第5話 憩いの時

 ニーツィオ村。

 スノウ山脈の麓に構える、村というには少々大きなところだ。これは、スノウ山脈という絶景を売りにした観光地であることに加え、その気候から一部貴族の避暑地としても機能しているからである。実際、大通りメインストリートの商店には冒険者や庶民には無縁な品が並べられている店も幾つか見ることができた。

 またそういった事情から、種族を問わず傭兵や冒険者らの滞在が多いのも特徴的な村と言える。


 一口に人間と言っても、幾つかの種族に分けられる。種族の大多数を占める、平均的な能力を持ち、外観上の特徴のない"人族"を筆頭に、ウィンディのような人族の半分程度の大きさで手先の器用さに長ける"小人族"、獣の耳と尻尾を持つ"獣人族"、鳥のような翼を持つ"有翼族"に屈強な体躯を持つ"オーガ族"、更には"エルフ族"という耳長で魔力制御に優れた種族も居るという。もっとも、エルフ族は滅多に見ることはないのだが。


 換金を済ませた後、大通りメインストリートを歩きながら色々な種族を目にする度に聞いてくるハクノへと説明しながら、ラーレはふと思う。


 ――この子は一体何者なのか、と。


 色白以外に特徴らしいものがない事から見れば、ラーレと同じ人族に思える。しかし、洞窟から脱出する際に見せた魔力と魔術スキルからはエルフ族的とも言えるだろうし、そもそもあの地下空間で巨大な水晶の中で眠っていたこともある……考えれば考えるほど謎が増えていくのが実状だ。

 ただまぁ、自分の横で物珍しそうに目を輝かせ話を聞く彼女の姿は、とても悪いモノには思えない。大体俺は、深く考えるのは苦手なのだ。


(ま、悪い子じゃないだろうさ)


 少女の横顔を見ながら、少年はそう結論付けた。


 ***


「お客様~、これなんて如何でしょうか~?」


 有翼族の店員(胸元の名札には「ミュエイン」と書いてあった)が、試着を終えたハクノを見せてくる。


 衣服を扱う店に入ったは良いが、女物の衣服について少年ラーレが分かるわけもなく、幼女ウィンディは当てにならず、当の少女ハクノに至っては無頓着である。なのでとりあえず、近くに居た店員を掴まえ、彼女ハクノのコーディネートを頼んだ。

 のは良いのだが……


「いや、あの、それ下着……」


 初っぱなに見せてきたのは、胸元を隠す程度の布とショーツ……つまり下着だけの状態だった。

 なんつーもん見せてくれるのかと、耳まで真っ赤に染めて目を逸らした少年に対して、


「これは寒いです」


 と、少女の方は平常運転いつもどおり

 (もっとこう恥じらいを持って!お願いだから!)と少年は心の中で叫ぶ。


「あの、ラーレ?」


 そんな少年の叫びなどいざ知らず。むしろ、しっかり見てほしいのになぜ目を背けるのかと、ハクノは思う。自分ではこの衣服が良いのかどうかよく分からないからこそ、色々教えてくれる彼に決めて欲しかったという彼女の(ややズレた)想いも、


「あらあら、下着も着けてませんでしたのでまずはそこからかと~」


 と宣う店員によって、言葉に乗る前に、再び身体ハクノごと試着室へと持っていかれた。


 ***


「お連れの彼は恋人さんですか?」


 試着室の中で服を選びながら、店員が尋ねてくる。

 ――こいびとさん……というのはよく分からない。

 だが、こちらがそう答える暇もなく店員の言葉は続く。


「先程まで着てられた服のサイズからして、彼氏さんの服を借りていたみたいですしねぇ。若い身空で駆け落ちですか?いえ、答えずとも良いのです。私はお二人を応援致しますよ!あぁ、なんてロマンチック……っ!」


 拳を握り、一人で訳の分からない妄想に浸って盛り上がっていて口を挟めない、とも言う。困惑してるうちに、ハクノは彼女の成すがまま、次の服(さっきのは下着でその上に着せられている)を纏わされる。

 着せられたのは、ラーレから借りていたシャツと異なり、自分の肩幅などにフィットする白い上着ブラウスに、ひらひらとした紺色のスカートだ。脚がスースーするのは少し落ち着かない。


「やっぱり女の子ですから、可愛く致しませんと!」


 勢いよく試着室のカーテンを開けるやいなや、店員は自信満々に少女の背中を試着室の外へと押し出した。

「わ、わわ」

 躓きそうになるのをどうにか堪えると、目の前にラーレが居た。

「……」

 当のラーレは、言葉を詰まらせ固まっている。後で聞いたが、似合いすぎて見惚れてしまって言葉がでなかったから、とのこと。


「あの、ラーレ……? 何か言って、ください……」


 固まり、一向に言葉を発さないラーレにさすがに気恥ずかしくなったのか、おずおずと少女は問い掛ける。


「へぁ!あ、うん、似合う。すっごい似合う」

 今まで聞いたことのない彼女ハクノの問い掛けに、思わず変な声を出すラーレ。その後ろでウィンディが、クスクスと笑いを押し殺しているのも見えた。


「そうでしょうそうでしょう!」

 そして何故かハイテンションで答える店員。

「ここまで良い素材に出逢えたのはいつ以来でしょうか……さぁ!もっと色々なのを着てみましょうかお客様!」

 ハクノの腕をひっ掴み、有無を言わさず三度みたび試着室へ消える二人。

「いや、そんなに金持ってないっつーか、こっちの注文聞いてたかアンタ?!」

 と叫ぶラーレの声も届かず。


 結局、店主が暴走する店員ミュエインを止めるまで、ハクノのファッションショーは続いた。


 なお、総評としてはお嬢様っぽい白いドレスが特に似合っていた事を記しておく。


 ***


「色々サービスしてもらいました」

「いや、これはサービスとは言わないと思うぞ……」


 購入したブラウスとスカートを纏い、更に店主の方から迷惑料代わりにと、幾らか融通してもらった衣服(主に下着)が入った紙袋を抱えたハクノは、どことなく満足そうだった。同じく融通してもらったブーツの履き心地をしきりに確かめながら歩いてる横顔は、どことなく嬉しそうにも見える。


「あの店主ダンナが止めてくれなかったらどうなってたやらだけどな……」


 とはいえ、ラーレ個人的には色々なハクノが見れて眼福だったから良かった、という感想は胸に秘めておく。実際、可愛かった。うむ。


 さておき、いつの間にやらウィンディの姿が見えなかった。だがまぁ、小人族はその性質上じっとしているのが苦手らしく、そのうち見つかるだろうと放置している。見つからずとも、村に着くまでという約束だったのだ。問題はないだろう。

 なので幼女ウィンディは放っておいて、二人は冒険者向けの宿を取ることにした。男女相部屋というのはラーレからすれば気が引けたものの、彼女の方が物を知らない状況と、何より懐具合の寒さを鑑みれば、安上がりで済むその選択肢を選ぶ他なかった……のだが。


「ベッド、一つしかねぇ……」


 部屋に入るなり、少年は膝から崩おれた。あの親父、余計な気を回しやがって……とぶつけようのない憤りを抱えるラーレに対し。


「何か問題でもあるのですか?」


 いつもどおり真顔で聞いてくる少女。


(そうだね、君はそういう反応だよね!)


 口には出さないが、こうも平坦な反応だとどうしていいか分からなくなる。理性保てるかなオレ!


 ともあれ、宿を取った以上は腹をくくるしかない。

 そもそも俺たちはまだそういう関係じゃないし!ハクノにそういう感情とかないだろうし!

 そう自分に言い聞かせてるうちに若干悲しくなりながらも、ひとまず理論武装でハートの防御を固めたラーレは、手荷物の整理と装備品の整備を始める。一泊はするものの、先立つものが少ない以上、すぐに次の稼ぎを探さなければならない。

 とはいえまだ夕飯にも早い時間。その稼ぎの情報を集めるという選択肢もあるにはあったが、この村までの道のりに加えて、換金に買い物と歩き回り、疲れていたというのも本音である。が、ここで寝てしまうと飯のタイミングを逃す可能性もある。そんなわけで、ラーレは自分の装備を机に広げ始めたわけだ。



 ラーレの装備は、基本的に敵を打ち倒すよりもそこから逃げて生き延びる方向のものが多い。調達しやすい棒状の投擲剣(東方の国では「スリケン」と呼ぶらしい)や鉤爪付のロープに煙り玉等々。また最後の砦として、直接戦闘になった時のための短刀も2本持っている。

 総じて、何かの討伐のようなクエストは苦手だが、採集・調査といったものに向いているため、彼がメインで受けるのはそういった方面のクエストだ。

 ふと、そんな彼の対面に座り、興味深そうにこちらの作業を見ていたハクノが、うつらうつらしているのが見えた。


「疲れてるなら寝てていいぞ」


 黙々と作業を続けながら、眠そうな彼女へ告げる。別に、こちらに付き合って起きている必要はないのに。


「……ん、ラーレは寝ないのですか」

「俺はこれが終わってからかな。飯もまだだし」


 飯に行く時に起こす、という意味で言ったつもりだったのだが、彼女は首を横に振り、再び彼の手元へと視線を向けた。


「……こんなの見てて楽しいか?」

 実際、ただ刃を磨いたり、ロープを結び直したりしてるだけだ。楽しめる要素は無いように思う。


「楽しい……がどういう感情なのかはよくわからないです。けれど、私は見るもの、感じるもの……全部が新鮮です……だから……」

 ポツポツと言葉を紡ぐハクノ。射し込む夕陽の逆光でその表情はよく見えない。けれど、ラーレには微笑んでるように思えた。


「そか。じゃあ、いい」

「……はい」


 何がいいのか、何に対してのはいなのかわからず、そこから会話も弾まない。だけど、ハクノが悪い想いをしてないなら好きにさせよう。そう思い、少年はまた夕飯の時間まで、作業へと没頭した。


 ***


 宿の一階は酒場になっている。これはどこの宿でもよくある構造だ。理由は単純、宿として稼ぐよりも、こうした酒場を併設した方が効率的だから。そして冒険者としても、こういった酒場は交流の場として気兼ねなく使える最適な場所だ。また、多くの冒険者が入り乱れるということは、その分多数の情報が入るということを意味する。無論、その情報が自身にとって価値があるかどうかは受けとる側に委ねられるし、そもそもの情報の真偽すら怪しいものだって多い。しかし、眉唾物の噂であっても、知っているのと知らないのとでは対応の幅に差が出てくる。


 そんな説明をハクノにしながら、食事のために二人はその宿の酒場へと降りてきた。

 ざっと店内を見回したあと、店の奥側、二人がけの席を選んで座る。

 ここを選んだのは、カウンター辺りのどんちゃん騒ぎが喧しいというのが一番の理由で、二番目はそれに巻き込まれないためである。そこは近辺で討伐依頼でもこなしてきたのか、屈強な男たちがエールを樽で抱えて盛り上がって占拠している。そんな中にハクノを放り込もうものなら、一瞬で揉みくちゃにされそうだし、それは少年ラーレとしてはとても不愉快だ。


 席について、幾つかの料理と水を注文する。二人で分け合えるように少し多目に。しばらくして料理が運ばれてきた。焼き立てのパンに新鮮なサラダ、肉料理ステーキもだ。ここ暫くは保存食と雑草スープ、あとは釣った魚ばかりだったのだ。久々のちょっとした贅沢に心が踊る。


「……これはなんです?」

 パンを掴み尋ねてくるハクノ。

 よくよく考えてみれば、ハクノに喰わせてたのは雑草等の酷いもんばかりだった。野宿だったから仕方ないのだが、改めて考えるとやはり酷い。

 軽い後悔に内心で頭を抱えつつ、ラーレはその問いに答える。

「パンだよ。食ってみな」

 言って、かぶりつく。少々ちょい堅いが、小麦が仄かに香るいいパンだ。ハクノもまた見様見真似でかぶりつき、


「~~っ」


 噛み千切れない。いつもの無表情が少し紅潮してるのが微笑ましかった。

 とはいえ、いつまでもそんな状態では酷だ。手で千切って食べれば良いと、手本を見せながら助け船を出す。ハクノも同じようにパンを手で千切り、口へ放り込む。


「……美味しい」


 咀嚼しながら、僅かに目を見開き呟く。彼女のそんな反応に嬉しくなった。実際、安い宿の割に料理の質は良いと思う。



 その後も、ハクノの問い掛けに逐一答えながら食べ進める。

 そんな中で、カウンターの一団から気になる話が聞こえてきた。


 ―――


「ホントだって。四日くらい前にさ、見たんだよ」

 禿頭の男が木杯片手に語っている。

「山の麓から空に伸びてったすっげぇ光の柱!ありゃぁただ事じゃぁねぇよ。それによぉ、この近辺の地下遺跡ダンジョンに聖戦時代のお宝が埋まってるって話もあんだろ?きっとその手の奴だって!行ってみようぜお頭ぁ!」

「そうは言うがなぁキース、俺はその光の柱ってのは見てねぇし、大体なぁ…うちのパーティーはそーいうダンジョンアタック苦手だっつってんだろぉ? 」

 頭、と呼ばれた中年の男が、木杯を机に叩き付けながら言い返す。


(――光の柱?)


 漏れ聞こえてくる話の内容に、妙な符合を覚える。四日前という時間や地理的位置を考えると、それは恐らく、というか間違いなくあの時の《空間跳躍ジャンプ》の光ではないか?

 とは思うが、まぁ最早関係ない話だ。あの《空間跳躍ジャンプ》が目撃されていたのは想定外だったが、あの近辺に人が居た様子はなかったわけだし、そもそもあのような僅かな手掛かりだけで自分達に辿り着くことはないだろう。


(それはそれとして、やっぱしハクノの力は使わせない方が良さそうだけどなぁ……)


 そんなことを思いつつ、冒険者か傭兵だかの一団の会話への興味を打ちきり、ラーレは残りの料理へと手を伸ばした。

 対面の少女が、どこか遠くに視線をやっていることには気付かなかった。


 ***


 夜の村外れ。


 僅かに欠けた月は既に西側へと傾き、生い茂る木々の隙間へと静かな月光を落としている。

 少し前に日付も変わり、普通ならば夜行性の小動物やらが活動している程度の、そんな森の中。


 ――グルルルル


 異様な気配を纏った、猪に似た巨大な"何かアンノウン"。同じ気配を幾つか引き連れたは、ゆっくりと、未だ灯りの消えぬ集落へと歩を進める。


 その向かう先は――ニーツィオ村。



 同時刻。


「ラーレ、起きてください」

 床で眠っていたラーレを揺り起こす声。

「ハクノ……?」

 月光を背にした見慣れた少女の顔。その表情は、逆光で窺えない。


「ラーレ……とても怖いものが、来ます」


 いつもと変わらぬ調子で、白銀の少女は告げた。

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