ゲートアレイの花篝

久麗ひらる

始まりの名は

第1話 発砲


 一発の発砲音が、大聖堂内に響き渡った。


 発射された弾丸は、初々しく澄んでいた空気も切り裂き。まこと多くの者たちの人生を、大きく左右させるほどの激震となる、歴史的銃撃事件の始まりでもあった。


 事は、粛々と進んでいた挙式の最中に起こっていた。

「マスター!?」

「陛下!」

「いゃあああーっ!」

 白のタキシードと純白のウェディングドレスで身を包む新郎新婦やその親族、従者、参列者を含む関係各所からの喧騒も入り乱れ。神聖なる祝いの場は即座に、赤き点と線の血飛沫が舞う混乱の場へと変貌していた。

「被弾!」

「被弾したぞ!」

「取り押さえろ!」

「そんな! 陛下!」

「あああっ! 公主様!」

「退避ーっ!」


 騒然となる場の中継をしていた各局メディアのレポーターたちも、我が目を疑う泳ぎ目も興奮気味に。凶行の第一報を世界中へ向けて発信している。

「銃撃です! たった今、トゥエルヴ大公陛下が何者かによって、至近距離より狙撃されました!」

「何と言うことでしょうか! 信じられません! 黎明陛下の安否は不明ですが、肩を撃たれた模様で――」


 上下を黒色のスーツで身を包んでいた小柄な男性が、被弾して倒れ込む己のあるじ――白装の黎明王へ真っ先に駆け寄っては手を差し伸べた。

「マスター?」

 主人の意識はすでになかった。

 もとより白い肌はより一層に青白くも見えて余計に、飛び散ったおびただしい鮮血が鮮やかに映えてしまう。

「マスター!」

「アニー! 傷口を押さえろ!」

「言われなくてもやってる!」

 主を抱きとめているアニーと同じスーツを着た男たちは、無言の暴挙を撃って出た犯人へ体当たりしたのちに、取り押さえている。

 その手より素早く発砲した銃も取り上げ、駆けつけた警官たちに首謀者と武器を引き渡してから、仰向けに倒れ込んだ主の傍で膝を折った。

「肩か!」


 銃弾を受けた傷口を、懐より取り出した白いハンカチで圧迫しても。瞬時に真っ赤へと染め上げる流血の惨事は止まらない。

 民が親しく黎明王と呼ぶ者の華奢な体からは、滾々と命の水が溢れ出てしまう。

「駄目だ、止まらない!」

「猶予がありません」

 白金の法衣が赤色へ染まりゆく中で一人、淡々と冷静に述べた者を関係者一同が顧みた。

「運びます」

 常に冷静さを失わず、冷徹な目は喜怒哀楽で一喜一憂することがほとんどない、不愛想な鉄皮面を見やった一人が、こんな時まで――、なる舌打ちをしたのはさて置いて。時間との勝負であるのは、誰の目にも明らかであった。


 一刻も早く主を病院に運ばねば。一刻も早く祈りの君を治療しなければ――。

 その思いは被弾した主の側近だけでなく、取り巻きを含めた誰もが望んだこと。個々が抱く問題などに、いちいち構っている場合でもない。

「表にティグを回してください」

一八いっぱ、ティグにつけ! 二八にはちは先行して院内動線の確保、三八さんぱは周辺警護、警戒網を敷け!」

 指示出しが飛び交う中で、海外も含めた各局メディアも中継の慌ただしさを増してゆく。


「銃弾に倒れた黎明陛下は、これより、帝都メディカルセンターへと運ばれる模様です」

 挙式を中継していた現場リポーターからの報告を受けたスタジオキャスターも、モニター画面越しでコメントを発している。

「メディカルセンターは、この帝都の中でも最先端医療を取り入れていて、優れた医者が多いと聞きますが――」

 話題をスタジオコメンテーターたちにも振った。

「えぇ、そうですね。とりわけ公家公人や著名人、政府高官、トップアスリートたちの、お抱え医師も多く在籍していることでも有名な病院ですからね」

「ましてやこちらの病院には、もともと黎明陛下のご健康を管理されている、専属医師団がいらっしゃいますから――」


 帝都の街角に設置されている街頭モニターを、帝都民は足を止めて見入っている。

 世に大きな衝撃を与える臨時ニュースがあれば、自動で放映されるようになっているものを。カフェで休憩を取っていた地元の民も、旅行者のカップルたちも、食い入るように見入っている。

「黎明陛下っていや、このファージア星の祈りの王だろ?」

「そうよ。生きとし生けるもの全てに、安寧と鎮魂を捧げる大切な役目を負っておられる御方よ」

「何でもその祈りの力は、初代から続く歴代のトゥエルヴ公主の中でも。現、黎明陛下が最高だと言われているらしいわ?」

「でも、まだ若いよなぁ?」

「えぇ。ついこの間、二十歳を迎えられて。ようやく公務も大々的に行えるようになったばかりなのに……」

「後継者もまだいらっしゃらないから、トゥエルヴ家はこれからどうなるのかしら?」


 そうした不安の渦中に呑まれていたのは帝都のみならず。世界中からの注目が、一心に注がれ始めたメディカルセンターの緊急搬入口に。トゥエルヴ家のエンブレム――雪の結晶に似た印を宿した白色のリムジンが滑り込んで来ている。

 全長六メートルにも及ぶ胴長のキャデラック型ロイヤルリムジンの前後には、警察の先導車に続き、夥しい数の護衛車両も連なっている。


 早くもメディカルセンターの上空には、スクープを得たい報道ヘリが飛び交い始め。飛行禁止の区域を定める上空の警備艇より警告を受けるシーンや。病院周辺の道路規制も激しく敷かれる中より、我先にと陣取ったリポーターたちからの報告も次々に上がってきている。

「――陛下のご容態については、まだ正式な発表がされておりませんが、これより緊急手術となる模様です」


 病院内にある、緊急手術を行う処置室使用ランプが点灯した。

 その明かりのふもとでアニーは一人、異様な緊張感が漂う空間の隅で呆然と佇んでいる。

 ――お願いだ神様。騎士の神様! お願いだから、あの人を連れて行かないで!

 願って伏した眼から、ぽろぽろと涙が頬も伝わず床に落ちてゆく。

 強く握りしめた拳で病院の壁を叩いても、痛むのはもう一方の手で鷲掴みにした胸の奥だ。

「くっそ! 何で!」

 何でもするから――と、心から祈り願う反面。誰が悪いのかと攻め立てる後悔、慙愧の念も押し寄せる。だけれど、護るべき者の最も近くに居たのは誰だ、と問われれば。それは己であることに違いない。

 日夜、主人を守護する騎士として、ここぞの大事な場面で何の役にも立たず、担った役目も果たせなかったのは明白であった。


 アニーは壁に背をつけて間もなく、ずるずるとその場の床にへたり込んでしまった。

 ――僕はもう終わりだ。

 究極の結論を出し、悲観し続けることしかできなかった。

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