第3話 君の色
結局、服が乾く頃にはすっかり日も暮れていた。少女には自分の予備の服を渡し、最低限の体裁は整えさせる。サイズの合わない
心中で本音を付け足しつつ、ラーレは先送りにしていた問題を解決すべく乗り出した。
「やっぱさ、名前がないと不便だよな」
熱いぞと、いい具合に焼けた魚を手渡しながら、並んで座る少女へ話しかける。すぐ傍を流れる川で捕まえた魚だ。
「そう?」
受け取り、相も変わらずの無表情で少女は首を傾げる。食べ方が分からないのだろうか、こちらに視線で訴えてきている。こっちが腹からかぶりつくと、見様見真似で焼き魚をくわえ、熱さからかすぐ口を離した。可愛い。イヤイヤそうではなくて。
「呼ぶ時とか困るだろ、いつまでも名無しじゃさ」
自分の事を何も知らないと言う彼女に言って、解決する問題でもないというのは分かっている。
だが、
「シロ……ってのはイヌとかネコっぽいしなぁ」
ラーレのネーミングセンスはとてもじゃないが誉められたものではなかった。良し悪しが判断できてるだけマシかもしれないが。
「ラーレがそれで良いならわたしは構わない」
苦いところに当たったのか、顔を僅かにしかめながらも少女は答える。
「いや、さすがに冗談だっての……」
色の印象で付けようとした事は否定しないが、自分の呼ばれ方にそこまで無関心なのはどうなのだ。いろいろ無防備過ぎて心配になってきた。ともあれ、他に何かネタはないものかと頭を捻っていると。
"――白い、というのは無垢なる者、純粋なる者という意味も持つんだ。そして幾つもの同義の音が在る。
不意に、いつかの誰かとの記憶が甦る。
彼女と全く正反対な印象なのに、
「――ハクノ、ってのは?」
天啓、とでも言うべきか。記憶から舞い降りてきた
無垢なる者、純粋なる者――まだ短い時間の付き合いではあるが、そういうイメージは彼女に似合ってると思ったし、これでダメなら本気で"シロ"くらいしか思い付かない。
「ハクノ……」
少女は噛み締めるように呟き、焚き火の方に視線を移した。その横顔から、少女がどう思っているかは窺い知れない。ラーレは黙って返答を待つ。
しばらくして、少女は
「――はい、では今からわたしは"ハクノ"と。ありがとう、ラーレ」
そう告げた少女――ハクノは淡く微笑む。
「……ぁ、おう、よろしく、ハクノ」
その
***
翌日、二人は森の中を進んでいた。
洞窟内で見つけた幾つかの金になりそうな物の換金と、お宝の少女ことハクノの服やら何やらの調達のために、このスノウ山脈の麓の村を目指すこととしたからだ。そもそもの情報を得た村もそこなのだが。
――スノウ山脈。
山頂から一定の高さまで、常に雪で覆われた山が連なり、とても美しい景観を作り上げていることからそう名付けられた、この付近ではそこそこ有名な観光名所、らしい。だが、上へ行くほど出没する魔物やらそもそもの雪道やらで危険度も加速度的に跳ね上がる場所でもあるため、専ら遠くから見るタイプの名所だ。もっとも、かの洞窟あたりについては平地と危険度はあまり変わらないのだが。
目当ての村は、ハクノを見つけた洞窟からさらに下ったところにある。ラーレとしては、その村までおよそ二日を見込んでいるものの、行きはともかく今回は山道に不慣れなハクノも連れている以上、もう一日余分に見ておいた方がいいかもしれないと考える。頭の中で大雑把に道程の見積もりを立て、無理をしない前提で進む方針を固める。
ちなみに、洞窟から脱出した時みたいな《
正直、海の向こうにある帝国の黒い噂も聞こえてくるこのご時世なのだ。静かに金を稼ぎつつ、旅をしたいと願うラーレにとって、少しでも目立つことは避けたいというのが本音である。
《魔女》について補足しよう。
《魔女》というのは、魔術を行使する際のあらゆる制約を無視する、超人的な存在を指す言葉だ。そして、魔術使いたちにとって憧れと畏怖の象徴でもある。
その力は、魔術行使に必要なあらゆる詠唱の破棄・省略や、発動された他人の魔術を
もっとも、歴史上にいくつか名前こそ挙がれど、実際に見た、あるいは会ったという輩は出会った試しがない。そしてその《魔女》の所業なども噂で聞くくらいしかない。それも、尾ひれやらなんやらが色々くっついて流布されているモノばかりで、どこまで信憑性があるのやら、である。
だが、逆に噂でしかない以上、その噂どおりかそれ以上の能力を見せてしまったならば、間違いなくトラブルに巻き込まれるのは火を見るよりも明らかだ。現に魔術については専門外のラーレから見ても、あの時ハクノが行使した《
それが正しいかは分からない。だが、それが正しいのだと信じるしか、
そんな、
「おなかがすいて動けないですヨぉ……」
山道のど真ん中、行き倒れている
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