第2話 胎動
「ステッファン博士!カメラ!!もうカメラ回ってますって!!」
「なんだなんだなんだ!今何時だと思っている!!時計だ、時計はどこだ!何、まだ4時じゃあないか。最終調整はもう終わった。後は宇宙での実地試験だけじゃないのか!?」
「ホームビデオですよ!ホーム、ビ・デ・オ!!この子もほぼ完成したんですから、記念に撮ろうと思って」
「なんだそんなことか。全く、そんな元気があるのなら明日の試験は大丈夫だな」
「えぇーそれとこれとはなんか違うと思うんですけど。この子を動かすのはまだちょっと心配ですよ、それに宇宙空間ですよ宇宙空間、安全装置とかちゃんと動きますよね?」
「ちゃんと動くようにこれまでやってきたんだ!ここまで来たのだから、後は宇宙空間でダンスするだけ。何、簡単なことだよ」
映像には1人の男と青春真っ盛りというような少女が1人、誰かが撮っているのだろう。2人の動きを追うようにせわしなく映像が上下左右に揺れている。
映像を撮っている人物らしき別の男の声が入った。
「博士、スペランザって映しても問題ないですかね?」
「あぁ、構わんよ。どうせ明日の試験では業界人だけでなく多くのマスコミも来る。コイツは“希望”にならなくちゃいけない………これから宇宙へ出る同胞を導くための光として」
映像には人よりも遥かに巨大な、希望と呼ばれた物体が映っていた。
***
手元にある携帯照明だけがこのフォートレスの洞窟を照らしている。幾重にも貼り重ねられた金属板に手を当て、足元にのたうつパイプをかき分け進んで行く。
居住区画からはすでに外れ、今は作業区画の中間あたりだろうか。壁に貼り付けられた板には数年前の日付が彫られている。
「一向に………傷なんて。見当たらない………計器の故障かな」
少しの間、歩き疲れた身体を休めようとその場で腰を下ろした。
その時だった。
「 ッ!!」
落ちた。
パイプで床が隠れ。違う、パイプで隠れてたから。床に穴があるなんて思わないし、そもそも。パイプが落ちてないし外れてないし問題ないからそこには床がある。
「うわあああああぁぁぁああ !!」
ああああああ落ちる落ちる落ちる!!浮いてる!!身体が!!あああ怖い怖い、死ぬのかこれは死ぬのか!!長い、長いぞ!この長さでは死ぬ!!死んでしまう!まずい!!なにがまずいのかもわからないし、死ぬことはまずいというか終わりだ、それは終わりだ!!
視界には何も映らず、自然と目には涙が溜まっていく、何も見えないわからない状態で死という結果を迎えるであろう自分に、ひどく
「生きてる」
しばらく自分がどこを見ているのか、視界には何が映っているのかわからなかった。ただ、それまで色んな事が頭の中で再生されては消えていったということだけ覚えている。
身体を起こそうとして痛みが走った。そこで気付く、自分がエビぞりの状態で落ちていたということを。幸いなことに地上よりも重力装置の効果から離れていたせいか、我慢できないほどの痛みはない。起き上がり辺りを見回すが、照明電源が見当たらない。その場でくるりと一周しても、視界には光という光を見つけることは出来なかった。
仕方なく、腰に取り付けられた携帯用のライトを掴みスイッチを押した。足元に敷き詰められていた鉄板はずいぶんと年季が入っているせいなのか、所々に多くの傷が残っている。自分がどこから落ちてきたのか確認するために天井へとライトを向けた、その時だった。
「なんだよ、これ・・・?」
床に向けたライトを上へと持ち上げた僕の視界に、ソレは確かにあった。
「足のある・・・AiM・・・なのか?」
銀色のフレームはライトの光を受け、その存在を主張するように反射し、僕はソレに釘付けになった。そう、これはAiM、に見える。断定が出来ないのは、僕がそれまでデータベース上で見てきたAiMには、どれも“足”と呼べる部分など無かった。しかし、目の前の銀色は違う。片膝をつくように座り込むその姿は、まさしく人のよう。AiMではない別のマシンなのか、それとも新型のAiMなのだろうか。
ふと、自分のような一候補生が見てはいけないものを今、見てしまっているのだろうか?
そう考えた矢先のことだ。「ブオォン」という鈍い音と共に、銀色のメインカメラ、顔の一部分が赤く光る。
(まさか、中に誰か乗っていて、気付かれた!?)
軍の最高機密を目撃してしまった僕は、最悪この場で処刑されるのか!まで、即座に頭に思い浮かんだ。けれど、銀色は動くことなく時折重たい駆動音が響くだけでアクションを起こすことはなかった。僕は用心深く、この銀色の周りをうろついてみた。
何も起こらない。
次に、子供のように周りを何度も何度も走り回るも、
何も起こらない。
いつしか、僕はこの銀色にすっかり惹かれていた。ここからの脱出など忘れて、眼前の銀色の巨人を見上げていた。通常のAiMと違い、銀色は足のせいか機体が大きい。ボールと呼ばれるAiMに対し、銀色は巨人だ。人間をそのまま大きくしたようなその姿はある種の特別、ワンオフ機であると僕は考えた。もちろん、博物館の地下にあるというのだ、誰かの芸術作品なのかもしれない。
(こんなにいいものを、こんなところに置いておくなんて。なんて勿体ないのだろう)
そんなことを思ってしまう。
銀色から離れ、どこかに地上へ通じるものが無いか調べることにした僕はある異変に気付く。時間という概念はしばらくの間どこかへと飛んでいたのか、それまでの疲れがこの地下空間においてドッと襲い掛かってきた。瞼は徐々に重くなっていき、身体は自然と地面へと崩れ落ちていった。それは疲れからなのか、それとも防護服の酸素が切れかかっているのか。二度と醒めぬ夢に、自分の意識が落ちて、いくのを、感、じ 。
***
「ねえさん、ネエサン。姉さん・・・!どうして、何も出来ない・・・ッ!」
「今日はフミオ君にプレゼントがありまーす!」
「聞こえてるッ!! が、どうして 。」
「どうか逃げないで 、ハザマ中尉は 。本当に、本当に残念でなりません。つきましては」
「ねぇ、暗いよ」
声が、聞こえた。
それは忘れていた?
違う、ずーっと頭から離れなかった。
「大きくなったら、お姉ちゃんみたいなAiM乗りになってお母さんとかみーんなを守るんだ!」
「あははは!フミオ君はAiM乗りになってもすぐにやられちゃいそうだね~」
懐かしい、もうしばらく出てこなかったハズなのに。
「そんなことないよ!絶対、ぜーーーーったいに強くなって!!カッコイイAiMももらってさ!!おねえちゃんなんかすぐに抜かすもん!!」
「じゃあ、お姉ちゃんがフミオ君にAiMの動かし方を伝授してあげよう!!」
嫌だよ。姉さん。動かし方、教えてくれるんだろ。
「フミオ、お姉ちゃんはね。少し遠くに行っちゃったの。けどね、フミオのことずーっと見てるんだよ」
遠くって、もう会うことはないんだよ。
「嘘でしょ。お姉ちゃんは死んだって・・・」
もう帰ってこないんだよ。
「だって、AiMに乗って、戦って。名誉の戦死だって。おじさん言ってた。もう会えないんでしょ。おうちに帰ってこないんでしょ」
幼い日の僕を見た母は、泣いた。
そうして幼い頃の僕には余りにも大きすぎるその哀しみを理解するのに酷く時間がかかった。翌日、小さな子供の泣き声、心の中に詰まった思い出を全部吐き出してしまうかのように、小さな小さな喉からは。どうしようもない感情を一生懸命にどうにかしようと、下手な文句と共に自分に聞こえるように、ただ、ただ。涙と共に零した。
それは遠い日の記憶であり、今でもこの冷たい宙海のどこかに居るのではないか、とふと考える事もあった。
***
「カ………ナ……シイ、ノ?」と、ノイズに紛れた女の声が聞こえる。夢の中で囁く彼女に僕はすっかり重くなった声から滲むように言葉を紡いだ。
「悲しいんだと、きっとそう思う。それでも、僕が生きるのを辞めていい理由になんてならないし。きっと姉さんも………そんなことは望んでない」
「ド…ウ…シテ、分カル、ノ?オ姉サンハ、イナイノ……デ、ショウ?」
「分かるさ、姉さんは僕を愛していたんだ。僕をいつもからかっていたことも、厳しく叱っている時だって。今ではそう思えるんだ」
すると、声の彼女は少し困ったように聞いてきた。「“愛”ッテ、素晴ラシイ………ノ?ソレハ楽シイコト……ナノ?」
真面目に聞いてくる彼女の質問に対し、僕は半分恥ずかしくなりながらも答えた。
「そんなの僕にだって分からないさ、けれど。胸の奥が温かくなるんだ。これはきっと姉さんが残してくれた愛だって感じるよ」
それまで重かった身体が幾分かはマシになり、身体を起こそうとしたその時だった。目の前にあった一機のAiMが―――
白銀の四肢が唸りを上げ――――
「教エテ、教エテ。ワタシニ教エテ!」
不気味に揺れる紅い光を放つそれは――――
「ワタシニ“愛”ヲ、“悲しさ”ヲ、“楽しさ”ヲ」
生まれたての子供のように―――
「ワタシニ乗ッテ、教エテ。ワタシノ“心”ニナッテ、教エテ!!」
立ち上がっていた。照明に反射した光と低い唸り、そして声の彼女は今、忘却された深淵から泳ぎ出ようとしていた。冷たい海に“希望”の鐘を告げる、人魚のように―――
***
映像を食い入るように見ていたヤカタ中佐は、終わったのか光学球体をアリアミア少佐の前へ戻すと重い息をゆっくりと吐き出した。
「忘れられた故郷、“地球”ですか。それにあの“足付き”。AiMのように見えましたが、私も初めてお目にかかる物だ。一体、どこでこれを?」
「あなたにはこれくらいしか与えられる情報がありません。しかし、その反応を見る限り嘘をついているといった私の言葉は撤回しましょう」
アリアミア少佐はそう口にする部屋から扉の取っ手に手をかけ、部屋を出た。部屋にはヤカタ中佐一人となり、彼は焼薬を懐から取り出すと火を点けた。巻き上がる焼薬の煙と共に脳裏には白銀のAiMが焼き付いていた。「希望、か・・・」そう言うと、頭から追い出すように息を吐いた。
「地球、新鮮な響きだ。遠い昔、人類が生まれ育った故郷を、今は見ず知らずの地に感じる。水の惑星、度重なる環境破壊により、死の星へと成り果てたかの星は人類の罪であり、業である象徴。宙海での生活が安定した今となっては、限られた大地に足を置くなど考える者はほとんど居なくなったろうに。また、同じことを繰り返そうというのか、我々人類は」
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