2-4 上層区(LU3004年164の日)
アレも欲しい。
これも欲しい。
目に見えるものの全てがこの手に欲しい。
―起点となりて永劫を盃に―
「ここが、上層区……寒いんですね……。」
ミア・クイックはアークライの傍らでローブの袖に手を隠し身を抱くようにして身を震わせている。
「まあ、整備されているとはいえ、それなりに高所だからな……もう少し中に入れば暖かくはなる。」
そう答えながらアークライ・ケイネスは下層区と上層区を繋ぐテレポーターの降り場から、辺りを見渡しながら言う。
標高4千mにもおよぶ神霊山アイクスノルべ。かつて世界の礎を作りし5体の神々の内の一つ創造竜メイクリクタがその尾を降ろすために作ったと伝承される山岳である。
その山岳の麓から山腹にかけて今アークライ達が住まうディルグ帝国の帝都テスタロスがある。
この帝都は大きく分けて2つの階層に分けられており、アイクスノルベの中腹に存在しており、帝城が存在している上層区とその麓に存在しており一般市民が住まう下層区である。
この2つの区間はテレポーターと呼ばれる特殊な魔法移動法陣を使わなければ行き来する事すら敵わない。
それ以外の手段でもし上層区に向かおうとするならば帝国に使える天士達の張り巡らした魔法結界を抜けなければならず、それは自殺をしにいくと同義である。
つまり、今、アークライとミア・クイックがいる上層区というのはそのように隔離された場所であり、今回のアークライ達のように上層区民からの許可がなければまずか立ち入りを許されない場所であった。
「マナさん連れて来なくてよかったんでしょうか?頬をふくらませて怒ってましたが……。」
「あいつはあれでも獣人だからな……ここに獣人が来るのは少しばかり危険すぎる。」
現在、帝国と獣人族はいつ戦争が置きてもおかしくないような状態にある。
帝国が国の領土拡大の為、獣人に傘下に入る事を求めたが獣人達はこれを拒否した。
帝国はこの行為に対する見せしめとして獣人達の住む集落の一つを燃やし、自らの傘下に入らないものへのあてつけとした。
結果、獣人族は帝国を徹底的に敵視している。
そのような背景があるため、国の中枢である上層区にマナを連れてくるというのはなんらかの問題になるケースも想定されるため、大事を取ってアークライはマナに留守をさせたのである。
その対価としてアークライの財布が寂しくなるような事を約束させられたのは不幸という他ないが……。
「それで、ストーカーでしたっけ?わたしなんかが一緒にいても役に立てるんでしょうか?」
そう少し不安そうにするミア。
「別に同姓がいるというだけで安心出来るものさ、こういう問題は特にな。」
そうミアに言いながらもアークライは改めて今回の案件に対して自分向きじゃないなと思う。
だからこそウォルフはアークライに依頼したのではないか?という思考がよぎったが、すぐにアークライはそれを振り払った。
いや、それはカレン・ローゼンの嗜好だ。
先日のリカルド・ミラーバスの件のせいか毒されているなとアークライは自嘲した。
「あ、ほんとだ。急に暖かくなりました。」
ミアが声を明るくして言う。
テレポーターエリアから上層区内都市部に入るとそこは温度調整の結界が施されたエリアに入る。
この結界は常に人が住みやすい温度にあるようにと温度、湿度が調整され清潔さも保っている。
下層区と違い上層区は人が住むのに理想的な環境といえた。
アークライ達はウォルフから渡された依頼者の住居を確認し、そこに向けて歩き出す。
上層区第6区大通り沿いスプレーンドレッド邸宅、距離にして3km程とあまり遠くなく、これならば魔導車に便乗する必要もなさそうだ。
「でも、考えてみると変ですよね。結界魔法って……。」
道を先導するアークライの後ろからミアが疑問気に問いかけた
「何がだ?」
「いや、少なくともわたしが習った魔法の原理からすれば魔法というのは自己の拡大の筈なんです。本来わたし達人間は、この身体に魂を持っています。魂が体に歩け~って命令を送って今、わたしは歩いている訳ですけど……魔法というのはこの命令を送れる範囲をこの体の皮膚の外にま
で拡大して扱うわけじゃないですか……例えば火の1層とかは空気を自分の体の一部と認識して燃えろぉーって命令する、これを踏まえて自己拡大法なんて言われる事もありますけど、魔法というのは一過性のものである筈なんですよ。それをこのように広範囲でなおかつ持続させるという
のは魔法の原理に反しているなぁと思ったまでで……。あ、なにか事を偉そうに言ってごめんなさい。」
そう頭を下げて謝るミア。
アークライは少し考えるようにして
「いや、確かにな。これをこういうものだとしか思ってはいなかったからそこまで疑問には思わなかったな……。」
「そうなんですか?」
「まあな、それに帝城にいる天士っていう位の連中は魔法の先駆者達だ。様々な難解な魔法論理や非常に複雑な高位魔法も行使できるという。そんな連中が使う魔法だ。教科書通りの魔法じゃなくても不思議じゃないだろう?」
「まあ、そうかもしれないですけども……。魔法原理とはかけ離れた古魔法なんてものあるとはいいますし……。」
ミアは、その答えの張り合いの無さに少し物足りないものを感じた。
四属使いと呼ばれ、無詠唱で魔法を扱えるアークライならば何か知っているのではないか?と期待を込めて聞いてみたのだが……。
「そういえば、お前さ、何処でそういう魔法の扱い習ったんだ?いや、一般的な魔法ならともかく前の精霊召喚だとかといった魔法はそれこそ普通扱えないし教わらないような魔法だと思うんだが……。」
ミアがリカルド・ミラーバスの件で行った精霊召喚、あれは人が普通受ける教養で得る魔法の域を遥かに逸脱したものだ。
それを何故ミアが扱えるのか?気になる所ではあった。
「あー、それは……。」
ミアは少しバツが悪そうに俯いて
「――――半分は『白い部屋』で覚えました。」
この答え聞いた時アークライは失敗したと思った。
聞くべきでは無かった……と……。
そもそも普通知る筈の無いものをこの少女が得る場所などそこしかないではないか……。
「すまん、悪いことを聞いた。」
そう謝罪するアークライにミアは首を振って、
「いえ、別にいいんです。知っておいて貰ったほうがいいことですし……。『白い部屋』はなにか私がどんな魔法を扱えるのかという実験をしているみたいで……それで色んな魔法のベースを覚えさせられました。それにさっきもいいましたけどそれで『半分』なんです。」
「もう『半分』は違うと?」
あんまり気味悪がらないでくださいねと予防線を張ってミアは言う。
「はい、もう『半分』は最初から知っていました。どこで覚えたとかどこで習ったとかじゃなくて、知っていました。ほんと気味悪がらないでくださいね……自分でも変だとは思うんですけど……知っていたんです。」
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