第30話 言霊
「先に一つ、誤解も解いておかなければなりません」
レイリアの弔辞は、念を押すことから始まった。
「僕はよく、悩み迷える者の背を押す言葉もかけますが。僕は、未来を予言することはできませんし。占い師でもありませんから。吉とでるか、凶とでるかの後の世を、予知することもできません」
レイリアは会場中を見渡した。
「万が一にもそんな力が備わっていたなら、今日この場で、みなさんとお逢いすることもなく。また違った人生を歩んでいたことでしょう」
スピーチの続きを、誰しもが固唾を飲んで見守っている。
「僕が感じるのは。代々より受け継がれし鎮魂の風、とでも申しましょうか。あくまで、生きと死せゆくものたちの、届けたかった言葉や、伝えたかったものを代弁しているだけに過ぎません」
教会内でピンと張った緊張感が、少しずつ凛と涼んだ空気に包まれていっている。
「人によって、言葉の数も内容も様々です。何をも告げず、静かに眠ることを望む方がおられる一方で。多くを聞いて欲しくて、夜通し語りかける方もいらっしゃいますから。祈祷や祈念に比べ、鎮魂の祈りが特に長くなるのはそのためです」
レイリアは一度、スピーチ台に視線を落として間を取った。
「今日の大司教の場合では、ご本人の思慮深い語りは勿論のこと。過去を回帰し始めると、必ずと言っていいほど。古きご友人方も出て来て、思い出話に花を添えられます。そなたが小さき折に、おむつを替えてやったのは誰か、とね」
聞き入る者たちの一部から、微笑ましき笑いが漏れた。
「長かろうと短かろうとも。歴史の表舞台を歩まれた方であれ、そうでない方もそれぞれに。残したきものは千差万別。必然的に、話が長くなるんですね――そう」
レイリアは左手でアクセントを表した。
「大司教のお父上様が出てくると、そのまたお爺さま、曾おじいさまも出てきます。何を言うか。いいか若造。わしの時代はこうだった――と言った具合で。とめどなく、終わらなくなるんですね」
先人の、そのまた先人の歩みが続いてきたほどに。語られるものも確かに多くなろうと頷く者たちの。その先を早くと促す姿勢が前のめりになっている。
「そこで、僕はと言うと。鎮魂と言う名のいわば、宥めるのも役目ですから。適当に相槌を打って、頷くんですね。そうですか、色々大変でしたね――、と」
レイリアは少し、勿体ぶらせてから告げた。
「ですが、眠られている方とは違い。僕が耳を傾けられる時間は限られていますから。大抵、途中でこう訊ねます。つまり、掻い摘んで一言で言うと? とね」
会場内の一部から拍手が起きて、レイリアは左手で期待に応じた。
「そうして故人はある程度、話や心残りを聞いてもらえれば大方満足して。安心もして眠りにつかれるのです。次の愚痴や語り忘れを、まだまだあったと思い出さない限り」
そんなオチを受けて、会場内の空気が再び緩む。
「ここでようやく、僕の聞き役も終わりです」
いつしか。悲しみの空気で沈んでいた教会の中は、温かなムードに変わってもいた。
「ここで一つ、大司教の忘れ形見に伝言を――」
レイリアは、まだうら若く見習いの身にて、神父の衣さえ纏えていない若者に視線を定めた。いつの日にかその若者は、司祭の後を継ぐだろう。
「見られたくない大事なものを、ベッドの下に隠すのはやめなさい、とのことです」
見習い男の周りを囲んでいた神父たちも、携えていた堅い表情を和ませた。
照れて鼻を触った若者には、身に覚えがあったのだろう。
「明確に言うと。亡きゆく方々の声が、はっきりと聞こえるわけではありません」
観衆へ向けて、黎明王の視線が戻る。
「映像として夢に、幻に。陽炎の如くに見えるわけでもありません。ただ何となくの、虫の知らせとでもいいましょうか。ふと風を掴むように。水の流れの中に息吹を感じるように。言葉が自然と浮かぶのです」
そんな独白に。誰もが食い入るように見入り、聞き入っている。
「そして、祈りを口にします。何を唱えているのかと訊ねられますが、代々伝わる祈りの言葉はみなそれぞれ。特に決まりもないものですから。歩む人生に同じ道がないように。伝えたい言葉も、残したい思いにも、同じものなど一つもありません」
これらの言葉は教会内だけではなく、列席が叶わなかった者や大衆に向けて、世界中へと発信されている。
「この広き世界に生まれ、やがては消えゆく星々に。同じ運命がないように」
街頭の大型スクリーンやオフィスで、家庭内でモニターしている者の多くも手作業を止めて見入っている。
「いま僕は、奇跡を経て、こうして語りかけることが叶っています」
それがどれほどに尊く、素晴らしいことであるのかをレイリアは実体験で学んだ。
「かの多くの先人たちが積み重ね、成り立てた今日という今を生き。陽を見送り、月が昇りし時もまた、過ごせる明日への期待を寄せられる今。この時を、みなさんと共に迎えられたことに感謝します」
語るレイリアの表情は穏やかで、優しき面であふれている。
「大司教が、大司教たる存在であったように。僕もまた、
トゥエルヴ家の当主が、本来果たすべき公務を予定通りにこなすようになった矢先に、忌まわしき事件は起こった。
「この身がもろくとも。長らく見捨てず、時に杖になろうと手を差し伸べてくれる家族が、僕にもいました。身を案じてくれる者がいて、普段の何気ないことが。どれほど幸せなことかを。偉大なる大司教の生き様によって、より多くの方々も気付かされたことでしょう」
グレイディア卿はこの先も穏やかに眠り、これからのことを見守り続けるだろうと宣言されると。教会の中外から万雷の拍手が沸き起こってていた。
「この機会を与えてくださったことに感謝します。携わった全ての方々に栄誉も込めて。お別れの言葉とします」
清聴ありがとうの感謝も添えたレイリアはスピーチ台を離れ、祭壇を後にした。
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