第26話 相応


 ファージアの騎士が持つつるぎの見た目は、一見すると鍔のない柄のみに見える。肝心の刀身部分はと言うと、鞘代わりとなる柄の中に収納されている点が際立って特徴的なものであった。

 必要な時にのみ、所有者だけが刀身を露わにすることが出来る特殊な剣は、ファージアの騎士が純粋な証であるともされてきた。

 そうした剣は、持つ者の志や特徴がよく映えもするといい。柄の形やブレードの長さ、大きさなども騎士によって様々である。


 ユリウスは腰脇に挿していた剣の柄を取り、これのことか――なる念を押す。

「マスター。私の剣は特段……」

 レイリアは、にこやかにユリウスへ迫りながら言葉を被せた。

「そう、それ! さっき、指先でくるくる器用に回してたでしょう? やって見せて?」

「はぁ……」

 泳いだ視線は、直接の上司に当たる碎王へ、どうしたものかの判断を仰いでいた。

「マスター」

 苦笑いした碎王さいおうが止めに入ろうとするものを、レイリアは制する。

「分かってるよ? 例え僕でも、勝手に騎士の剣に触れることは失礼だからね?」

 剣は騎士の命そのものである。寝る時でさえ片時も傍から離すことのない相棒を、持ち主以外の者が簡単に触れて良いものでもない。

「ねぇお願い。回して見せて? ちょっとだけでいいから?」

 レイリアの周囲で困った雰囲気が漂うも。好奇心に駆られた本人だけがお構いなしであった。


「はぁ……、では」

 全く乗り気のしていないユリウスは、剣の柄を手の甲や指先、手首を駆使してくるくると、さも器用に回して見せた。よくあるペン回しを剣柄に変えた形に近い。

「こんな感じ――で、ございますか?」

「そうそれ!」

 片手の中で、剣の柄が自らの意志を持つかに動き回る様を見つめたレイリアは、感嘆しきりであった。

「凄いね!」

 騎士ではない執事のウィルやメイドたちも、卓越した剣技の披露に手を叩いて喜ぶも。守護騎士たちは、それぞれに「なんのそれしき」オーラを発しているだけだった。

「ねぇ見た?」

 レイリアは隣のアニーに同意も求め。丸い目を半眼にしたアニーは、「騎士なら誰だって出来るよ?」と述べるに留まる。

「えぇ? そうなの?」

 するとアニーは「ほら。僕だって」と言いながら。スーツの下に隠す自らの剣を取り出し、ユリウスがやって見せた美技に似た柄回しをやって見せた。

 しかし、レイリアの反応は鈍かった。

「んー……。ユリウスのほうが回すの早かったし。指と指の間をくるくるするの、凄かったよ?」

 アニーは「何だと!?」とする恨み節の視線をユリウスに向け。睨まれた対象者は、恐縮なる肩を窄める大人の対応を取るのだった。


 騎士たちが軽々と手の上で剣の柄を弄ぶのを間近にしたレイリアは、目を爛々と輝かせながら言った。

「それ。僕にも出来る?」

「ちょっとレイー、なに言ってんの?」

 レイリアの興味は更なる探究心にも繋がる――のは一向に構わない。なれど大抵の場合、空回りした上で散々な結果に繋がる場合も多いことを知っているレイエスから、深いため息が漏れ出ていた。

「マスター。剣は――」

「騎士の魂でしょ? 知ってる」

 レイリアはアニーの顔をまじまじと眺めた。その意は、言葉にせずとも伝わったはず。

「……しょうがないなぁ、もう……」

 渋々な表情と態度で応じたアニーは、「軽そうに見えるけど。これ、実は重いからね?」と念を押して己の魂を差し出していた。


 おいそれと触れて良いものではないことを、レイリアとて重々承知だ。

 けれどレイリアも一人の人間。一度は持ってみたい、触ってみたい欲求のほうが勝ってしまう。

「じゃあ、ちょっとだ――けええ!?」

 左手に、そっと乗せられた剣は。持ち主のアニーが手放すと同時に。予想を上回る重量となってレイリアの手に圧し掛かっていた。

「……おっも!」

 レイリアでは持つことなど適わないと分かりきっていたアニーが、しっかりと添え手をしていたので剣の全ての重さが、その手にかかることはなく、落下することもなかった。

「嘘でしょ?」

 なんて重さだ――。今度はレイリアの目が丸まった。

「みんな、これをいつも持ってるの?」

「当然でしょ? 騎士だもの」

 基礎体力を含む何もかもが、並みの人とは違った超人レベルが騎士である。

「……こんな重いの、よくみんな平然と身に付けていられるね?」

 レイリアにしてみれば、幾重にも重ねられた生地の法衣を纏うだけでも肩が凝って仕方がない。それこそ、スプーンより重い物を持ったこともない。

「いやいや。騎士なら、剣の重さなんて空気みたいなものだし?」

 そう言い切ったアニーら騎士が、レイリアにとっては心から羨ましかった。


「ずるい」

「え?」

 思わずの本音が漏れて、剣を回収したアニーは「何が?」と聞き返していた。

 出発時間を気にしていたレイエスは、「またか」と言わんばかりの表情でレイリアを見入っている。

「だって。同じ人間だのに。こんなにも力の差が、体力の違いがあってだよ?」

「そりゃあ騎士は、騎士になるべく鍛えてるもの。厳しい修行もしてきてるし、常に精進の精神で鍛練も怠らないし?」

 生まれもって特質は、その後の努力で変わりもしよう。それでも根本的な能力や個々の資質は、やはり個人の個性に値してしまう。

「分相応でございますよ。マスター」

 痺れを切らしたレイエスが割って入った。

「マスターが、唯一人の黎明王であらせられるのも然り。騎士とて、素質がありながらも、放棄する者もおれば。突如に開花する者もおりますゆえ」

 言われなくとも分かっている――なる表情を灯したレイリアは呟いた。

「……僕も。騎士になりたかったなぁ」


 出発を待っている白亜の公務専用ティグに、レイリアが乗り込むべく歩みを進めると。付き添うアニーは述べた。

「どうして? レイには、誰にも備わらない祈りの力があるのに?」

 乗り込む寸前の足を止めた。

「僕も恰好良く、くるくるしてみたかった――って、だけの話だよ」

「……くるくるしてみたいだけなら、別段。剣じゃなくて。レイにでも出来そうな物でやってみたら?」

 アニーの苦肉の提案に、レイリアは「全くその通りだ」と破顔した。

「背伸びは禁物、だね?」

 騎士に出来て、自身に出来ないことが多岐に渡るように。自分に出来て、誰にもできないことを究めよう。

 そうして万物は、バランスを保っているのかも知れない――。

 そう思ったレイリアが、騎士になりたかった本心はと言うと。修行の間があれば、もっと兄と接し、共に過ごせた時間があったのではとする今更の過程にすぎない。


 レイリアは、家長を筆頭にして、ウィルやメイドたちの留守番組みが一斉に見送ってくれるものに挨拶をした。

「行ってくるよ」

「行ってらっしゃいませ」

 地面に車底部分を接地させないリムジン型のロイヤルティグへレイリアが乗り込むと。トゥエルヴ家紋旗とエルファージア旗の両旗がはためく公主専用車が、黒の護衛車に前後を挟まれながら発進して行った。


 出発してからものの一分で、レイリアはティグ内の天井を仰いで目を瞑った。

「あぁ、しまった。何かおやつでも摘まめば良かった」

 小腹が空いた旨を伝えると、ティグに同乗している主治医のティムが「それなら、これがございますよ」と、備え付けのベンチから小箱を取り出し、従者のアニーに手渡した。

 外出の折には必ず同行する第二執事の槇土まきとも発する。

「お飲み物は?」

「水でいいよ」

 アニーは小箱を開けて中身を取り出す。

「ドクター。これ何?」

「エルヴァティックライトの伊吹いぶきが先日、休暇で実家へ帰ったそうで」

 その土産らしい、木の葉を模したサブレだった。

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