第3話 秩序の指環

 フォートレスと外、宙海の境として存在する港。巨大な扉が宙海とフォートレスを遮るそこには一隻の巨大な船が停泊していた。白と黄を基調としたその船には多くの砲門が備え付けられ、船に次々と積み込まれる弾薬類がただの輸送船などではなく軍艦であることを窺える。そして船体正面には赤き盾に白い剣が彫りこまれたようなエンブレムが、この軍艦の所属を表していた。そこに船を囲むように軍艦と同じ色をした数人の兵士が辺りを警戒していた。

 船の内部と港を繋ぐ通路の上をアリアミア少佐は歩いていた。1人の男が後を追うように彼女に声をかけた。

「少佐、お勤めご苦労だった。それで結果はどうだったのかね」妙にギラついた目でひょろりとした男はそう言った。アリアミア少佐は結んでいた髪を解き立ち止まり、振り返った。

「ホーウェン技術長官殿、あまり近づかないでもらえますか。私が苦手なもの、ご存知のはずですが」アリアミア少佐の鋭い視線が眼前の男、ホーウェン技術長官を貫いた。ホーウェンはその目にたじろぐと後ろに下がり距離を取るようにした。

「ゴホン、その様子ではあまり良い返事は聞けなかったようだね。どうするんだい、これから?」ホーウェンは掛けていた眼鏡をゴシゴシと制服の裾で拭きながらアリアミア少佐の顔を伺うように呟いた。

「ハザマ中尉はシロです。ノースアイランドの技術士官が本気で驚いたのです。あの映像にも心当たりは無かったと。一連の状況はコレに録画しておきました。確認解析等、お好きにしてください」そう言うと、アリアミア少佐は髪留めをホーウェン技術長官へと放り投げると艦内の廊下をスタスタと歩いて行った。複雑に入り組んだ艦内を進んで行くと、彼女はある扉の前で足を止めた。そこはアリアミアに割り当てられた個人スペースであった。扉の横に取り付けられたモニターへ手の平を当て、慣れた手つきでモニターに表示された数字を打ち込んでいった。すると、扉はスライドし、暗い室内に廊下の光が差した。彼女は部屋に入り扉が閉まるのを確認すると着ていたドレスを無造作にベッドの上へと放り投げた。壁に埋め込まれた水槽が青い光を溢す中、彼女は自分の身体に手を這わせるなり、小さく震えると備え付けられたシャワールームへと向かった。常人よりも白い肢体、その肌に水滴が流れては疲れと共に穢れも落ちていくと、彼女は感じていた。シャワーを浴びるその姿にはセパロンの戦乙女としての凛々しい姿は無く、幼い少女の姿が垣間見えた。すっかり火照った身体を拭きながら椅子へ腰を下ろした彼女の元に「ピッ、ピッ」とテーブルの上で電子端末が鳴り始めた。アリアミアは端末を手に取ると耳元にそれを付け、制服へと着替えた。

「アリアミア少佐、ヤカタ中佐から通信が入っております。例の件で、とのことです。至急ブリッジに来てください」端末から流れる女性の声は淡々と続けた。

「また、ホーウェン技術長官からノースアイランドに用途不明区画があるとしてその調査に小隊の派遣要請が来ています」

「わかりました。今すぐそちらに向かいます」そう言い残して彼女は水槽へと目を移した。そこには魚と言った生き物はおらず、敷き詰められた砂利の上には不気味な小型ロボットが這っていた。鏡で制服に異常が無いか確認すると、部屋は再び暗闇に包まれた。



 大きく開けたブリッジの中央に巨大なテーブルがあり、それを見下ろしている人物が1人。ブリッジに到着したアリアミアはその人物に声をかけようと反重力の中を、手すりを使い近づいた。

「状況はどうなっている?ヤカタ中佐とは今繋がっているか」アリアミアは目の前の人物の向かいに着地するとテーブルに映し出された様々な映像、記録を確認した。

「お勤め、お疲れ様です。アリアミア少佐殿。ヤカタ中佐との回線はこちらに」そう言った人物、他の兵士同様の白と黄を基調とした制服に左胸に赤い宝石のように輝く階級章を付けた青年はテーブルに映し出されたアイコンを操作する。その中の一つがブリッジ前方に映し出された。そこには先程まで会っていたノースアイランド防衛軍の軍旗を背にヤカタ中佐の姿が映し出された。

「アリアミア少佐殿、件の要望だが」とヤカタ中佐が口を開いた。


「それで、ノースアイランド議会はなんと?」


「議会としてもセパロンとの仲を拗らせる訳にはいかんらしい、私の方もフォートレス・トーキー防衛長官として貴官含めた艦隊の領内解析を許可しよう」


「ご協力に感謝いたします、ヤカタ防衛長官殿。我らが宙を守る剣、寛大なトーキー議会とノースアイランドに永遠の繁栄を」


「世辞はよしたまえ、それよりもだ。調査にあたっていくつか条件を課させていただこうか」アリアミア少佐は顔を少し曇らすと疑問の声を上げた。


「条件、ですか?」


「突然の訪問に、要人たちのパーティに乗り込む、挙句の果てにはこのフォートレスを調査させろ、と言ってきたのだ。条件の1つや2つでも足りないくらいなのだよ」ヤカタ中佐は目を細めると、焼薬に火を点けた。


「わかりました。非はこちら側にあります。色々と迷惑をかけてしまいましたから、それで条件とはどのようなものです?」


「貴官の艦隊だが、そのうちAiMにより編成された1小隊のみで調査解析を行ってもらう。無論、調査期間は設けるつもりだ。また、フォートレス付近に我が防衛軍を展開させてもらう」


「監視・・・ですか」


「その通りだ。住人たちが不安になるのを避けるためでもある」


「そこまで警戒しては逆効果なのではないでしょうか?」不敵に笑うアリアミア少佐を見てヤカタ中佐は手に持っていた焼薬を灰皿へこすりつけ顔をしかめた。


「無理も無かろう。ワルキューレ率いるセパロンの精鋭部隊だ。用心するにはそれくらいして置かなければな」


 しばしの間、沈黙がブリッジを覆った。アリアミア少佐は参ったと言うかのように首を左右に振ると答えた。


「それでは、これから配置する小隊のデータをお送りいたします。これでご安心できるかと。次の任務がありますので旗艦であるこの“ニーベルング”以下、3隻の艦はこれより一時間後にフォートレス・トーキー及び周辺宙域から離れます。残った2隻は調査が終わり次第引き上げさせますので」


「了承した。貴官と艦隊に幸運を、目当ての物が見つかることを祈ろう」


「本当は見つからない方がそちらにとっては都合がよいと思いますが」


「ふ、そう言うな。少なくとも私は知らんよ」そう言うとブリッジに表示された映像は途切れ、元の港の様子が映し出された。アリアミアは再びテーブルへと身体を向けると赤い勲章の青年へ声をかけた。

「マックス准尉、“ファゾルト”を3機だ。パイロットはここに残す2隻の艦の中から選出する。これよりニーベルング含む4隻はアルメカ連合へと向かう。全クルーの収容、機材物資の搬入を済ませるように通達しておけ」


「ハッ!全クルーへ通達及び、物資の搬入を急がせます!!」


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