第8話 騎士
鼓動している心拍を知らせる電子音が、一定の旋律でピッピと繰り返し響く特別室の中で。アニーは何度も同じ事を考え続けていた。
あと一歩、否。あと半歩。一秒、もしくは零コンマ。自分の飛び出しが早ければ、あの弾丸は主人を傷つけずに済んだのかも知れない。
または盾となるべく飛び出したアニー自身を貫くか、掠るだけの軽傷で済んだに違いない。
何度も何度も。後悔と痛恨が寄せては引く波となって押し寄せる。もっと早ければ。もっと自分がしっかりしていれば――。
「――このような事態を招いた原因について、ですが」
メディアは一旦、黎明王の容体が膠着状態となっている状況下で、事の発端や要因について騒ぎ始めていた。
「銃を持ち込むような者を、あの結婚式に列席させてしまったことが大きな間違いでもありますが――、やはり。警備体制に問題があったと言えるでしょう」
番組の司会進行役がその点を突く。
「そもそもですよ? 黎明陛下には、身辺のお世話をする方や、護衛専任の守護騎士団がついてますよね?」
公家に詳しい専門家、との表示テロップで紹介されている解説者が答えた。
「その通りです。トゥエルヴ大公陛下をお護りするルナザヴェルダと、トゥエルヴ領家全体を総合的に護る役目のエルヴァティックライトという、二つの公的守護騎士団でなされています」
「どちらも、精神的にも肉体的にも特に優れた、並外れた方々が騎士になられて、公家守護職に就かれてるわけでしょう?」
解説者は由縁も述べた――。
ルナザヴェルダは、結成当初よりファージアの星王を太陽に例えるならば、我らが命をかけて護る黎明の君は、月の王とする節があった。プラチナブロンド髪が血統なトゥエルヴ家を最上の月と称するルナザと、安寧をもたらす者を護りし騎士団の意味を持つヴェルダに由来する。
もう一方のエルヴァティックライトも、聖なる領地を誇り高き忠誠の精神で護ることを誓いつつ、光なきところでも主人の足元を照らしてみせる意を併せ持つ。
進行者は、解説者が語り終えるのを待ってから口を開いた。
「ルナザヴェルダは少数精鋭らしいですけど。エルヴァティックライトは、総勢で二百八十八人もの騎士で構成されているんでしょう?」
「そうですね。一班から八班までの班に分かれて日々、ルナザヴェルダと共に黎明陛下を御守りしていますね」
「そんなに大勢いてですよ? どうしてこんな事になってしまったんですかね? だって、黎明陛下は普段からお体が弱くて、それこそ手厚く警護もされていたでしょうに?」
「一部の報道によりますと、あの式場内では騎士の魂である
「でも、騎士と言えば剣でしょう? 剣を持たない騎士なんて、拳銃を持たない警官と同じじゃないですか?」
「えぇ。問題は確実にそこでしょう――」
全世界に向けても放映されている映像を「切れ」と短く述べて制した女性がいた。
流れる映像をなくした窓辺には、キャンドルライトの波が映り込む。
前後に護衛車を挟んだ黒のリムジンティグは、無事を祈る人の群れを掻きわけるようにして進んでいた。そして、目的地としたメディカルセンターの前で車列は止まった。
ティグのドアが開けられると、全身を黒色で統一したスリムな女性が降り立ち、出迎えた者たちが一斉に頭を下げていた。
「
「レイエスよ。出迎えなぞ無用ぞ?」
発した捲瑠は、切れも長い鋭い目つきでルナザヴェルダの団長を一瞥しながら病院の中へと歩んで行った。
足早な様子を捉えていたメディア各局のレポーターが、カメラに向かって報告を齎す。
「たった今、ファージア星の法を司る番人にて国家の秩序、
「ご訪問理由は、黎明陛下のお見舞いであるとされていますが。今後のトゥエルヴ家に関して、動議を出される件についての、話し合いも行われる模様です」
所作の鋭さではよく似ている先導のレイエスと捲瑠が歩む廊下の先で、クラシカルな白黒のメイド服姿で身を包んだ者が待っていた。
捲瑠の姿を見止めるなり、メイドはたまらず小走りで駆け寄った。
「――お母さま」
「アーヤ? 来ておったか」
「はい。皆さまのお着替えを――」
息災であったか、とも訊ねた捲瑠は娘を抱いた。
「そなたがトゥエルヴ家に嫁いだは良縁ぞ」
長い黒髪を後頭部で一つに結わいた、アーヤの可憐なる瞳からはぽろりと涙が溢れていた。
「こんなことに……」
「案ずることはない」
捲瑠は娘とのハグを解き、頬の涙を拭ってやった。
「みなの祈りは必ず届く」
「はい。お母さま」
そして捲瑠は、視線の先で黙礼していたロイにも声を掛けた。
「我が愛娘を不幸にしようものなら、マシュトロン家と天鳳院家より地獄の沙汰があると思え」
ロイは畏まって頭を下げることしかできなかった。
「重々、心得てございます」
捲瑠が纏う黒のドレス下にも剣が備わっている。娘には騎士としての才能開花はなかったものの、捲瑠は養女を実の息子と同様に溺愛していた。
カールが冷や汗を掻いているロイの肩を軽く叩いた。
「骨は拾ってやる。今でなくていいならの話だが――」
そんなやり取りが交わされている奥の特別室でも、待ちに待った変化が訪れていた。
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