第4話 道中のこと
「いやぁ、助かったですヨ~」
その日の野宿に、1人ちっこいのが増えた。
身長はハクノの腰からお腹くらいで、肩にかかるくらいの若草色の髪を頭の左右で纏めた空色の目を持つ
というかだ。正直なところ、手持ちの食糧などに余裕はないなどもあって見捨てて行きたかったのだが、このチビがしつこいのと、ハクノの訴えるような視線にラーレが白旗をあげた格好だ。
「このご恩は忘れないのですヨー。……三日くらいは?」
「おいこら、三日と言わずもっと覚えておけよてめぇ。人様の食糧を遠慮なく貪りやがって」
拾ってからずっとこの調子なので、言葉遣いが荒くなるのも許してほしい。
「キャー!おねーさーん、あの怖いお兄さんがウィンディを苛めるですヨ!」
わざとらしく叫んでハクノにすがり付くチビ。身長差もあってか、ほどよく胸元辺りに顔が来てる。うらやましい。違う、そうじゃなくてだ。
「ラーレ、苛めるのは良くありません」
無表情でこちらを非難するハクノ。
「いじめてねーよ!」
まったく、とかけ直し自分の分のスープを啜る。
保存食として買っていた干し肉と、道中で発見した食べれる野草を中心にした、とりあえず腹を満たすだけのスープくらいなのだが……我ながら美味くねーなと、ラーレは苦い顔をした。チビッ子の方は舌がヤバいのか、これを旨そうに啜ってるがそれはさておいて。この不味さに文句も言わないハクノは、どう思って食べてるのかと思い、彼女へ視線を向けた。……うむ、相変わらず表情が読めん。
と、そのハクノがラーレとチビッ子の顔を交互に見て頷きだした。
「ラーレ」
「あん?」
指で指しながら呼んでくる。
「ウィンディ」
「ヨ?」
同じように、胸元に居るちっこいのを指しながら呼ぶ。そしてふむふむと、しきりに頷いている。
「なるほど、確かに名前があると分かりやすいです」
ガクッと、肩の力が抜けた。
「ハクノ、お前……まだ疑ってたのか、そのこと」
そのこと、とは名前を付けたことだ。あの時、感謝の言葉は出てたものの、「実感がない」というのは彼女自身が何度か口にしている。
「有用性が良く判らなかっただけです」
呆れ顔を隠しきれてないラーレに対して、しれっと言うハクノ。
一方、
「お姉さん、なんでウィンディがウィンディだと分かったのですヨ……!わなわな!」
チビことウィンディは一人で震えている。しかも本気で。ちなみに、〈わなわな〉まで自分の口で言っている。
それに対して、ハクノはいつもの無表情で返す。
「ずっと自分の事を呼ぶときにウィンディと言っていたので、そうではないのかと……違いました?」
「なんと!?このウィンディ……一生の不覚ですヨ!」
――お前さんの一生の不覚は山ほど有りそうだけどな……と、口に出しそうだったがそこは我慢し、ラーレは別のツッコミを入れる。
「そもそもな、さっきお互いに自己紹介しただろうがチビ助」
そこはハクノも承知だろうが、あえて言わなかった。
「チビ助じゃないですヨ!ウィンディにはウィンディ・ヴェルデというりーっぱな名前があるのですヨ!ラーメン!」
「てめぇこそ間違えてんじゃねぇかこのどチビ!」
やいのやいのと、子供の喧嘩のような意味のない悪口が飛び交う。
そんな、他愛もない言い争いを繰り広げる二人の横で、
「……らぁめん?」
何故かその言葉に興味を引かれ、首をかしげるハクノの姿があった。
***
「んで、なんで付いてくるんだチビ」
翌朝。
既に出発して二時間程度は経っていたが、当たり前のように付いてくる幼女に、その疑問を投げ掛けずにはいられなかった。ちなみに、あまりにチビチビ呼ばれすぎたせいか、ウィンディはもはや全く気にしていない。
「ウィンディも同じとこに行くからですヨ」
と、ない胸を張って言う。そんな
ハクノ、お前はそっちの味方か……。若干肩を落としつつも、歩く速度は緩めず進む(それでも、ハクノに合わせてかなり抑えているが)。
「にしたって、別に俺らに着いてくる理由もないだろ」
「フフフのフ。これには山よりも深く、海よりも高い事情があるので――」
逆だ、逆。
「昨夜、迷って道が分からないと言ってました」
「おねーさん?!」
そしてハクノの間髪を入れない補足。素早い。
「うぅ、内緒の話って言ってたのにですヨ……」
道の隅っこでいじけている。こちらも素早い。
「まぁ、道に迷ってるってんなら仕方ない。村までだからな」
諦め、ため息混じりに同行を認める。その言葉を聞くや否や、風のように舞い戻る
「分かってるですヨ~♪」
さっきまでのいじけた表情がウソみたいな、晴れやかな顔で答える。その
***
「……ラーレは、これで良いのですか?」
それから少しした休憩中、不意にハクノが尋ねてくる。
「良いって、何がだ?」
「ウィンディを連れていくことです」
論点が分からず聞き返すと、今度ははっきりと訊いてくる。ウィンディが居ないタイミングで聞いてくるのは、彼女なりの配慮なのだろうか。
「んー……良いも悪いも、マジで道に迷ってたんなら、ここいらであいつを放り出して野垂れ死にでもしたら、後味悪いだろ」
食糧事情やらを勘案すると、3人分を支えるには残りは心許ない。が、目的の村までの距離を考えれば、恐らくギリギリ持つだろう。それに
「ですが、昨夜も先ほども、貴方はウィンディを追い出したがってました」
痛い所を突いてくる。彼女からすれば責める気は全く無く、ただ疑問を解消したいだけなのだろう。確かに
「……まぁ、なんだろうな。気が変わったってやつだよ、たぶん」
後味が悪い、というのも本音ではあるし、そもそも自分でもよくわからない心境の変化を上手く誰かに伝えることは難しい。
「……そういうものなのですか?」
「あぁ、そういうもんだよ」
これで納得したかはわからないが、そこでウィンディが戻ってきたこともあり、ハクノは引き下がった。
***
そして、さらにその翌日。
「村に着いたぞ!でーすヨ♪」
スノウ山脈の麓、ニーツィオ村に彼らは辿り着いた。
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