場面4
ふとエレベーターの外を見てみると、山と山の間や、海に面したところにいくつか街があるのは確認できた。彼女の体がほんのり光に照らされていた。
「1つ聞いていいか、適切な処置を施すというのは、どういうことなんだ。」
「簡単に言うと、この世界へ適用するための調整です。例えば「犬」になっていた人は疑似体験が終わったあと、言葉は理解できても、人間としての体の動きを忘れています。だからそれを回復するために、調整を加えます。」
「なるほど、では、私にはどんな調整を施したのだ。」
そう聞くと彼女は俺の目をじっと見つめ、髪をさっと耳にかけて「美人が派遣されました。あなたのタイプに合わせて。」
この世界にも、性別の理解があるらしい。納得がいった。しばらくの沈黙が続いた。エヌは何か悪い夢でも見ているのか、非現実的ないまの状況に困惑した。本当に夢を見ているだけなのかもしれないとまで思えた。あまりにも急で非現実なこの世界は、受け入れられない。しかし、いままでが夢で、これが現実ということに変わりはない。
ただ一つ言えることは、エヌの隣にいる女はたしかに存在しているということだ。少なくとも、エヌの周りにある人物であるというは間違いない。たとえ嘘であってもそう願いたい。
「まだまだたくさん、言いたいことや聞きたいことがあるみたいですね。無理もありません。あなたは新しい世界へ来たも同然なのですから。」
ふと、また窓の外を見ると、エレベーターは止まり、外には地平線までぎっしりと家なもが広がっている景色が見えた。おそらく住居であろう。その形は四角く均一で、白い。
「ようこそ全てへ。」
その見ていたガラスの窓が「プシュー」と音を立てて開いた。風は入ってこなかった。天気がないのであろうか。
エヌはまるで世界のどこよりも美しい絶景を見たような感動をおぼえた。胸が高鳴り、その鼓動が口から溢れ出そうだった。彼は故郷へ帰ってきたのでだ。体が、本能が、大きく震えた。それは感動であり、恐怖であり、興奮でもあった。隣でその景色ではなく、エヌの方を見ていた彼女は、その感動をしているのを見て、羨ましそうな顔をしていた。もちろん、いまのエヌには絶景を見ること以外、出来なくなっていたが。
「一体ここは、この美しい光景はいつからなのだ!」
「説明が難しいのですが、ここが全てであり、初めからここにあったのです。たしかに一番説明が難しいのですが、そうですね、あなたが地球で生を受けた時のことを話しましょう。」
「俺が生まれた時の話?母親の中で生命が誕生したときのことか。」
「そう、あなはたしかにあなたの父親と母親の間に生まれた地球人です。命はそうして受け継がれていくのですが、全てではそれがありません。」
いつの間にか足を動かしていた2人は、その家並みが広がる逆を光が射していく方へ歩いていた。
「無いって…」
「地球では遺伝子によって石と同じようなことが起こります。でも、想像できますか、それも石が作り出しているもので、細かい機械のようなものだと。ほとんどそれも、生を持って動いています。」
エヌはその時頭の中で、一人の人間に数億あると言われているDNAを思い出した。
「ではどうして顔や形が人それぞれ違うのでしょう?簡単です。」
「交わるからか。」
「そうです。そうして何年も同じものを受け継いでいくので、人々は「時間」を用いて石に変化をもたらしてきた。整理をしただけなのです。本当は意味がないのてすが。」
エヌはさっき、瞬間的に移動していた時のことを思い出した。なるほど「時間」が存在するというのは、そういうことか。
そんなこの本当の世界の説明を話しながらしばらく歩いていると、「ここです。」と言い、いくら歩いても同じ形でしかなかった家並みの一軒を彼女が指さした。
「今日からここで暮らすのか。」
「暮らすというよりは、ここで「待つ」や「居る」と言っほうが正しいです。」
中は殺風景だった。ただ、外見同様に四角く囲むように壁があるだけ。エヌは無性に地球にいた頃が懐かしくなったが、今おかれている状況、普通ではない状況への興奮の方が大きかった。異国の民家に住むことになった錯覚のようなものを感じた。
彼女との不思議な暮らしが始まった。しかしそれはすぐ終わることとなった。
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