第5話 摩擦


 ファージア星は、古くから聖なる騎士の星として栄え、歴史を歩んできていた。

 その歴史を作り、名を刻んできた名だたる英雄や、貢献した著名人たちの多くが眠る場を魂の座、エルファージアとして根付かせ。安寧を願い、安らかなる祈りを捧げるエルファージア領地の墓主となったのが初代、トゥエルヴ公であった。


 それから代々、トゥエルヴ家の当主は帝都エルファージアの領主も務め、如いてはファージア内外で余波する様々な行事に対しても、祈りを捧げてきた鎮魂の象徴的存在として今に続いている。


「――いつまで拗ねてるつもり?」

 就任間もない頃、アニーは不躾にも執事が席を外したのを見計らい、レイリアへ問いかけたことがあった。

 反応はなし。返答もない。

 長らく世間とも距離を置いていたレイリアはすっかりへそを曲げ、自暴自棄に「どうせ自分なんか」と閉じこもり。十七歳にして細々と、隠居生活を送っているような反抗期も真っ只中であった。


「ちゃんと祈りの仕事しないと。さらに風当たり、強くなるんじゃないの?」

 法律上では、公人の公務は二十歳からとなっている。しかしファージアの魂ならぬ祈りの君は、存在の意義も定義も他とは異なり。レイリアの成人を待たずして、早期に公務職遂行を望む国内外の声は大きい。

「祈りは毎日捧げてるでしょ?」

 整った顔ですましながらもぶっきら棒に。アニーが初めて、レイリア公と二人きりで言葉を交わした瞬間でもあった。


 遺恨は、レイリアが当主となる前から生まれていた。

「――本来なら、長男のレイエスが当主になるべきでしょう?」

 それが、レイリアの心からの本音であることをアニーは知った。

「まぁ、普通は長男が家督を継ぐけど……」

 ここにカールが居合わせていたのなら、「敬語!」と嗜められる拳も飛んできているだろう場面でも。あるじはアニーの口調を気にも留めず、心の内を素直に晒していた。

「父はね、祈りの力が強いからってだけで。次男の僕を、全ての後継者にしたんだ」

「……まぁ、祈りが家業なんだから。才能のあるほうに継がせるのは、致し方ないんじゃない?」

「だからって、家から追い出すことないじゃない……」

 レイリアは、お気に入りである屋根裏の古書室で視線を落としていた。


「父がレイエスに言った言葉を、今でもはっきりと覚えてるよ」

 レイリアの脳裏に、去りし日のことが蘇る。

「跡取りは一人で充分だ。祈りの力がないお前は、弟を護る騎士にでもなれって――」

 当時十一歳だったレイエスは、修行という名目でトゥエルヴ家を出された。見る者によっては勘当とも取れたこの時、レイリアはまだ四歳たらずだったと言う。


「許せなかったよ。レイエスは、僕が心細くしてるとすっと現れて、何も言わずに傍に寄り添ってくれた。優しくて逞しいレイエスは、僕にとって自慢の兄であったのに――」

 外の世界と断絶された居城の中で、一人となったレイリアは。兄という名の安心毛布も取り上げられ、孤独と化した。

「あっという間だったよ。膠着状態だった僕と父の摩擦も、拗れに拗れて」

 レイリアは読んでいた本を閉じてアニーを見やった。


「言ってやったんだ。お前が後継者だって言い放つ父に、僕は絶対、後を継がないってね」

 そんなやり取りが交わされていたとは――。アニーは黙って話に耳を傾けている。

「病に伏した父が、寝床で何度も僕の名を呼んでね。うわ言で、レイエスが立派な騎士になったらしいから、呼び戻せって言うんだよ」

「……」

「何て勝手な人だと思ったし、哀れな人だと――涙も出なかった」


 先代でもある父を亡くしたレイリアは、喪に伏す半年の期間を経て、正式にトゥエルヴ家の当主になり。ようやくレイエスを呼び戻せる機会を得た。

 ところが、騎士学校を主席で卒業していたレイエスは、すぐに家へは戻らず。守護騎士としての高みを目指すべく、宮廷騎士を輩出する機関へ身を置いていた。

 そこで四年間みっちり宮廷守護職を学び、鍛錬成熟する間に。レイリアの反抗期にも拍車がかかり、手を付けられない悪循環へと陥ってしまっていた。


 宮廷騎士校も首席で卒業したレイエスが、トゥエルヴ家へ帰還し、ルナザヴェルダへの入団が決まったのが二十二歳の時で。レイリアは十五歳だった。


「――それで、いつまで拗ねてるつもり?」

 レイリアは未成年でも可能とされている半公務話を蹴り続けている。

「さぁね? 気が向いたらするよ」

 閉じていた本を再び開き、レイリアは文字を目で追い出した。

 アニーは、読書へ没頭し始めた主からそっと離れ、扉の前で控えた。


 大人の体裁と事情だけで、お気に入りのおもちゃを取り上げられた子供が拗ねる、その気持ちはよく分かる――。

 けれど、公務をないがしろにしているレイリアの風当たりは強くなる一方でもあった。


 これのどこが、大人だと言うのか。全くの子供ではないか――。

 アニーは、煮えない態度で日々を過ごす主の素行に、少しずつ苛立ちも覚えていた。

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