第6話 襲撃

 の襲来の報がもたらされたのは、夜明けの光がスノウ山脈から村へ射し込んだ頃だった。


 ラーレ、ハクノの二人とはぐれ、仕方なく冒険者組合ギルドの簡易宿で寝ていたウィンディは、早朝からひっきりなしに飛び交う怒号の奔流に叩き起こされる形となった。


「う~……うるさいですヨ~」


 眠気に目を擦りながらも、普段の習慣か簡易寝台ベッドから這い出て装備を身に付けていく。同じようにここへ泊まっていたらしい同輩へ何事かと尋ねれば、正体不明の敵が近付いてるらしいとのこと。

 なるほどと頷き、それを見送って少ししてからふと思う。


「……敵って、なんですヨ?」


 首を傾げる幼女ウィンディの朝は、まだまだ呑気なものであった。


 ***


「キース、見えるか?」

「えぇ、村の出入口辺りに集まってますぜ」


 村で一番高い場所である物見櫓。そこで敵が来ているらしいという方角の監視を任され、遠眼鏡を覗いているキースへ、パーティーのリーダーであるモルブが声をかける。近隣で猛獣のハントを終え、根城の街へと帰る途上だった彼らだが、緊急事態という事で担ぎ出された冒険者達の一部である。予定外の仕事ではあるが、自治体や組合からの依頼は断れないのが冒険者であるし、このような事は何もこれが初めてではない。


「どーいう手合いっすかねぇ……ケモノっぽいんですけど、なーんか違うっつーか」


 禿頭を光らせながらキースが呻く。こいつはバカだが、目と勘が良く働く男だ。モルブもまた自分の遠眼鏡を取り出し、キースと同じ方角へ向ける。

「……なんだありゃぁ」

 思わず口をついて出た言葉がそれだ。キースの言うとおり、シルエットは獣のそれである。しかし、既に陽も昇って暫く経つというのに、それはしか見えなかった。影、ではない。としか形容のしようがないのだ。


「ありゃやべぇぜ頭。俺の勘がそう言ってやす。どーします?とんずらしやすか?」

「バカ言ってんじゃねぇよバカ。依頼も果たせずとんずらしたってんじゃ、俺らの名が泣くだろうが」


 言いながらも再度遠眼鏡を覗く。猪のような黒いシルエットが、モルブに見える限りで6体。周囲の木々との対比から、高さだけで優に3、4メートルはありそうだ。普通の獣で、見た通りの猪ならば突進にさえ気を付ければ、そこまで危ない獲物ではないが……。


「お~、ありゃ魔獣ですヨ」

「魔獣?」

「ヨ。山の天辺から下りてきたみたいですヨ」

「天辺って、あの雪の中を……ん?」


 不意に割り込んできた声に普通に応対していたが、こんなアホっぽい喋り方をする奴はパーティーに居ない。更に言えば、うちのパーティー(四人編成だ)にそもそも女など居ない。モルブは声の主を確かめるべく遠眼鏡を外すと、


「おぉ、隠れてるですけどこれは10匹は居るですヨ~」


 キースの肩の上を陣取り、遠眼鏡も使わずに同じ方向を見ている、若草色の髪をした小人族の狩人が居た。


「なにしてやがんだこのガキぃ!」


 肩の上の幼女を捕まえようとするキースの手はしかし、軽やかにかわされる。当の幼女は物見櫓の手摺に着地。無駄のない、見事な身のこなしだった。


「ヨ~、あーれは並大抵じゃ勝てないですヨ」


 そしてその視線は魔獣とやらの方ままに、更に勝手に戦力評価までしている。


「君、分かるのか?」


 突如沸いて出た珍客であるが、こちらの知らないことを知っているらしい幼女に、モルブは問い掛ける。先の身のこなしから、只者でないことぐらいの察しは付く以上、恥も外聞もないだろう。


、ですヨ。主な餌は魔力の高い同族か人間って話ですヨ~」


 目を離さないままモルブの問いに、さも当たり前に答える。


「人間を……人喰いの猛獣ってとこか」

「そぉんな可愛いもんじゃないですヨ~」


 飄々とした口調のまま、幼女はモルブの認識に修正をかける。視線は相変わらず、魔獣へ向けたままだ。


「……君、いったい何者だ?」


 その質問に、幼女は漸くモルブへ視線を向ける。振り向いたその夏の青空のようなスカイブルーの瞳は、不思議な自信に溢れている。


「ウィンディはウィンディ・ヴェルデ、ただの冒険者ですヨ。おっちゃんたちよりずーっと長くやってるですけども、ですヨ」


 そう言って、幼女はニッと無邪気に笑う。


「……あ、あぁ」


 幾つもの修羅場を潜ってきた余裕から来る笑いだった。そんなものを見せられたモルブは、ただ呻くしかできなかった。見た目だけならば自分よりも遥かに年若く見えるこの幼女の方が、実際は圧倒的に格上である……という事実に、モルブは自分の手が震えるのを自覚した。


 ―――


 一方の幼女ウィンディは思う。


 ここ数十年大人しかった山頂の魔獣共が、急に下山し人里を襲ってくるというのはおかしな話だ、と。


(となると、やっぱり四日前の魔力光が原因ですヨ?)


 を目撃したからこそ、その方面から暢気に下りてきたをこそこそ探ろうと考えていたのだが……途中で食糧を無くして行き倒れてしまったのは、完全に計算外だった。まぁ、そのおかげで自然に接触できたのだけれど、それはそれで置いといて。


 ハクノ、と呼ばれていた少女の魔力は、人並外れたものではあったが、まだ人間……人族の範疇だったと思える。もっとも、種族の特性なのか、自分ウィンディ魔力探知マナサーチの精度は低いのでさしてあてにはならないのがネックだが、一緒に居た少年ラーレの魔力値は普通だと感じたので、ここは信じていいだろうと判断している。


(それよりも今は……)


 チラと、物見櫓にいた先客二人を見やる。大剣を背負った中年の男と禿げ頭の痩せ男が、何やらコソコソと相談している。大方、初めての獲物への対策でも立てようとしているのだろう。

 ウィンディの見立てるとおりなら、普通の獣や低級の魔物とやりあうなら彼らは十二分な実力に思える。が、魔獣とは初めてやりあうと考えれば、些か不安の残る戦力である。


(他の冒険者も似たり寄ったり……こんな戦力で討伐できるか、ちょいと怪しいですヨ。ここはウィンディが頑張らないと、ですヨ)


 いざとなれば""を使うことも考えながら、ウィンディは魔獣の動向を探るべく、もう一度そちらへ視線を向けた。


 ***


 魔獣襲来を受け、村に滞在している冒険者や駐留の騎士に加え、貴族らが雇っていた傭兵等の戦える人間には、組合ギルドから朝早くから召集がかけられた。当然、第一報をもたらしたラーレも例外ではなく、そこに数えられている。

 村を守る防衛線を構築するにあたり、組合ギルドが立ち上げた作戦はこうだ。

 まず、防御と即応に優れた駐留軍の騎士らを最前線に配置し持ち堪えさせ、時間を稼ぐ。その間に、冒険者らを再編成し、幾つかのチームに別けて迎撃戦力とする。パーティーを組んでいる者たちは、下手に別けるよりもそのまま組ませた方が戦力としてより機能するため、パーティー単位で配置。単独ソロで活動しているような者は、それらの戦力の穴を埋める形で各パーティーに派遣している。


 ラーレが向かわされたのは、最も後方の第4防衛ラインのパーティーだった。このチームは直接戦闘力に優れるが、トラップ構築等の搦め手が苦手だとのこと。そんな説明を受け、自分のやるべき事を把握したラーレは、通りのあちこちへトラップを仕掛けていく。魔獣とやらにこの即席の罠が何処まで通用するかは不明だが、自分にできることがこれしかない以上はやるだけだ。

 そう考え動きながらも、思考はまた別の事へ流れていく。


(……逃げても、良かったんだろうけどな)


 未明に起こされ、ハクノから敵が来ていることを聞いたときに、すぐに考え付いたのは逃げる事だった。自分だけその情報を抱え、ハクノと二人で安全な所へ逃げる。多数の人が死ぬだろうが自分達は助かるのだ。身の安全だけ考えれば、悪くない考えだったろう。


(けどそれは、あの時の繰り返しだ)


 いつかの光景トラウマがフラッシュバックする。



 それは、紅いほのお


 それは、燃える家々故郷


 それは、黒い炭と化した人形人間だったモノ


 そして、白銀の白い剣士


 自分の原風景を思い出し、同時に、いつか出逢った名も知れぬ剣士誰かを思い出す。


(……あの時のと同じ光景を見るのは、やっぱ嫌だ)


 迷いながらも決意し、戦う覚悟を決めたからこそ、夜も明ける前に冒険者組合ギルドに駆け込んだのだ。


 かつてあの時とは敵も状況も違う。けれど、何もせずに同じ光景を作ることだけは、彼の中の何かが赦そうとしなかった。

 あるいはそれすらも言い訳で、俺はハクノに軽蔑されたくないのだけかもしれない。だがそれで良いとも思う。


(俺だって少しくらい、カッコつけたいからな)


 考えれば考えるほど、エゴまみれかもしれないと思えてくる。けど、それでもと、自分の闘志を確認し、少年は次の仕事へとかかる。


 ――戦いは、近い。



 ***



 戦端が開かれたのは昼前、全天を雲が覆った直後だ。


 まず会敵したのは当然、最前線に立つ駐留軍の騎士たち。彼らには敵を可能な限り足止めし、次の防衛ラインへ流す敵の数をコントロールする役目を与えられている。が、騎士の中にはこの村が故郷だという者も少なくなく、全体の士気は高い。その役割だけでなく、ここで奴等を打ち倒すという気概を持って戦闘に挑んでいる。


「うおぉぉおっ!」


 気迫一閃。大戦斧を振り回し、魔獣の脳天を大上段から叩き割る。騎士の中でも特に大柄なそのオーガ族の男は、最前線で立ち回って敵を討つべく、防御や回復を他の騎士仲間に委ね大暴れだ。


「俺たちの手で、ここでコイツら全部ぶっ倒すぞ!」


 四頭目を叩き伏せ、次の獣へと狙いを定めながら吼える。

 魔獣だかなんだか知らないが、こうやって頭をカチ割れば殺せる。冒険者に頼らずとも、俺たちで倒しきってやる!


 男は闘志を燃やし、大戦斧へ魔力を通す。斧の刃が黄金色の魔力光を帯びる。武器攻撃を主流とする戦士の基礎にして、究極とも言える魔術、《武器強化魔術アームドエンハンス》。さっきまでの獣より大きく見える次の獣も、これを受ければ只では済むまい!


「せぇりゃぁぁっ!」


 迫る獣のタイミングに合わせて斧を横薙ぎに構え、力任せに振るう。

 ドゴォン、という衝突音に1拍遅れて周囲に衝撃波が走る。

 そしてそのまま振り抜き、両断。


 倒せる!――そう確信し、六頭目を迎え撃つべく構え直した時に、異変は起きた。


「こ、こいつら……!?」

「化け物めぇっ!」


 背後から聞こえる部下達の悲鳴じみた叫び声と、


 グルルルル……


 魔獣の、唸り声。


 振り向けば、先ほど脳天をカチ割ったはずの獣が、その傷を再生しながらゆっくりと立ち上がろうとしていた。


 ――バ、バカな。


 更には、ついさっき上下に両断したはずの獣も、その身体をお互いに引き寄せ合い再生をしようとしている。


「う、狼狽えるな!奴等はまだ満足に動けん!今のうちにもう一度殺せぇっ!」


 受け入れがたい現実から目を背けるように叫び、男は再び両手の大戦斧を振りかぶる。


 だが、魔獣は知っている。

 今、最も戦意が折れそうなのが誰なのかを。

 魔獣は知っている。

 今、最も容易く


 村と森の境で、絶叫が響いた。


 ―――


「おっちゃんは見張り継続よろしくですヨ」


 その様子を見ていたウィンディは、臨時でコンビを組むことになったキース禿げ頭へそう告げて、一息に屋根へと躍り出る。


「ってお嬢ちゃん、どうするつもりでぇ?!」

「こっから狙撃するですヨ」


 事も無げに言い放ち、背負っていたボウガンを構える。


「狙撃ぃ?ライフルならともかく、んなんで狙い撃ったところで――」

「うーるさいですヨ。物の真価も見分けられない雑魚がごちゃごちゃ言うなですヨ」

「ざ、雑魚って……」


 ハゲが何やら傷ついているが今は無視だ。状況はウィンディが考え得る中でもかなり良くないパターン。最悪、対応の遅れが村の全滅も招きかねない。


 手にしたボウガンに若草色の魔力を通す。予め書き込んでプリセットしてある《魔術攻撃力付与術式エンチャント》を起動、更に重ねて《武器強化魔術アームドエンハンス》も起動。武器の強化はここまで。次いで、腰から提げている矢筒から2本の矢を取り出し、ボウガンへセットする。《稀少金属オリハルコン》のやじりを持った特注品だ。残りの本数は少ないが、今はそんな事を言っている場合ではない。


「おっちゃん!第1防衛ラインの連中にちょっと下がるように言ってですヨ!」

「……ハッ!お、おう!任せろ!」


 直後、第1防衛ラインの騎士達が僅かに後退するのを確認。

 ウィンディは、大戦斧を持った大柄な騎士に組みついた、一際大きい魔獣へと狙いを定める。


「――っ!」


 ボウガンの引き金が引かれ、物見櫓の屋根から第1防衛ラインの魔獣へと、一直線に光が走る。


二矢一射レイヤードアロー》、2つの鏃は発射と同時に溶け合い、重なり、その威力を倍加させる。ウィンディの固有特技オリジンスキル


 果たして、一瞬の空白を置いて、ウィンディが放った矢は狙い過たず魔獣へと突き刺さり、その勢いで組ついていた騎士から引き剥がされる。直後、《稀少金属オリハルコン》が内包する魔力を爆発。その威力は、周囲の木々ごと魔獣を跡形もなく消し飛ばした。


「……すっげぇ」

「――チッ、ちょっとズレたですヨ」


 驚嘆するしかないキースに対し、僅かに狙いが逸れた事に舌打ちするウィンディ。すぐさま櫓の手摺上に戻り、キースを引っ張り出す。


「今のでこっちの狙撃位置はバレちゃったですヨ。別のとこ行くですヨ」

「いや行くって、どこへだよお嬢ちゃん!ここ以上に高いとこなんてねぇぞ!?」

「それを探すのがおっちゃんの仕事ですヨ」

「んな無茶苦茶な!?」

「こっちは切り札一枚切って倒せたのはまだ一匹だけ、ですヨ。ほれ、ぐずぐずしてる暇はないですヨ」


 渋々従う禿げ頭の男キースを連れ、ウィンディは更なる狙撃位置を探す。


(――さて、残りこれだけでどれだけ倒せるやら、ですヨ)


 既に、第2防衛ラインも何頭かに突破されている。状況にさして余裕のない今、手持ちの矢は全て使いきってもおかしくはないだろう。

 こんな時にあの人達が居れば、とも思うがそれは無い物ねだりだ。今は出来る限りの手段で、ウィンディの正義を貫く。


 ただ、それだけだ。


 ***


 村の中央に位置する役場は現在、臨時の避難所として機能している。


 ミュエイン・オーランジュは主人であるカター(ネコ族の獣人である)と共にそこへ避難していた。避難者でごった返すそこで、一人不安げに佇んでいる、見知った少女を見つけた。


「どうしたのハクノちゃん?一人?」

「……あ、えぇと……ミュエイン?」


 一度しか顔を合わせていないのに名前を覚えて貰っていたことに、ミュエインは少し嬉しくなる。けれど、その少女の傍らに共に居た筈の少年が見えない事が気になり、尋ねてみた。


「ラーレは、私を守ると言って、戦いに出ました……」


 見た目の表情はあまり変わらないものの、不安を隠しきれない様子で漏らすハクノに、ミュエインはひとまず手招きをする。

 更に聞けば、件の彼は冒険者として防衛戦に加わっているとの事。なるほど、


「じゃあ、ここで彼を待ってるんだ」


 傍らへ来た少女の右手を、そっと握る。いつだったか、自分もそうやって落ち着かせて貰ったことを思い出したからだ。


「……ラーレが、待っててと言ったから」


 けど、と少女は胸元で己が左手を握り締める。


「この感情は、何なのでしょうか。……行って欲しくなかったと、今の私は考えています。ラーレを見送ってからずっと、私……とても、苦しい………」

 絞り出すようなか細い声。


「ハクノちゃん……」

 二人の関係は、一介の服屋には分からない。身なり等からただならぬ関係では……と邪推はしたものの、昨日のやり取りからするに、この二人は恋人とはまた違う関係だろうというのは何となく察している。


「苦しい……けれど、私はどうしたらいいのか、分からないです……」


 胸元を抑え込み、俯いたままハクノは呻く。


 不安で不安で仕方ない。だけど、何をしていいのか、何処へ行けばいいのか……目覚めて僅かな日数しか経ってない少女にとって、それはただただ、感情をオーバーフローさせるだけだった。


「……」


 そして、泣くことも知らずに俯く少女を知らず抱き抱えたまま、ミュエインもまた悩む。

 当たり障りのないことを吹き込んで落ち着かせるのは簡単だろう。けれどそれは、どうにも特殊な事情を抱えているらしい白い少女と、今ここに居ない彼にとって、果たして最良なのか。いくら考えても答えは出ない。


 だからミュエインは、難しく考えるのを止めた。


 震える少女の頭を撫でながら、ミュエインは静かに語りかける。


「じゃあさ、どうしたら、じゃなくて。ハクノちゃんが今、何をしたいのか考えてみようよ」


 その言葉に、少女の震えが止まる。


「何を、したいか……?」

「そう。貴女が、彼に。何をしたいか、してあげたいのか」


 驚いているのか、少し目を見開いて自分を見上げるハクノに、ミュエインは笑いかける。


「彼はハクノちゃんを守る。そう言って、出ていったんでしょ?」


 コクリと頷く。素直な子だ。


「だからその逆。ハクノちゃんは、どうしたいの?」

「わた、しは……」


 言い淀み、視線を逸らす。迷ってるというよりもそれは、自分の想いを表現する最適な言葉を探しているように見えた。

 しばらくして、少女は顔を上げた。


「私は……」


 さ迷っていた視線は真っ直ぐ、ミュエインを見据えて。


「私は、ラーレの隣に居たい」


 決然と、白い少女は言いきる。


「うん」

 頷き、ミュエインはハクノを抱擁から解放する。


「外は危険よ?」

「……分かっています」

「それでも、変わらない?」

「――変わりません」


 不安で泳いでいた視線は既になく、自分に言い聞かせるように少女は宣言する。


「私は、ハクノわたしだから」


「そう……じゃあ、気をつけてね」

 背を向け、歩き出した少女へと投げ掛ける。


「……あの」

 その少女は、もう一度ミュエインへ向き直り、


「ミュエイン、ありがとう」


 微笑み、感謝を告げて。少女は再び、彼の居る方へと歩いていく。


 そして、人だかりから離れた場所で立ち止まったハクノは、洞窟から脱出した時と同じ魔方陣マジックサークルを展開する。青白い、高密度の魔術文字が少女を包み込んだ。


「《空間跳躍今、行きます》……ラーレっ!」


 そして爆発的な光が周囲を照らすのも一瞬、その光と共に少女は消え去った。

 残されたのは、どよめく避難者らと、寂しげに見送ったミュエインと。


「ねぇ、カター」


 何も言わずに妻と少女の様子を見ていたカター旦那へ、ミュエインは寄り添う。


「ん?」

「私、ああいう子が欲しいな」


 悪戯っぽく笑いながら、ミュエインは愛する夫へ告げた。

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