第7話 混沌
時は十二月。二十歳を迎えたレイリアの誕生日は、少しだけ特別なものになっていた。
周囲は、国や星を上げての祝賀会などを催す予定だったものを。当の本人より身内だけで静かに過ごしたいとする意向を受け、外野は引き続きお祭り騒ぎであるのを余所に。エルファージア領内にあるトゥエルヴ家居城では、関係者のみの誕生会が開かれていた。
「今日を迎えられたのは、見捨てられても当然のことをしてきた僕を、支えてくれた皆のお蔭だ」
レイリアは居城と敷地内で、共に過ごす者たちへの感謝や労いも込めて。全員の誕生日も一緒に祝おうとしたグラスを掲げた。
「ありがとう。これからも、色々と大変な思いをさせてしまうだろうけれど。皆がいるから、僕も応えようと思えたんだ。本当にありがとう、僕の――家族に」
レイリアは一貫して、一緒に住み暮らす執事やメイド、守護騎士たちを家族と称して接していた。
「家族に――」
そうしてトゥエルヴ家に、暖かみのある話題が久方ぶりに弾けた数日後のこと――。
アールデコ調の装飾も荘厳な教会の中で、結婚式は厳かに、滞りなく進んでいた。
「――本日、めでたき日を迎えたアーベルハイト家主催の、バルドゥル卿がご長女、マリア様が先ほどご入場されました」
「祭壇上では、婿となられるクリスティアン子爵が笑顔で。花嫁の到着を待たれています」
名家同士の結婚式ともあって、メディアも早くから注目の的にしていた。
まだ若い花嫁と花婿が挙式を上げるに至るまで、様々な困難があったとワイドショーなどはドラマ仕立てで報じている。
神父と花婿が待つ中央の祭壇へ向かって伸びる一本筋のヴァージンロードを、純白のドレスで身を包んだ花嫁が父と腕を組んで歩み進んでいるのを、中継のカメラも追っていた。
一歩一歩と花嫁が祭壇へと近づいた時に一度、その歩みが止まった。
「あぁ、やはり。マリア様はご挨拶されるようですね――」
ことのほか、二十歳を迎え、大々的に公務を始めたばかりのトゥエルヴ公主が。新婦側の友人代表として最前列にて列席していることにより、メディアも世間も、レイリアの一挙一動に多くの関心を寄せていた。
花嫁は、とりわけ正装法衣が目立つレイリアに向かって深く会釈していた。
「陛下……」
何をもにも染まらぬ白く澄んだ心で、眠りにつきし者を尊び、想い。元来より祈祷を御旗にしたトゥエルヴ家の正装が白色基調であるがゆえに、黄金色のパイピングや宝飾で施されている法衣を纏っているレイリアの姿は、純白の花嫁にも劣らない神々しさで満ちていた。
「マリア。とても綺麗だ。おめでとう」
心からの祝福を口にしたレイリアは、親愛なる右手を差し出し。新婦もまた恭しくその手を取って、白いベール越しに感謝の口づけを施した。
「ありがとうございます。陛下」
花嫁の目には涙が浮かんでいるように窺えると、中継のレポーターたちも、感じたままをメッセージとして世間に広く伝えていた。
祭壇を前にした神父を挙式の進行役に据えれば。讃美歌の斉唱に続いて誓いの言葉と指輪の交換も行われ。式は順調に進んでいた。
「――この後、新郎新婦が結婚の証明書へ記名をすれば、あとは誓いのキスと、神父の宣言を残すのみとなりました」
その時。
祭壇に近い最前列から数えて四番目の。新婦席側、ヴァージンロード寄りに座っていた男がおもむろに立ち上がった。
――何だあいつは!
壁際で式を見守りつつ控えていたアニーたちが、咄嗟に反応して動き出している間にも。暴漢は、一歩の大股でヴァージンロードへと踏み出していた。
懐より取り出した銃と銃口を上げ、新郎新婦のどちらかに狙いを定めるその途中に。
さも誰かに呼ばれ、誘われるがままに立ち上がったレイリアは。白きベールで視界を隔てることなく見つめ合い、純粋に。これからの希望と幸せで満ち溢れる胸を、高らかにも躍らせていた二人を背にして。暴漢者と向かい合っていた。
よもやまさかの黎明の君が。今よりの未来に明るき期待しか抱いていない者を護るべく、凶弾の盾となって割って入ろうとは――。
あとは銃声。耳を劈く、混沌の座であった。
レイリアを病院へ運び込んでから幾時が過ぎ。手近な手洗い所で、改めて己の成りを見たアニーは愕然としていた。
もとより黒いスーツはどす黒くもなり。主に対しての潔白と忠誠の誓いでもある白のシャツやカフスも真っ赤で染まっていた。
水道水で顔や手を洗っても拭っても、爪の中にまで入り込んだ主の体液は落ちていかない。
――何てことだ!
庇われた花嫁の純白衣装も、さぞ血濡れたことだろう。招いた新郎新婦の気の落ちようも容易に想像できる。
誰しもが責めているだろう。非を感じているのは自分だけではない――との思いを酌んだアニーは、流れ出る水の冷たさを感じながら俯いたそこへ。扉をノックする音が聞こえて振り向いた。
「アニー?」
二の腕で顔の水滴を大雑把に拭ったアニーは、扉から顔を出したメイド姿の女性を見て驚きつつ、どこかほっとした安堵感にも襲われていた。
「アーヤ? どうしたの?」
「着替えを――と思って。本家からたった今、届けに来たばかりなの」
長い黒艶髪を頭部で一つにまとめたアーヤは、アニーに真新しいスーツやシャツに添えてタオルも差し出していた。
「……ありがとう」
頭髪からの水滴を垂らしながら、アニーは差し出されたものをじっと眺めた。
――もう僕には必要ないのかも知れない。
そう思うと、受け取る手が伸びなかった。
するとアーヤは、持ってきたタオルでアニーの顔を拭ってやった。
「どんな時でも、私たちはマスターの御側にいると誓ったわ?」
そしてこうも言った。
「戻って? アニー。お願いだから私たちの分まで、マスターの御側に――」
アーヤは言い終わらない内にアニーへと抱き付いていた。
「お願い……」
突然のことで驚いたアニーは、常に傍に居たくても、いることの出来ない者たちもいる思いも知った。
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