第2話報告と記憶

「雨女?」

「はい。彼女が猫島に不思議な雨雲をもたらす原因だと考えられます」


 私は人と同じように、夜に眠り朝に起きます。

 卵型の機械の中から起きて、朝の陽ざしが縁側から居間にまで届くころに、昨日見た雨女さんのことを、ファザーに伝えました。

 雨女さんの存在が天候に影響を与えるとは思えません。そのような非科学的なことを私が言うのはおかしなことです。ファザーもそれを感じとったのか顎に手を当てて考えごとをしていました。


「ふざけてるわけじゃないんだな?」

「私には、人のようにふざけるというプログラムをされていません。ウェザーノイドですから」

 気象観測機械、ウェザーノイドの役割は天候の調査と、人に天気予報を伝えるだけ。人の世話をするために造られたアンドロイドとはまた別の役割を持っているため、会話に関するプログラムは簡素化されています。


「しかし雨女か……それはどういうやつだった?」

「はい。セーラー服を着て、その上から合羽を身に着けてたくさんの傘を背中に背負っています。私は雨が降るから、と傘を渡されました」

「それで、傘は借りたのか?」

「いいえ。私は防水加工なので」

 ファザーは私から少し距離を取ると、身体を頭からつま先までぐるりと眺めました。それから首を傾げて、卵型の機械に付属されているコードを私の頭にはめ込んで、居間の壁に寄せてある机に座りました。畳を這っているコードが邪魔なのか、時折足をばたばたさせています。

 机の上にはモニタや機器類が雑然と積み重ねられています。それは私自身。私という心を作った機械たち。

 

 どうやら、私が昨日見た景色をモニタに反映させているみたいです。

 そしてバグの検出がないか確認しています。

 どうやったって、私には雨女さんがバグだとは思えないのですが。

「そういえば」

 作業をしているファザーに話かけました。

「名前をお聞きしました。雨女さんは、アマネと名乗りました」

 名前を聞いたとたんに、入力に使用する端末機器に触っていたファザーの手が止まりました。

 背中からはファザーが動揺しているさまが見てとれます。

「アマネ……? 本当にアマネと言ったのか?」

 そしてモニターにはたしかに、私がこの目で見た少女の姿が映っていました。

 少しだけ悲しそうな、けれどどこか凛とした空気を漂わせた少女。自分が雨を降らせてしまうから、と人に貸すためだけに傘を持ち歩く少女の姿がありました。

「はい。その映像に映っている手前に駄菓子屋があります。そこのおばあちゃんが、昔その近くで亡くなった少女が、雨を降らせているのだとも言っていました」

「そうか……」

 そうして、ファザーは眼鏡を取って椅子の背もたれに身体を預けました。

 眉間を揉むような仕草をして大きなため息。

 どうやら伝えてはいけないことだったのでしょうか。

 

 不安げに、私が卵型の機械の中で体育座りをしていると、ファザーはこちらに向かって優しく微笑みました。

「……俺はな、この子を知ってるんだ」

 ぽつりぽつりと、ファザーはその少女とのことを話し始めました。

 それはまるで、私のことなど見ていないかのような、まるでアマネさんと一緒にいたときに戻っているかのような、そんな優しい笑みでした。

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