質問の手が上がっていた。
「過激派や、武装集団による犯行ではないにせよ。ファージア三大騎士団の一つに名を連ねる、エルヴァティックライトの護衛中に、黎明陛下への襲撃を許した点についての責任は、どうお考えですか?」
碎王が口を開こうとした瞬間に、
「お言葉ですが。ファージア三大騎士団の、星王陛下の
「槇土報道官。それはどういう意味ですか?」
「犯行の動悸や経緯につきましては後日、捜査局より正式な報告が成されますので。当家からの発表は以上となります」
質問の流れをたち切った槇土は、碎王を連れ立ちプレスルームを後にした。
「答えになってないじゃないですか!」
「責任逃れだ!」
騒がしくなったプレスハウスでの事態など知る由もないレイリアは、居城へ辿り着いていた。
「おかえりなさいませ」
レイエスは能面ながらも、
「大事ありませんでしたでしょうか? マスター」
ウィルのエスコートを受けて玄関口にレイリアが降り立つと。家長の後ろで控える家の者たちが一斉に礼を施した。
「おかえりなさいませ。マスター」
レイリアはゆったりと微笑み、家族と呼ぶ者たちの顔を一人、一人丁寧に窺う。
「ただいま。僕はこの通り何ともなくて。カールが大活躍だよ」
ウィルは、レイリアの法衣マントを脱がせて腕にかけた。
「そのようでございますね」
「うん。でも、怪我をしたみたいだから心配だよ……」
「それには及びません」
レイエスは、レイリアに休息を取らせるための居間へと促しながら告げた。
「割れたガラスで、額を数ミリほど切っただけにございます。一両日中には痕もなくなるかと」
「それだよ、それそれ」
マントの下に着用している上着も脱ぎ、一気に身軽となったレイリアは不満げに述べた。
「騎士の治癒力って、どうしてそんなに凄いの? 僕なんて、ちょっと当たった傷でさえ、治るのに一週間はかかるって言うのに」
――始まった。
レイエスは、先に居間のソファーへと着席したレイリアの前に控え立ちながら。さりげなく視線を天井に仰がせていた。
昔からレイリアは何度となく、己には備わらない身体的にも体格的にも秀でた騎士の体力面などを羨んできた。
「覚えてる? この前、僕がレストルームで倒れた時に。額を少し切ったでしょ?」
特別に縫うほどの傷ではなく、一週間程度メディカルテープを貼った傷が完全に消えてなくなるまで、三週間ほど時を要した。
レイエスは上げていた視線を落とす。
「治癒力も新陳代謝も。鍛え上げられた騎士とマスターでは、根本的に異なりますので。致し方ないことかと」
「ちょっとアニー。言ってやって」
最近のレイリアは、代弁の援護にアニーを使うことを覚えていた。
そのアニーも従者の身で対、家長とは言え。主の本心と自身の持論を織り交ぜて反撃に転じる術を身に着けていた。
「違うと言われても。もとは同じ人間なんだからズルいって話ですよ、レイエス様」
「そうそうアニー。よく言ってくれたね」
ソファーの縁に腰かけているアニーの腕を撫でたレイリアの足元で。出掛けに騒動を起こしたディッシーがくんくんと鼻を寄せていた。
「あぁ。ごめんよ? ディッシー。ただいま。良い子にしてた?」
頭や体をわしわしと撫でられる前から、ラブラドールレトリバーの尻尾は盛大に振られている。
「ふふふ。良い子だね! 午後の予定が空いちゃったから、一緒にお散歩しようか?」
散歩と言う言葉を受けて、尻尾はちぎれんばかりに振られた。
「マスター。お先にご昼食を」
「少し散歩したいの。ディッシーも行きたいよねぇ?」
「つきましては、マスター。そのディッシーの躾けに関しまして、ご提案を申し上げても?」
レイリアは浮かしかけた腰を据え直した。
「え、なに? お茶を飲む間に済む話?」
ウィルがレイリア好みの食前茶を用意している間に、レイエスは事務的に述べていた。
「まだ子供とはいえ。当家の一員になるのであらば、それなりに躾けが必要となります。しばらくの間、エルヴァティックライトの伊吹を、本家に出向させたいと考えております」
サブレの彼か――と、レイリアは思い出しながら告げた。
「出向って? 本家に動員が必要なら、ルナザヴェルダに引き上げれば?」
「それほどのことではございません。ディッシーに基本的な躾けを施す、ごく短期間だけの問題ですので」
「伊吹くんが、一時的にディッシーを躾けに来るってこと?」
「はい。彼は、エルヴァティックライト所属の守護警備犬、
「え。ちょっと待って?」
レイリアは一旦、話題を止めた。
「エルヴァティックライトに、警備犬がいるの?」
驚愕した主に、アニーが言った。
「え? レイってば知らなかったの?」
「……うん。うちに犬がいただなんて、初めて聞いた」
トゥエルヴ領は実に広大であるがために、侵入防止装置や監視センサーが至るところに施されていて。尚且つ、守護騎士だけではない、公家警察による巡回警備なども日夜行われている中に。警察犬ならぬ警備犬も配置されていた。
「なにそれ! 僕、初めて聞いたよ、そんなこと」
「今まで、ご興味を持たれたことがなかったからでは?」
そしてレイエスはこうも告げた。
「どの道、マスターは甘やかすことしか致しませんでしょうから」
「甘やかす……って言っても。まだディッシーは一人で寝るのも寂しくて、夜中にきゅんきゅん啼いてるんだよ?」
「それを。マスターがこっそりベッドに連れ込んでいるのも存じております。そうして、甘やかせてばかりでは困るのです。ここは一つ、プロに躾けてもらい、番犬にでもなっていただきませんと」
ただ飯は食わさぬ――とする冷たき視線を受け止めたレイリアは。散歩はまだか――なる尻尾の勢いをなくしたディッシーを眺めた。
「……だって? ディッシー。僕は君の味方だからね?」
顔を寄せ、まだ幼い愛犬を撫でたレイリアは。ウィルより差し出されたティーカップに口を付けてから立ち上がった。
「好きにして? レイエスが決めたことに、僕はいちいち反対しないから。ただし――」
レイリアはアニーに、ディッシーと遊ぶ時に使用するボールを取って来るよう伝えて続けた。「あんまり厳しくしないで? ほどほどで良いんだから?」
それは弟を重んじるばかりに、自分自身へ厳しい枷を施す兄に対しての苦言か、配慮か。
レイエスは、嬉々としてボールを取りに向かったアニーの背へ向けて一人呟いた。
「充分、留意いたします」
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