第11話 消沈
メディカルセンターへ到着した法の番人を迎えに行っていたレイエスは、ルナザヴェルダの副団長、カールの姿を見止めて声を掛けた。
「カール。
「はい。レイエス様」
団長に促されたカールは、捲瑠にレイリアの容体を伝えた。
「手術は無事に終え、特別回復室にて安静になされておいでです」
アーヤとの会話に一区切りをつけた捲瑠は「当然じゃ」とだけ告げ、歩みを進めた。
目と鼻の先に特別回復室が視界に入るも、捲瑠付きの騎士が報告と指示を求めたことにより、その足は関係者以外の立ち入りを一切禁じた回廊の途中で止まった。
「すぐに行くでな」
捲瑠はレイエスたちにそう言って、従者らと話し込みながらも遠ざかるカールたちに言い放つ。
「
レイエスとカールは一旦止めた足で黙礼しながら、一足先に特別回復室へと到達していた。
レイエスがトゥエルヴ家のもう一つの守護騎士団、エルヴァティックライトの団長である
「アニー?」
唯一、部屋の中で付き添っている者を呼び出し。アニーは少しの間を置いてから、中より姿を現した。
廊下へと歩み出たアニーの目は腫れていた。その目が、能面で冷酷な眼差しを携えているレイエスを仰ぎ見る。
「……降格でも退団処分でも。どうとでもしてください」
ふてくされ気味に告げた弟子の頭部を、鷲掴みにしたカールはそのままこ突く。
「口の利き方に気をつけろ」
レイエスは、すっかり気の抜けたようにも見えたアニーの姿を一見してから静かに述べた。
「今は、その話をすべき時ではありません」
その場でカチンと癪に障った音は、レイエスにもカールにも届いただろう注視が、アニーに注がれた。
「今は、って……」
どうして貴方はそうも冷静でいられるのか――とするアニーの視線に睨み射ぬかれたレイエスは、レイリアとは七つだけ歳の離れた実の兄弟だのに。
「……でも」
思うものが上手く言葉にならずに。再び俯いたアニーへ向けて、レイエスは粛として告げていた。
「貴方が。我らがマスターの守護騎士であり、従者の職を自ら退きたいのであらば、お好きになさい。退き止めやしません」
そんなこと出来ようはずもないのに。
「でも僕は、例え――」
室内で交わした事を告げようとした時に、廊下の先から女性もののヒールをカツカツと打ち鳴らす、独特の足音が近づいて来ていた。
やはり来たか、とする悪寒がアニーの全身にも駆け抜けた。
「――捲瑠様」
佇むだけでも異彩と言うべき威圧のオーラを発する捲瑠へ向けて、足早に参上して来た碎王も、折目も正しく一礼を施していた。
屈強な騎士の中でもとりわけ大柄な大男、碎王は近寄りがたい捲瑠の威圧感も物ともせずに、おおらかに告げていた。
「ファージア星の法を司る最高機関にして、国家の秩序。捲瑠様が法院よりじかにおいでとは、よほどのことで?」
「我が
恐縮なる苦笑いを携えた顔を下げた碎王に捲瑠は言った。
「わしにしてみれば、レイリアは我が子も同然。このエルファージアの、如いてはファージアの象徴にして、決して穢されてはならぬシンボルを傷つけられたのだぞ?」
帝都の中枢機関に堂々たる居を構え、聳える法王院の中でじっとなどしておられるか――と続いた吐露も続いた。
「捲瑠様。
ふいに切り出したレイエスに、捲瑠は鼻で笑って見せた。
「ふん。あやつの頭にも血がのぼっておる。レイリアが傷ついたのを知ってはもはや、星王の役目も座などおかまいなしじゃ。わしに止められるものか」
星王の行動はすなわち、ファージア星そのものの意向ともなる。それを法の面より支え、正当化してきた捲瑠の弛まぬ工面と貢献度は計り知れない。
「それより――、
独特の口調と物言いが、消沈の廊下に響き渡る。
ただここが、病室の前である事に配慮してか。小声にしてもどすの利きすぎた声色は、騎士らの背筋を凍りつかせるほどに恐ろしきものでもあった。
「弱きを助け、悪を挫くファージアの騎士ではないのか?」
廊下に集結している守護騎士の面々は、その通りだという無言の顎を引くのみ。
「聖なる鎮魂のエルファージアが総統にして黎明の主、レイリア・フォン・トゥエルヴを護るべくの内苑、ルナザヴェルダと――」
捲瑠は、喜怒哀楽の表情を殆ど顔に表すことのないレイエスを一瞥した後で、その横に控えている碎王にも矛先を向けた。
「トゥエルヴ家を総じて守る外苑の、エルヴァティックライトは何時から張りぼてに成り下がりおった?」
問われた碎王は、痛恨な面持ちを携えながら応じた。
「お叱りは御もっともです。内から外からなる二重の鉄壁ともに、後手に回りました」
「認めるのだな?」
しんと静まり返った廊下に、深いため息が漏れた。
「……全く。呆れたものぞ」
捲瑠は常に過去への敬意と満身創痍と言う意味を込めて、黒一色のロングドレスを好み、タイトにフィットするもので身を包んでいる。
そのせいで、スマートに引きしまった体のラインがより細くも、鋭利な刃物の如くシャープさを際立たせていた。
「批判の的はもっぱらアーベルハイト家も然り、貴さんらにも向けられておるでな? しばらくは背後に気をつけい」
淡々と告げたその衣の下には、捲瑠とて騎士たる証拠の柄も隠されている。
何せ、存在しているだけで場に異様な緊張感をもたらす枢機な女帝は。先見の目利きと地獄耳でも有名であった。
どの道、耳に入ることである。
どちらにせよ、嘘偽りなど通用しない。
「――して、何があった?」
手近な壁を背にして素足を組めば。ドレススカートのスリットから、すらりと長い脚と十五センチのピンヒールが顔を出した。
あれで踏まれたら――を想像していたアニーが、後手に回った顛末の口火を切るのだった。
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