第2話 師弟


 銃撃事件が起きた数時間後には、手術を執刀した外科医や主治医による公式会見が開かれていた。

「――黎明陛下が負われました傷の程度は重く、その処置には大変長い時間を要しましたが。経過は順調である旨を、まずはご報告申し上げます」

 専属医師団の発表を待ちかねていた各報道メディアの記者たちが、こぞって手を上げ、質問責めを行っている。

「ご容態は安定している、と言うことで宜しいでしょうか?」

「バイタルは安定しておりますが勿論、予断は禁物と考えております」

「意識のほどは?」

「撃たれた時から回復はされておりません」

 質問者は眉を潜めた。

「昏睡状態と言うことですか?」

 主治医は、机の上についていた手を上げて説明に入った。無用な誤解や不安を煽らないで欲しいとも取れるスローダウンを促す。

「いいえ。そうではありません。大手術でしたから、今は麻酔も効いておられますので。しかしながら徐々に、意識は回復されるでしょう」


「ドクター。撃たれた右肩の状態は、どのようでしたか?」

「こちらに運び込まれた時は、右腕と右肩が皮一枚で辛うじて繋がっているような状態でした」

「どのような処置を行ったのかも、お願いします」

「血肉骨の全てがズタズタで、根こそぎ破壊されていましたので。それらの修復処置や止血、縫合、神経路回復などに全力で当たりました」

「全治の見込みは?」

 大勢の人の出入りも激しく、ざわざわと騒々しい記者会見の場が一瞬、医師団たちが顔を見合わせることで静まり返った。

「えー。その件につきましては、現段階で申し上げ兼ねますので、ご容赦ください」

 会見場が、どっとどよめいた。


「完治しないということですか?」

「そうは申しておりません。ただ、怪我の程度が非常に重いものですから。不自由されることや、後遺症が残る可能性は大きいと――」

 発言は途中で遮られた。

「それでは、これにて本日の公式記者発表を――」

槇土まきと報道官!」

 会見場の最前列にいた記者の一人が、トゥエルヴ家の報道官に詰め寄った。

「トゥエルヴ家は代々、当主が自ら御公務なども決めてこられたものを。陛下がこのようなご容態で――」

 詰め寄る記者が、何を訊ねたいのかの先を見込んだ槇土は、着席を促してから口を開く。

「ご心配には及びません。万事スムーズに取り計らえるよう、事を進めております」

「ではやはり、緊急動議を出されると?」

 別の記者も話に割り込んだ。

「しかし報道官。現トゥエルヴ家当主の実兄、レイエス様は。すでに継代権を放棄されているのでは?」

 槇土は、ポーカーフェイスな表情を微塵と緩めず、淡々と「――以上です」を述べて会見場を後にしてしまった。

 

 強制終了を経て、浮き腰ながらも椅子に着席していた記者たちが一斉に部屋を飛び出して行く。

 これまでに得た最新の情報を発信する為に、国家より指定された中継場所へとひた走り、我一番となって一報を齎す足も逸る。

 とある教会では信徒たちも集まり、全員で黎明王の無事を一心に祈っている。

 帝都内外の広場でも、蝋燭やキャンドルに火を灯した人々が、自主的に集まる光の輪も増え続け。時間の経過とともに広がりを見せる同じような光景が、世界中の至る所で起きていた。


 話題の的となる帝都メディカルセンターの近くでも、安否を気にする大勢の民らが群れを成して押し寄せていた。

 当然ながら、病院の周辺は警察と軍をも出動させた交通規制がかけられていて、一般人の出入りは厳しく制限されているにも関わらず。高かった陽が落ちた帳に、満天の星にも勝るキャンドルの灯りはよく映えた。


 敬愛を表すプラカードや電子メッセージを掲げた明かりが、さらに同志を呼ぶ連鎖が広がり続けている様子を。関係者以外立ち入り禁止で封鎖された院内通路より、見下ろす男がいた。

「カール」

 青髭を濃くした顔で振り返ると、すらりと整った長身の男がやって来ていた。

「ロイ。どうした、何か変化が?」

 優しい印象を与えるカールの目元とは正反対に、鋭い目つきと短く刈られた頭髪が特徴的なロイは、歩んで来た通路の後方を親指で差す。

「いや。飯、交代で取れと」

 カールは鼻息を捨てた。

「ふっ……」

 あるじが瀕死の状態であるというのに――。


 ロイと共に暴漢を取り押さえ。事が起きてから既に数時間が経った今でも、アドレナリンの放出も治まらず。守護騎士の誰もが感情も士気も高ぶらせている今。飯など悠長に食っていられるか――が、目下カールの本音であることを。相棒のロイも気配で悟る。

「どの道、長引くことだ」

 カールは無粋な顔を向けた。

「即公務復帰だなんて、ありえないだろう?」

「それはそうだが――」

 当事者本人も、支える側も体力勝負だと言いたかったのだろう――ロイの意見を察したカールは、「悪い。すぐ行く」とだけ発した。

「アニーはどうしてる?」

 問われたカールは、外が見通せる通路の淵に腰かけた。疲れた訳ではない。ただただ主が無事であるかが不安でならず、どうにも腰が落ち着かなかった。

「どうもこうも、あの野郎――」

 カールが通路の奥に視線を向けた。見つめる先には集中治療室がある。その一角に、今回特別に設けた回復個室で、黎明王は術後を過ごしていた。


 主が横たう医療ベッドの脇には、真新しいシャツとスーツに着替えたアニーが鎮座していた。

 しょぼくれ、背を丸めている姿でいると、小柄な体がより強調されて小さく見える。

 項垂れている童顔は、今にも再び泣き出しそうであるそれを。拳を握って置く太ももに、強く押し当てることで堪えている。

 その頭の中でぐるぐると回るのは、どうして――と懐疑する憤慨と自分自身への憤激のみだ。


 病院へ到着してから間もなく、蹲ったアニーの襟首を掴み、立ち上がらせながら「着替えて来い」とこ突いたのはカールであった。

「何て様だ。みっともねぇ」

「でも。もう僕は……」

 涙と血でも汚れる顔を歪ませたアニーに、カールは鼻を鳴らして蔑んだ。

「あぁそうか――、そうだな。そんな成りした守護騎士などいらん。てめぇ、鏡で自分の面、よく見て来いよ」


 病院の廊下を照らす光の下で、アニーは自身の手が赤くも黒くもあるもので染まっている事に気が付いた。

 手の平だけではない。甲も指も爪の中まで。守護騎士の制服である黒いスーツの下からのぞく、白いシャツの至るところまで。主から流れ出た血液の染みが、べったりとこびり付いているのが見て取れた。

「俺を失望させるな」

「でも僕、護れな――っ!」

 ぐずぐずとアニーが答えるのを、カールは廊下の壁に強く押し付けることで遮った。

「いいか良く聞け。マスターを護れなかったのは、てめぇのせいじゃねぇ。俺たち全員の責だ!」


 手術室が近い手前、大声は出せないことをカールは承知で程々に囁く。その声色には、ほど良くどすも利いている。

「俺は、お前をこんな腰抜け野郎にする為に、弟子にしたんじゃねぇんだぞ!」

 野太い師の手が、愛弟子の頬を乱雑に殴りつけるかのように撫でつけた。

「顔も洗って来い」

「……はい」

 その行動だけで、冷静になれたのかと訊かれても否だろう。

 茫然自失としているアニーに対して、カールはきっぱりと言い切った。

「それでもみっともなく座り込んで、しけた面下げるってんなら。もう二度と戻って来るな」


 破門を突き付けられても、アニーに帰る場所は一つしかない。

 他のことなど考えつきもしないアニーの脳裏に、これまでのことが過ぎていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る