第1話 眠り姫

 拝啓

 天国の親父におふくろ、元気にやってますでしょうか。俺は多分人生で最大の大ピンチ。具体的には長い坂道に岩が転がり落ちてくる系のトラップから現在進行形で逃亡中です。それまでにも、石畳を踏んだら魔法弾や、トラップの定番落とし穴with一発で死ねそうな棘だらけの穴とかこの洞窟にもぐりこんで何回死にかけたのかわかりません。十回目くらいから数えるの止めたし。やっぱ眉唾もんの話だったかなって、割とマジで後悔してます。おっと、ちょうどいいとこに横道を発見したのでそこに今から逃げ込みます。では、またそのうちに。


                          ラーレ・ファブロ



 ――などと変な文章をこさえるほどに、俺の頭はオーバーヒート寸前だった。ついでに身体も。マジあちぃ。つーかなんで俺は死んだ両親へあてた手紙みたいなこと考えてんだよアホか。

 ともあれ、一本道だと思えたこのトラップに横道があったのは幸いだった。魔物こそほとんど見かけない洞窟だったが、しつこいほどに仕掛けられたトラップのおかげで体力も気力も限界だったのだ。

「ふぅ、これでやっと一息つける……」

 ほぼ走り通しで喉もカラカラだった。横穴に座り込み、背嚢に仕舞い込んだ水筒を取り出す。水分補給をしつつ、周囲を確認。また新しいトラップを起動してしまったら休まるものも休まらない。


 そもそもの発端は、三日ほど前に近くの村で耳にした、お宝があるらしい洞窟。その話を聞いて俺はすぐにそこを目指した。

 理由?そんなものは、そこにお宝があるなら目指すのが冒険者というものだろう。なので、手早く準備を整えこの山奥の洞窟へと足を運んだというわけだ。

 そして、この洞窟に侵入したのがかれこれ半日前。気を抜けば何かしらのトラップが襲ってくる中を、必死で駆け抜けてきた。

「……いい加減、何かしら見つけたいとこだよなぁ」

 とは思うものの、逃げるだけで手一杯だったのも事実。道すがらにあるヒントや抜け道を見落としてたとしてもおかしな話ではない。そう思うと挫折しそうな気分になるが、今更引き返せるほど浅い場所でもない。

 座り込んでここの横穴をなんとなしに見ていると、ふと小さな光を見つけた。

「なんだろ?」

 何度かまばたきをしてみたりもするが、その光は消えていない。見間違いではないようだ。横穴のさらに奥の方、立て膝程度の姿勢でちょうど目の高さに来る場所。確認するために慎重に近づく。またトラップを起動しても困るが、ざっと精査する分にはこの場所にトラップらしいものがないのは確認済みだ。

 そいつは、見失うほど小さくなく、かといって眩しいほどでもない光点。なんとなしにそれに触れてみる。


 ―――――認証開始


 触ってみて分かったが、宝石のような手触りをしている。表面は球形に思える。ということはこれ自体が光を放っているのだろうか?


 ―――――対象を人と確認

 

 僅かに、その光の方から聞き慣れない音がした気がした。大した光量でもない。その宝石のようなものを覗き込む。


 ―――――眼魔痕認証アイスキャン――不一致合格


 さすがに宝石商でもない上に、観察するには条件が悪すぎる。分かっていたことでもあったが。ともあれ、埋まってるならトラップの可能性もある。諦めよう。


 ―――――対象を侵入者適格者と断定―排除歓迎する


 先ほどの岩も、とうにゴールに辿り着いてるだろう。俺は立ち上がり、その場を後にする。

 いや、正しくは後にしようとした。けどできなかった。

 何故って?

 答えは簡単。

 ガコンと、急に足元が抜けたからだ。


「うっそだろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」


 急に消えた足場に対処が追いつくはずもなく。おれはそのまま、穴の先へ真っ直ぐ落ちていくのだった。



 ******



 で、勢いよく落ちたかと思えば、ここに至るまでに落下の衝撃を軽減ブレーキする魔方陣が幾重にも設けられていたようで、俺は無傷でそこに立っている。


 そこは、先ほどまでのエリアと違う雰囲気だった。広いこの場所の壁は土のむき出しでなく、石材らしいもので覆われている。仄かに光っているのか、このエリア全体が青白い状態になっている。それは神秘的と呼ぶにふさわしいものだろう。


 だが、それ以上に俺は。目の前の光景に言葉を失っていた。


 エリアの中央、何の支えもなく宙に浮かぶ巨大な青白い水晶体。

 そしてその中に、一人の少女が眠っていた。

 水晶越しでなお分かる白い肌、銀色の長い髪。

 不意に、脳裏に声が響く。



 それは全てを塗りつぶす様に、鮮烈に。


――――まっていた


 それは全てを包み込む様に、圧倒的に。


――――わたしを


 それは全てを拒絶する拒む様に、潔癖に。


――――つれていって


 水晶の中で、少女はその双眸を開く。

 茜色の眼。白の中で一際輝く、太陽の様な瞳。

 少女がゆっくりと、俺に向かって手を伸ばす。

 


 その日、俺は彼女と出会った。

 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る