第19話 息子


 互いに民を束ね、様々な政の頂点にも立つ象徴的な立場であることなど重々承知だ。

「……考えるより先に、体が動いてました」

 レイリアが自身より他を尊ぶ行動を起こしたことは、間違いではなかったのかも知れない。

 されど、守るべきものが多い者にとっての、咄嗟の判断としては如何なものであったのか――。

「わからんでもない。だがな、黎明の。お前が撃たれたと聞いた時の、俺の気持ちも察してくれ」

 星王は、瞳を潤ませながら告げていた。


 あの瞬間。エディットがそうであったように。星団中も、瞬間的に沸騰した怒りと悲しみで満ち溢れた。

「お前を失いたくないと――」星王は、ゆるゆると首を横に振りながら言った。「……お前には、長生きしてもらわないと困る」

 まだ聞きたいことが。聞いて貰いたい話も山ほどあるとも述べたエディットに、レイリアは笑みを傾けた。

「フィリットは、お元気ですか?」


 星王と法王の間に、待望の第一子となる息子が誕生したのは五年前のこと。エディットは満面の笑みで答えた。

「あぁもう元気過ぎて、帝都は賑やかだよ」

「陛下も。ご活躍だったそうですね?」

 戦艦で。しかもファージアが誇る御旗の旗艦で、巨大敵艦の横っ腹に頭突きをかましながら。砲門も全開。残弾エネルギーが尽きるまで互いを撃ち合ったなど前代未聞の出来事であった。

 ファージア星団の代表が敵の大将相手に突っ込んだ議論は、世間を巻き込んだ法の下でも白熱中だ。

「あぁするしかなかった。あれ以上、ファージアの星境せいきょう線を越えさせるわけにもいかなかったしな?」

 敵対意識を持って侵攻して来るものに対して、星王自ら最大パワーで敵艦へと突っ込むとは――。中継レポーターも言葉を失くし、「神よ!」と頭を抱えながら。愕然とするしかなかった事態だった。


 今。帝都エルファージアだけではなく、ファージア全土でも。恰幅の良い大人の横腹めがけて、小さな子供たちが「頭突きーっ!」とはしゃぎながら突っ込む遊びが急速に流行っているという。

 そして、「どう責任を取るつもりじゃ!」と鬼の形相である捲瑠まきるより、その夫は逃げ回る日々であるとか、ないとか。

 その光景が容易く目に浮かんだレイリアは穏やかに告げた。

「久しぶりの港は、如何ですか?」

 歳はひと回りに近く離れていて、会う機会もそれほど多くはなかった二人は。昔からよく知る戦友のようで。盟友にも似た深い絆で結ばれている。

「やっぱり良いもんだよ」

 嫁が恐妻とは言え、子も可愛い。守るべき故郷や帰る家があり、何より家族たちが住み暮らす街が、星が。その地盤がしっかりとしているからこそ、夫はエルファージアの港から星々の海原へと出港して行ける。

「陛下は、自由に飛んでいるべきなんです」

 そうと助言したのは、反抗期中のレイリアだった。

「なぁ……。頼むよ、黎明の」

「何でしょう?」

 エディットは、頼りないほどに細くて白いレイリアの左手を取った。

「しっかり療養して、養生してくれ」


 互いに、大きなものを抱える長として。時に、誰にも相談できない腹の内を。唯一さらし合える者の存在は、心の拠りどころと言っても過言ではない。

「お前が教えてくれたんだろ? 俺の代わりはいない。お前の代わりも」

「だから僕も。僕らしくあろうと――」

 しかし今回は、あまりに背伸びをし過ぎたようだと、レイリアは苦く笑った。

「身の丈を誤っていたのは、自分自身でした」

「そんな風に言うな、黎明の」

 エディットは白いシーツに手を置いた。

「こうなるのもまた、成り行きなり、巡り合わせだったにせよ。大事なのはこれからだろう?」

「えぇ。その通りです」

 普段は教えを説く側の。これでは立場が逆だとしてレイリアは、心から嬉しく思った笑みを綻ばせた。

「生きるとは誠、不思議なものですね……」

「全くだ。楽な流れに沿おうとするも苦ありで。時は待ってもくれんしな?」

 ゆえに生あるものは。願いが叶わず眠りについた万物の中で、賢明に突き進むしかない。


「そうだ。フィリットが――」星王はふいに話題を変えて、長男の名を出していた。「見舞いに来たいとごねてるんだ」

「嬉しい限りです。いつでも遊びに来て欲しいと、お伝えください」

「いいのか? フィリットは、名付け親のお前のことが大好きだからな。飛びつくぞ?」

 レイリアは、鎮痛剤の眠気に負けそうな目を細めて朗らかに言った。

「活発で良いではありませんか。フィリットは、やはり騎士の道に?」

 エディットは深く息を吐いた。

「そうなんだよ。可愛い顔は捲瑠に似たが、騒々しい騎士の血は、色濃く俺に似たらしい」

「ははは!」

 笑うと傷が痛むのに、笑わずにいられなかったレイリアは。「つつ!」と、のたうちながらも喜んでいた。

「流石は、捲瑠様とあなたの子ですね?」

 星王ではなく、親の顔を表したエディットは胸を張りながら自慢げに応じた。

「おうよ。性格が俺に似たから、捲瑠は毎日小言三昧だ」けれどの歓喜を、星王はすぐに奥へと引っ込めた。「でも。俺が星団中を飛び回ってる間にも、子供は成長してしまう」

 それこそ待ったなしだ。

「フィリットがな? 一丁前に俺に言ったんだ。パパ、僕やママのことは心配しないで、ってさ」

 エディットは、どこへとも定まらない遠くを見つめていた。


「ついこの間まで、怖い夢を見る度に。心細い時には決まって俺や、捲瑠のベッドに潜り込んでたあいつが――」

 気付いた時には、あっという間に大人へと成長しているのでは、とする憂いをエディットは吐いていた。

「五つにしては、大人びてませんか?」

 レイリアが訊ねると、星王は遠くへ飛ばしていた意識を引き戻した。

「あぁ。滅多に一緒にもいてやれないから。そろそろ父親の顔も忘れられそうだって言うのに。親の心配、子知らず――って。本当だな?」

「陛下……」

 咄嗟にかける言葉が見つからなかったレイリアは、ベッド上に置かれていた手に、手を重ねるに留まる。

「俺は――実際、親父がそうであったから。自分の子供にだけは、そんな思いをさせたくないと思ってたのにな……」


 星王はあまりに多忙であった。

 正義感が人一倍に強く、困っている人や物事があれば見過ごすことなど出来ず。見て見ぬふりをし、見捨てる選択などないエディットであることを。捲瑠もその子供も、レイリアも知り過ぎている。

「陛下は充分に、家族を大切にされておられるではないですか」

 でなければ、最強の鬼姫と呼ばれた天鳳院捲瑠と番いになど成れようものか。

「この世界のどこを探しても、あんなに頼もしい御方はいません」

「まぁ――」

 エディットは照れたのか、すんっと鼻を鳴らしては指で頬を掻く。

「あれは最強というより、最脅さいきょうでもあるんだがな……」そして改まる。「まっ。良い女だよ、ほんと。あんな良い女はどこにもいない」

 レイリアはすまして微笑んだ。

「もしかして今、デレました?」

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