第2話 出会い

 困った。

 何度でも言う。困った。

 探し求めてたお宝の正体もとんでもない代物だったが、問題の本筋は今のところそれじゃあない。

 先程まで潜っていた洞窟の入り口近くの川の畔で、ずぶ濡れのラーレは頭を抱える。

 目の前の焚き火横には自分の濡れた服やその他諸々。そして自分の後ろには一人の少女が、青空を見上げながら佇んでいる。

 ただし。


「街に行くにしたって、全裸にマントだけってのはやっぱ拙いよなぁ……」


 その少女の状態は、一枚布を被せただけである。

 つまるところ、問題と言うのは、彼女の衣服がないことであり。


「……わぁ」


 そんな彼の苦悩も知らず、少女は初めて見る世界を飽きもせずに見回していた。


 ***


 そこから遡ること一時間ほど前。地下の広間。


 広間中央に浮かぶ水晶の中の少女は、ラーレの姿を認めると手を差し伸ばした。

 その手が水晶と外の境目に触れた瞬間、その接点からピキピキと罅が入り、水晶はあっという間に砕け散る。

 そして。

「わぶっ?!」

 白い少女は、落下の勢いそのままに、目の前の少年へと抱き付く格好となった。

「な、ななななななななななな」

 大混乱である。ラーレ自身も今年で17歳、年頃の少年であるし異性に興味がないだなんてことはない。そんな彼に、かなりの美少女が、一糸纏わぬ格好で、自分に抱き着いてるというこの状況。これで混乱しないでいられるだろうか。

 無理だ。

 断言できる。

 絶 対 に 無 理 だ 。


 そんな思春期の混乱収まらぬ少年の苦悩など全く意にも介さず、少女は彼の耳元で静かに言葉を紡ぐ。

「……わ、たし、は……」

 鈴の転がるような綺麗な声。見た目どおりか、あるいはそれ以上に、可憐な印象を与える声。だが。


「わたしは、だれ、ですか……?」


 ひどく落ち着いた口調で少女は告げた。紡がれた言葉の内容は、可憐な印象も置き去りにし、少女の言葉に、少年は急速に理性を取り戻す。

「お前、自分が分かんないってのか?」

 思わず彼女を引き剥がし、面と向かって問いかける。頷く少女の顔に、特段の焦りも感じられないことに、ラーレは軽い寒気を覚えた。



 ――幾つかの質問の結果、

 名前……不明

 出身……不明

 何でこんなところにいた……不明

 不明不明不明不明……分からなさすぎて頭が痛いレベルだ。


「ひとつ、分かっていることがあります」

 不意に、少女の方から声が上がる。

「……何が?」

「……寒い、です」

 ガクリと、肩の力が抜ける。

 何だ今のは。

 この子なりの精一杯のボケか?

 俺はツッコミに回ればいいのか!?

 なんとも言えない感情のまま彼女を見下ろして、気付く。

 気付いてしまう。


 少女 is 真っ裸。


 肩を掴んだままの至近距離。そこから見下ろした目線の先に、白い肌の僅かな膨らみと

 桃色の突起が見えてしまう。

 そう、文字通り一糸纏わぬ状態なのだ。

 今更ながら、女の子の裸を見てる気恥ずかしさ。そして裸なら寒いという当然のことに気付かなかった自分が一番ボケてる事実。穴があったら入りたいくらい恥ずかしかった。


 慌てて目を逸らしながらもとりあえず、ラーレは自分が羽織っていたマントを少女へ手渡した。

「……これは?」

「貸してやるから羽織ってくれ。今のままじゃまともに話もできない……」

 完全に自分の自爆なのだが、少女は気にせず頷き、マントを羽織る。

「……あったかい」

 少女の無表情だった顔は、微かに笑みを浮かべたように見えた。


 ***


「さて……どうしたもんかなぁ」

 彼女の寒さ問題はひとまず解決したとしても、それ以外の困った事が山積していて正直言って途方に暮れそうだった。

「何か困っている?」

 少女が首を傾げながら訊いてくる。

 うん、君が困ったことの根元なんだ。なんてことは言えるはずもなく。

「あぁ~、えぇと……おう、困ってるぞ」

 おうむ返しにアホみたいな返答しか出てこなかった。

「はい」

 そして彼女は彼女で何事もなかったように返事をしてくる。これは非常に居たたまれない。諦めて正直に伝えることにした。


「とりあえず、だ。出口がわからない」


 そう。この広間には落とし穴を通じてやって来た。落下の勢いこそ軽減されたが、相当深くまで落ちてきたことは明白だ。そしてそれは当然ながら一方通行である。言うまでもなく、来た道からは帰れないのだ。空でも翔べれば話は別だが、魔術使いでもそういった芸当は高等技術だという。

「一応隅々まで調べてみたんだけど、どこにも扉とかないんだよ」


 冒険者の職業分けの中で、ラーレは"シーフ"にあたる。シーフと言っても一般に言う盗賊ではなく、トラップの発見・解除や、逆にトラップを設置するなどして戦場をコントロールするクラスにあたる。彼自身まだまだ経験は浅いものの、それなりの腕前と観察眼を持っていると自負しているだけに、何も手がかりが見つけられないというのは中々に自尊心を傷つけられた。

「あなたは、外に出たい?」

 淡々と、しかし真っ直ぐにラーレの目を見据えて少女は訊ねる。若干上目遣いになってて心臓に悪い。

「え? あぁ、いつまでもこんなとこ居たら飢えて死んじまうからな」

 そんな内心を圧し殺して答える。

「わかりました」

 事も無げに白い少女は言い、ラーレの手を取る。

「え、何を」

「離さないで、ください」

 慌てるラーレと対照的に、変わらない無表情のまま少女は広間の天井を見上げる。

 同時に。

 少女の足元を中心に、青白い光の、複雑な魔術文字が円環状に展開される。同時に、風など吹かないはずの地下空間で、少女を中心とした旋風が巻き起こる。


 魔方陣マジックサークル


 それは世の魔術使いらが、その力を行使する際に展開する術式。ラーレ自身も何度か見たことはある。

 だがそれは、門外漢であるラーレも分かるほど濃密な魔力量と、他と比べ物にならない複雑な術式。それを詠唱なしで少女は展開している。


「ちょ、お前!ここをぶっ壊す気か!?」

 そんなことになったら、録な防御手段もない以上ぺしゃんこになるのがオチだ。

 だが、

「いいえ。跳躍びます」

 あっさりと、少女は告げる。

 跳躍ぶ、と。


 聞き返す暇もなく、少女は少年の手を堅く握る。


 刹那、魔方陣の青白い光が爆発的に増し、二人の視界は白一色に染まる。

 そして光が二人を呑み込み、広間から一切の光と人影は失われた。


***


 洞窟の外、僅かな光が弾ける。

 一瞬の浮遊感。その直後の、下へと引っ張られる慣れた感覚。


「うおぉぁぁあああああああああっ!?!!?」

「……わぁ」


 ザパーンと、次の瞬間には川の直上から水面めがけて二人仲良く落っこちていた。

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