第33話 帰還


 予想外の事態に遭遇したティグの一行は、午後の予定を全て中止扱いとし、トゥエルヴ領地の目前にまで達していた。

 エルヴァティックライトの関所を直前にすると、先導していた警察車両は左右に別れ。守護騎士たちが騎乗する黒の護衛車と白いリムジンティグの車列だけが直進するのを見送った。


 トゥエルヴ領を警備警戒する役目も担う、エルヴァティックライトたちが居住する建屋の麓で、速度を緩めたティグは一旦停止した。

「ただいま。宗助そうすけくん」

「おかえりなさいませマスター。とんだ事態で。お怪我はございませんでしたか?」

「僕はこの通り、何ともないよ? みんなも、御苦労さま」

 守護騎士たちを平等に愛するレイリアの心意気に、エルヴァティックライトたちは深々と一礼を施し。護衛車からは碎王さいおうが降り立つ。

「マスター。申し訳ありません。お手数をお掛けいたしやすが、こちらでお乗り換えを――」

「そう? わかった」

 レイリアは素直に、開けられたドアから降車したその足で。破壊された運転席側へ回り込もうとした。

 その行く手を、碎王は大柄な身で阻んだ。

「ご覧になる必要は――」

 レイリアは、見上げた大男に微笑みながら歩みを進めた。

「……いいから、見せて?」


 白いリムジンティグの、運転席側の窓は完全に砕け散っていて、受けた衝撃の強さを物語っていた。

 割れたガラスの破片は、助手席側の足元にまで散らばっている。

「ロイ、怪我はないの?」

 ティグを停車させるとほぼ同時に、降車していたロイは尻の辺りを撫でていた。分厚いガラスの破片がごろごろと当たっていた違和感を拭っているようだ。

「はい。マスターこそ本当にご無事で?」

「君に何かあったら、アーヤが悲しむ」

「そのような――、マスター」ロイは言い切った。「守護騎士を夫とした妻は、いつでも覚悟は出来ております」

「だとしても。もしもその時が来たとして、僕は捲瑠まきる様に何て言えばいいの?」

「それは……」

 言い淀んだロイに、レイリアは「ごめん。不毛な質問だったよね」と告げてから碎王に訊ねた。「カールは?」

「心配いりやせん。暴漢者を二名も取り押さえたんです。これぞ騎士の本懐。誉めてやってつかぁーさい」


 レイリアは困惑の顔色を浮かべていた。

「それでも。僕を護るために怪我でも負ったのなら。僕とて同じ傷を負ったも同じだよ?」

 いつの世になっても、力なき者へ暴力で圧するという行為は許されるものではない。

「主義主張があれば、力で解決しようとせず。話し合えば良いのに――と思うのは。物理的な力を持たない者の、綺麗事かな?」

「マスター」

 碎王は、破壊されたティグを悲しげに眺めるレイリアへ声をかけた。

「守護騎士にとって、主が無事であったのならば。傷を負うとなかろうと、誇りである以外の何ものでもありゃあせん」

「……武勇もいいけど」

 祈りの王は、破壊の傷跡に目を細めてから碎王に改まった。

「カールに伝えて? 帰って来たら、一番に顔を見せてと」

「はいマスター。寄り道しないよう伝えます」


 恭しく礼をした碎王をその場に残したレイリアが、代替のティグへと乗り込むのを槇土はエスコートしていた。

「私は碎王と一報を投じてから帰城いたしますので、こちらで」

 槇土には報道官としての役目もあり、このあと。記者たちに向けての公式発表を行う役目がある。

「うん。あとをよろしくね?」

 扉を閉めた槇土は、一歩と下がった碎王と肩を並べ、ティグを見送る姿勢を取っていた。

 レイリアは、同乗のアニーに窓を開けるよう促して顔を覗かせた。

「みんなも、あとをお願いね?」

 トゥエルヴ家を支え、護る職に従事している隅々までの者への配慮も忘れず。再出発したティグの一行を、槇土たちはその姿が見えなくなるまで見届けた。


「――碎王。テンプレート会見でお願いします」

「わーってるよ。テロではなく、個人的な思想グループによる突発的犯行だって、公安宮内省とも話、既についてんだろ?」

「表向きは――、ですが」

 プレス発表を行うハウスに向かう足並みに宗助が加わる。

「何だよ、意味深だな?」

「よくある話ですよ? ティグを襲った三人ともが、防衛大学院の学院生で。遊びに使うお金欲しさに飲み屋で誘われ、一口乗ったそうです」

「金をやるから襲撃に加われってか? 全く、防衛大にまで行っておきながら、一生を棒に振りやがって」

 碎王が槇土に訊ねた。

「んなら。使用した武器も、襲撃を依頼したヤツからの支給品か」

「そのようです。世界一の防弾ガラスを砕くことができるから、思いっきり襲って来いと気前よく」

 オンタイムで中継を見ていた宗助が口を挟む。

「あれ。小型化したプッシュダガーに、電磁パルス機能を搭載してるヤツだろ? あんな軍用、一般になんざ出回らない武器だろうに?」

 そんな物騒なものを大金と共に、簡単に使い捨てられる輩はそう多くはない。


 槇土はすまし顔で宗助に言った。

「問題は、運転席側にも更なる予算をつぎ込むか否か、より。三人の一般学院生が、厳重警戒のティグに接近できた点に尽きると思いますが?」

 声色を低くした宗助が槇土を睨んだ。

「……エルヴァティックライトの目が節穴だって言いたいのか?」

「宗助、やめろ――」碎王が二人の間に割って入る。「大衆に混じられて、抜きに出られたのには違いねぇんだ」

 槇土は、目くじらを立てる宗助を涼しげに眺めて言い切った。

「ガラスを砕いた武器はともかく。警備線を突破して、あれほどまでに近づくことが出来た点については、正直。学生たちだけでは及ばないと思います」

「襲撃そのものを企てた首謀者に、心当たりがありそうな物言いだな? 詰まるところはテロじゃねーか。それを公表しねぇとは。槇土、お前いったい今度は誰と、何を裏取り引きしてんだ?」

「襲う相手は我ら守護騎士ですよ? 殺意と殺気を帯びて近づけば、即座に切り捨てられるのが必至」


 かの銃撃事件以降もファージア侵攻を目論み、諦めないヴルヴ家との抗争は激しくなる一方であった。

 果ては、長らくヴルヴ家の支配下に置かれていたリベリオを、星王自らが乗り込み圧制より解放し、国家独立にまで導く歴史的事変にまで事は波及している。

 ファージア如いては、トゥエルヴ家周辺の守りを強固にされた盲点を突こうとするヴルヴの画策が影で蠢き。縁もゆかりもない国や一般人を巻き込んだ挙げ句、捨て駒にして、じわじわと攻めてきているのも確かである。


 碎王は、議論はここまでとする手を挙げた。

「そこまでだ――」

 事は単純そうに見えて意外に根は深い。この場で解決できないものを、延々と続ける訳にはいかない。

「その件については、捜査局が調べてるんだな?」

「えぇ勿論です。警備網を突破された点については。公安も宮内省も、面目丸潰れですからね」

 宗助も気を取り直した。エルヴァティックライトも、ルナザヴェルダも。時に時世をも動かすトゥエルヴ家と主を護るべく、やるべき仕事はただ一つだ。

「……ひとまず。警戒レベルをワンランクだけ上げてるが。引き続きの態勢でいいか?」

「そうだな宗助、そうしてやってくれや。レイエス様には、俺から直接報告を入れておく。それと――」

 宗助は碎王の言わんとしている旨を先に述べた。

「ティグの修理士、備品、板金もろもろも手配してある。代替の予備ティグもチェックして本家に移送済みだ」

「ん。そうか、んなら……」

 副団長の手際に感服の目を剥いた碎王は、「あとを頼む」との顎を引いて別れた。

「槇土」

「発表の進行と今後については私が。マスターがご無事である旨をおまかせします」

「しつけぇ記者はぶった切ってくれよ? 黎明君主の身に関する事となると、見境なくしちまう輩が多いからなぁ――」

「そうなればペナルティ付きで追い出しますので。万事おまかせを」


 関所の手前に、公式発表場とする各局メディアの記者用プレスハウスが設けられていて。トゥエルヴ家に関する公務の予定や、些細な日常の話題発信もハウス内のプレスルームより行われていた。

 槇土と碎王が姿を現すと、世界中のメディアや記者の他にも、フリーライターなども新たな情報を待ちわびて構えていた。

「――お待たせ致しました。これより公家公式発表を行います」

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