第16話 家長


「今後は、僕の公務に関することや、家の一切のこと、全てを……レイエスにまかせるよ」

 そこまでを告げ終わったレイリアは、当人の返事や反応を待たずして眠りに落ちた。

 安堵したのではなかろうか――。そう思った傍付きのアニーが「大丈夫。眠っただけ」と静かに呟いた回復室には、一定のリズムを刻む心音と、穏やかな寝息だけがひっそりと充満していた。


 ここへ集えとされた時に、まさかの遺言でも残すのでは――と案じた焦燥が打ち消された安堵も広がる中。

「謹んで御受けいたします」

 レイエスが膝を折り、あるじの願いに応じるまで。少なくとも沈黙と注目を浴びてから数秒の時を要していた。


「さて――」

 次に言葉を発したのは捲瑠まきるだった。

「わしと事務次官。公騎団長の碎王さいおうが、三大見届け人として立ち会ったのなら。公家公人の発言は、絶対的効力をもって即時に執行される」

 寝入ったレイリアの顔を、じっと眺め続けているレイエスへ向けて捲瑠は続けた。

「これでそなたはトゥエルヴ家の家長じゃ。滞っているものも。変革を要するものも全て。そなたの手腕で堂々と仕切れば良い」


 居城より同行していたウィルは、ルナザヴェルダの団長という重要な肩書きも背負っているレイエスの両肩に、トゥエルヴ家の家紋が入れられているケープマントを羽織らせている。

「レイエス」

 捲瑠は視線を上げた家長に述べた。

「そなたが何より護りたいのは、レイリアを当主としたトゥエルヴ家であろうて?」

 レイエスは家長の印ともなるマントを翻し、畏まったウィルに軽く会釈をしている。

「当面は苦労もあろうが、そなたならわしも。適任と思うておる」

 捲瑠はレイエスの二の腕に手を添えた。

「これより歴史が動く大事も起きよう。が、よいなレイエス。トゥエルヴ家と、かの子を頼むぞ?」


 ファージア星の代表は星王せいおうなれど、国や宗教、数々の民族問題を超越した魂の王は、紛うことなく黎明王ほかならない。

 それを傷つけられたこの一件は、ただでは済まない――の意を。見つめる眼差しに乗せた捲瑠は帰路に着き、事務次官も「では、また後日改めまして」なる形通りの礼を施してから、メディカルセンターを後にしていた。


 残されたのはトゥエルヴ家の者たちだけで、回復室より退出したレイエスは早速指示を飛ばした。

「わたくしはウィルと共に城へ戻り、体制を整え、取り仕切って参りますので――碎王」

「ここはおまかせを。ルナザヴェルダはカールとロイ、それと槇土まきとを残して、あとは本家に総動員してつかぁさい。病院内外の警護は、エルヴァティックライトの名にかけて」

 今は責任の所在など一旦棚に上げ置き。バラバラになっていた主の身辺警護を最優先とする一致団結が、力強い発言にも表れていた。

「配置陣営ともにおまかせします。槇土」

 トゥエルヴ家の第二執事にして公家報道官兼、渉外担当でもある美麗な男は、レイエスが言わんとしていた旨を先に告げた。

「家長就任の件ほか、報道規制はおまかせを」


 いつ如何なる時も余裕を見失わない槇土という男自身が、他言無用な塊りである事情を一番に知るレイエスは、目を合わせただけで次へと続けた。

「それと、カール」

 相棒のロイと肩を並べながら踵を返そうとしていたカールは足を止めた。

「はい?」

 往年の騎士を前にして、レイエスは改まった。

「わたくしとしては、団長の職は兼任せずとも良いと考えています」

 そこまでを聞けば、カールとて後が知れて片手を上げた。

「よしてください、レイエス様」


 実のところ、ルナザヴェルダには長らくの間、団長が存在してこなかった。その理由は、成るべき者の登場を、席が待っていたからに等しい。

 長きに渡り、エルヴァティックライトの団長が事実上の総まとめ役であったものを。レイエスが守護騎士になったのを機に、二年の研修ならぬ見習い期間を経て、団長へ押し上げたのは誰でもない、長らくトゥエルヴ家に尽くしてきた碎王とカールであった。


「俺は団長とか、そういうお役目に相応しくないんです」

 申し出るカールは日頃は謙虚にして、有事あれば豪傑豪快な御仁だ。騎士団の中でも彼ならばと、押す声や意見は度々上がったものの。カールは「俺じゃない」と首を横に振り続けていた。

「と言うか俺は、現場の最前線で熱くやってるほうが性に合ってまして――」

 今回のことで、それを余計に自覚したとも言った。

 照れと気まずさからか、鼻先をかいたカールの仕草を見やりながら、ひと回りと年季も違うレイエスは引き下がるしか術はなかった。


 家長たるは書いて字の如くで家の長。常に主の家を守っては仕切り維持し、出掛けては帰ってくる主人の行程が、なに恙無く進行するかの裏方に徹するが役目。

 この先、公務で外出する当主に付き添うことは守護騎士たちにまかせ。己は執務室を最前線にして、連絡係りとなる事務方も増えよう。

「どうか。このままでいさせてください」

 カールはそう言って発言をしめた。


 騎士とは頑固でもある。

 それぞれの意志を尊重したレイエスは、「ではみな持ち場に」と解散を命じ。己も成すべきものへ向かって歩み出した。

 アニーも。周り道の果てにようやく見つけた、尽くすべき主の寝顔を見つめながら。大きく止まっていた時が再び針を進め始めた瞬間を、何をもにも言い表し難き武者震いで体感していた。

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