第3話 御前
休憩中であったカールは、久しく立ち寄ったカフェでコーヒーのテイクアウト品を待っていた。
「――ねぇ!」
声を掛けられ、辺りを見回してから下を向いた。何だ、このくそチビは――。それがカールにとって、名も知らないガキであったアニーに対する第一印象だった。
「俺に何か用か?」
アニーは、三十センチほど差のあるカールを見上げて目を輝かせていた。
「僕、あんたみたいな騎士になりたいんだ!」
「あ?」
カールは眉間にしわを寄せて訝しんだ。――何だこいつ。
「だって、そのスーツの襟元に付いているピンバッジ。どこかの騎士団に所属する騎士なんでしょ?」
誠の騎士の星ファージアで、
「はっ!」
カールは首を横に振りながら、出来上がって手渡されたコーヒーカップを手に取った。内心では、ピンバッジでどこの所属騎士であるのかを、瞬時に見極められない程度では、全くもって話にもならない溜息もついていた。
現代でも公家要人警護を務める守護騎士は、文武両道な精鋭騎士の中の騎士が憧れる、極めつけの最上位職である。それを知らぬとは――。
「……お前な」
アニーの襟首を掴んで店の外へと連れ出した。
「騎士になるには、一定の条件も必要だって知ってるか?」
総じて、知識や教養も備わっていなければならないのも当然のこと。
アニーはむすくれながら言った。
「知ってる」
「で? お前は規格に相応しかったのか?」
「……」
無言は揺るぎなき肯定であると取ったカールも言った。
「だろうな? お前さんじゃ、ちょいと背も――」小柄なアニーの全身を下から上へと眺めた。「肉付きも、腕力も品格もなさそうだ」
一見するに貧相で頼りなかった。そこらにいる普通の子供と変わらない。
「でも僕、足は速いし、体力測定はクリアしてた! だから、あんたの弟子にして?」
「何でそうなる!」
話が飛び過ぎていた。
「――何なんだ、いきなりてめぇは? 年上に向かって、口の利き方も知らねえのに、何ほざいてやがる!」
「お願い! 僕、どうしも騎士になりたいんだ!」
「だったら。騎士学校が駄目でも、士官の道とか――」
「駄目なんだ! 僕。優秀過ぎて、皆から嫉妬されるだけで。だからあんたに鍛えて貰って、お墨付きもらえたら最短で騎士になれるでしょ?」
「はぁあ? どんだけ自意識過剰なんだよてめぇは!」
「ねぇお願い! 僕をあんたの弟子にして!」
「ふっざけんな! 何で俺なんだよ! っておい、離れろ! 引っ付くな! コーヒーがこぼれるだろ!」
「やだっ! 弟子にしてくれるまで離れない!」
「何なんだよお前は! おいっロイ! 笑うな! 他人の振りしてねぇで助けろよ! ってあ――ッチ!」
久しぶりに外へ出かけたコーヒーブレイクも台無しになっていた。
それからすぐに、アニーはカールの弟子に――はなれなかった。
カールはトゥエルヴ家の当主を護る守護騎士団、ルナザヴェルダの筆頭騎士の一人であって、日々仕事に追われる身であった。
その隙間を突いて、アニーはしつこくカールのもとへと通い詰めていた。
「……くどいなお前も」
うんざり顔をされても、アニーはまた明日も来ると言ってきかなかった。
そこで、事の始まりの立会人となっていたロイが二人の間を取り持った。
「なぁカール。一手交えてみたらどうだ?」
「あぁ? 何言ってんだ?」
「それで、カールにピンとくるものがあれば、考えてやってもいいんじゃないのか?」
「……」
カールは半開きにしていた口を閉じてから、諦めの悪いアニーに言い放った。
「おっし。ちょっくら面、貸せよ」
ここで力の差を見せつけ、少年の夢など木端微塵に打ち砕き。ちょいと出たばかりの芽など最初からぽきりとへし折って、二度と大口を叩けないよう少しばかり刺激を与えておけば良い――。
そう思っていた。
ところが――。
「なっ!」
思いのほか、足の速さを自慢するだけのことはあり。アニーはカールからの攻撃を素早く躱して避けてゆく。
「……ほう? 独学でここまでやるとは」
二人の対決を見守っていたロイからも、意外に善戦している感心が漏れた。
「なかなか、筋はいいのかも知れんな……」
全力の本気ではなかったとは言え、カールもロイと同じ感触と感想を抱いていた。
――悪くない。
もしや、磨けば化けるかも知れない。
結果的には、まだ本格的な指導も修行もしていないアニーの完敗となったにせよ。騎士としての素質を見出されたアニーは、カールを根負けさせて弟子になった。
カールのもとで、騎士となるべく剣術や体術面を鍛えたアニーは。厳しい鍛錬にも耐え、技術的な面だけで言えば、立派な騎士へと成長していた。
「――言っとくけどな。お前の素早さや体術、剣の腕前は巧みでもな? 未だに敬語を上手く使えない口の悪さや、品格が合格ラインぎりぎりだって事、忘れるんじゃねぇぞ?」
「う、ん……頑張る」
師は弟子をぎょろりと睨んだ。
「あ?」
「いえ。ハイ、善処シマス」
問題点は幾つかあったものの、アニーの童顔や風貌が、どことなく現トゥエルヴ家当主に似ていたことから。いざなる時には影武者となり、身代わりの替え玉などに使えるのでは――と。カールが、騎士団長のレイエスへ推挙したことから、話はとんとん拍子で進み従属枠での採用が決まった。
また、現当主に比較的歳も近いことから、良き話し相手にもなるのでは――なる、内心面からの支え役としても期待されていた。
そんな特例の滑り込み経緯もあったからか、最年少入団記録を作った世間の風当たりは強かった。
「――何と! まだ歳二十もいかぬ小僧ではないか!」
「何故にあれが採用される? もっと格位に相応しき騎士がおろうに!」
「公家公騎団入りを望む騎士は五万とおるのに。どこの馬の骨とも分からぬ輩を入団させるとは。レイエス様は何をお考えなのだ!」
しかし当の本人は持ち前のど根性と神経の図太さも用いて、妬みや陰口など右から左へと聞き流している。
「――いいか。アニー」
御目通りの許しが叶った直後に、カールは念を押していた。
「これから。お前にとって御陛下は、己の命が尽き果てるまで忠誠を誓うべき『唯一のマスター』となる。それがどれほどの事か、分かるな?」
「……はい」
好奇心旺盛で何事にも動じないアニーも、流石に分厚い扉を前にした時には。少しばかりの緊張の面持ちを携えていた。
――ようやくここまで来た。帰る家も家族もいない僕は絶対、誰にもなれない守護騎士になるんだ!
そうして、意地と決意の拳を握ったアニーは。ファージア星の聖なる領墓地、エルファージアの魂とも言われるトゥエルヴ家の現当主、レイリア・フォン・トゥエルヴ公の御前へと上がって行った。
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