炎天族の秘技・前編
見渡す限りの赤茶けた荒野のなかに、暮らす者達がある。
風が砂を煽り巻き上げ、強い日差しを受けて赤く揺らぐ地平線。その大地と似た色の、硬い毛質の髪が天に跳ねるような癖をつけてしまう者達だ。
髪質と同じく体も筋肉質で頑丈な彼らは、ほぼ狩りのみを糧を得る手段としている。
荒野には広大な水溜まりのできる場所があり、ある時は水が流れ、ある時期は乾く。そんな水辺を移りながら群れを成す、彼らがタウロッスと呼ぶところの水牛が主な獲物だ。
彼らは乾いた荒野の中でも少ない、水の湧く岩塊の陰などに、タウロッスの皮などを継いで木枠に縫い付けた天幕を張って暮らしている。
天幕は必要があれば増えていくため広いが、幾つも繋いだ外観は歪だ。
この天幕群に暮らす者を、オヤジと呼ばれる頂点の下に一つの家族としてまとまっている。
こうした天幕の一団は荒野に点在するが、たまに物々交換を求め、ちょっとした情報を交わす以外に交流はない。
互いが拠点を近くに構えないのは、猟場の関係だ。
獲物の取り合いになり無駄な争いにかまけている生活的な余裕など、彼らには微塵もない。
そうなると荒野も、人が暮らすに広大とは言い切れないのかもしれない。
しかし荒野の外に暮らし良い場所があるとも限らない。
特に西の果てに住めないことは、はっきりしている。
荒野の西の果ての空は、天候によって青く揺らめくことがあった。嫌な気配であり、誰も近付くことはない。
過去に確かめに出向いた者達がいうには、常に水を湛えた大層広い水場があるらしい。聞く限りは楽園のようなのだが、水辺を好むタウロッスでさえ、わずかに喉を潤す程度にしか滞在しなかったという。
長いこと調べた後に、それを伝えに戻った者らは力尽きた。
毒があるということで出向くのは禁止とされたのだ。
そういった大きな事柄は、他の天幕群とも共有しており、互いに伝え合うことで荒野内のことならば把握できているといっていいだろう。
それで知る限り、皆が暮らしていけるに十分な土地だとは理解していた。だから決して快適とは言い切れないながらも、彼らはこの荒野で暮らし続けている。
先祖から、わずかに伝えられ残っている話によれば、ようやく落ち着けた場所がここだったというのだ。
だから群れ成す獲物と、水場があり、寒さに凍えることがないというだけでも、満足すべきだろうと多くは考えている。
それも間違いではないのだろう。
なにより彼らには、大物を狩るための秘技がある。
天変地異などの、よっぽどの何かが起こらぬ限り、飢える心配はしていない。
しかし彼らの心を安んじるのは、彼らに備わった力のためだけではなかった。
荒野の西の端に暮らす、天幕の一団。
そこでは最も大きな身体を持つ男が、オヤジと呼ばれる大家族の主である。
この辺りには中型以下の獲物が少なく、ほとんどをタウロッスで賄うしかない。そのため最も力ある者が、オヤジに選ばれる。
力強い主の存在が、皆の心を上向かせ、まとめていた。
大型の獲物、しかもタウロッスともなれば、一頭で成人男性の五人以上と同等の重量がある。その巨体による突進を受ければ、死を免れない。なんせ凶悪な角をも持つのだ。
だからこそ、日に一度の狩りで、天幕の家族皆の腹を満たすことができる。
狩りの度に、彼らは命を賭している。危険を冒す価値のある獲物だ。
恐怖は、オヤジの存在が高揚へと変えてくれる。
今もまた、成人した男衆は、極度の緊張にさらされ喉を鳴らす。石や骨を鋭く削った得物を手に、黒々とした牛を取り囲んでいた。
追い立てる役目の者が、一頭を群れから切り離すのに成功したのだ。
そして、人々の不安を視覚化したように黒い存在を、明日の糧に過ぎないと思わせてくれる男が、前に出る。
彼だけは拳を構えて、タウロッスと正面から向かい合った。
タウロッスの革で作られた手袋に覆われていはすれど、とても人の力が及ぶ相手ではない。
鼻息荒くタウロッスは、頭を上げて吠えた。前足は地を掻くように跳ねる。
だが、彼らは秘技を持つのだ。
オヤジと呼ばれる大男は、深く息を吸い、腹の底から唸るような雄叫びを上げた。
声と共に、全身へと力が巡る。
オヤジの肉体は、今にも力を放たんと膨らむ。それはただの筋力によるものではない。
雄叫びを上げながら、オヤジは突進するタウロッスの頭に両腕を伸ばし、受け止めた。
接触した途端に、かなりの距離を後ずさったが、なんとオヤジの地面を削る足は動きを止める。
お返しとばかりに、オヤジはタウロッスの首に腕を回して互いに押し合った。
押し留めていられるだけでも、恐ろしいほどの力だが、そのままでは振りきられてしまうだろう。
やはり差は歴然だ。
しかし、これで良い。彼は押し留めるのが役目だ。
秘技を持つのは他の男らも同じ。
叫びが方々から上がり、タウロッスの脚へと石斧が振り下ろされ、骨の槍が突きつけられる。
脚を折られたタウロッスは鳴き声を上げて横倒しになり、そうなればもう、命を繋ぐ希望はなかった。
これで、数日の糧が手に入った。
オヤジは息を吐き、体の熱が去るのを待って笑顔を浮かべる。
片手を上げて狩りの終わりを示すと、皆で引き摺りながら天幕へと戻っていった。
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