首羽族の狩人・後編

 集落を目指して戻り始めた、首に羽を持つ者の調査隊と、体に鱗をまとう者の一行だったが、すぐにもそれが簡単にはいかないと知る。鱗を持つ者らは日に日に、目に見えて弱っていくのだ。

 わずかながらも周囲には木の実など食べるものがあり、量はなくとも食事を絶やしてはいない。動けぬほど大きな怪我を負っている者は残してきたということで、ここに居るのは歩ける者だけだった。

 羽を持つ者らと比べれば大きな体は、力に溢れて見えた。実際に、彼らが疲労を訴える理由は歩き通すことや、その際に仲間を支えるためではない。水が欲しいという一点だけだ。


 しかし一人、また一人と倒れていく。支えようとする者も倒れていく。

 残念ながら首に羽を持つ者らは細身の見目通り力もなく、彼らを抱えて移動することなどできないし、そのような義理もない。

 まだ元気のある者は、弱った仲間をせめて川に置いていきたいと言うのだが、その川の近くに集落はある。

 二、三日の辛抱だと伝えれば、彼らは絶望の色を浮かべた。

 弱った者を森に残しながら、言葉もなく俯くようにして歩き続ける。


 理由は分からないが、見た目から、日に褪せたように変化することから、何かが彼らの体を蝕んでいるのだ。

 流行り病を懸念するも、羽を持つ者らにはなんの兆候も見られない。

 鱗持つ者が、呟いた。


「森に逃げてきたのは、日が差さず、この辺の土が、黒く柔らかだったからだ」


 数日を彼と並んで歩いていた、羽を持つ者を率いる男は、己の足元を見下ろした。普段は木々を飛び移るように移動する彼らにとって、地上はどこも似たようなものであったが、言われてみれば柔らかで安定しない。


「半ば、水の地を歩いているようなものだ」


 それは幾分、自らに言い聞かせているような含みはあった。

 土の上といえども水分を多く含んでいる場であるから、今、どうにか命を繋いでいるのだと言われて、羽の男は困惑するしかなかった。

 今はどうしようもないと、頭を振ることしかできない。


 要は、身を浸すほどの水の中に居続けねばならないということなのだろうか。一日、水を絶やせば渇きを覚え意識も朧気になる、ということであれば想像もつくのだ。しかし、喉の渇きより先に、体が乾燥に耐えられないと考えるのは現実離れしていた。事実だからこそ、見る間に干からびていっているということなのだろうが。


 どうも鱗を持つ者らのいう水が必要とは、予想を上回る量のようらしいことに、隊を率いる男は考え込んでしまう。

 見た目通りに、水の中に住んでいたとでもいうのだろうか。今は無惨に割れている、手足に張っていた膜を横目に見る。

 数日を過ごしてみれば、特に食べる物に違いはないようであったし、肌を鱗が覆ってはいるものの、それ以外の違いはあまり感じられずにいる。

 性質も温厚なようで、集落近くの湖で暮らすことになろうと、縄張りを脅かす心配はないように思われた。

 耳と羽の他は人間らしい共通の姿を持っていながら、耳に葉を持つ者らの方が、よほど獣と変わらない。


 身体の作りは結構な違いがあるようだが、なにより言葉が通じる相手だ。端々に聞き取りづらい言い回しや音はあるものの、それこそが同じ人の種の証のようなものだった。


 移る心配のない病であるというならば、今から投げ出す理由はない。隊を率いる男も、情報を得た見返りに安全な場へと案内することをやり遂げるまでだ。

 男は、先の件で、彼らの仲間に追い打ちをかけた多少の罪悪感があった。そこに事情を知ったことで同情心が加わった。

 そこで自らは最低限に喉を潤すために葉露などでしのぎ、革袋の水は彼らに与えるよう仲間にも指示した。

 それから、真っ直ぐに集落へと戻るのではなく、湧き水のある補給地点へ寄ると決めた。

 そこで鱗持つ者らの体に水をかけてやり、しっかりと水を補給すると集落を目指した。


 ――ここに、両者の知らぬ事実が、不幸をもたらした。彼らが欲した水とは、ただの水ではなかったのだ。




 ようやく集落に辿り着いたとき、羽を持つ者達さえ喜んだ。

 本来、もっと早くたどり着けたはずだが、鱗持つ者達のために地上を歩いた上に、水の補給で遠回りし、倍は時間がかかっている。

 水が足りないというのは、想像以上の苦痛を伴う旅だった。


 そこまでしても、無事に連れ帰ることが出来た鱗持つ者は、たった数人。

 彼らが望むままに川へと身を浸してやったのだが、すでに遅かった。

 たった数日前には、かろうじて残っていた青い鱗も、枯れ葉のように濁っている。歩く度に乾ききった鱗から、ぱらぱらと粉が落ち、完全に剥がれた部分は茶黒く固まっている。

 川原に横たえた彼らは安堵の吐息を吐き、力ない笑みを浮かべる。


「羽を持つ者たちよ、ありがとう」


 森に暮らす者らが、世界のほとんどが森の中ではないかと感ずるほどの大森林。それと変わらぬ広さがあった水の地に、守られて暮らしていた種族。

 多くの群れがいたはずだった。

 しかし、他に生き延びた者の噂はない。

 多くは大地に呑まれ、逃げられた者も渇きに倒れた。

 なぜなら彼らを外敵から守っていたのは、水の地の成分だったからだ。


 かくして、後に鱗鰭族と記された種族は、ここに絶えたのである。



 ***



 大地の咆哮が聞こえなくなって、しばらく。

 最後の鱗持つ者を看取った男は、南の果てへと赴いていた。

 長には大地の異変が治まったのか、原因を垣間見ることができるのではないかと提案しての旅立ちだった。

 だが男は、鱗持つ者の骨の一部を、せめて彼らの故郷へと帰したいと考えた。

 長い旅だった。


 ようやく大森林が途切れ、男は驚愕に目を剥く。

 初めて見た、どこまでも広がる空のためだけではない。


 そこには、黒々とした天を衝く山が聳え立っていたのだ。

 森の周囲にある、なだらかな連なりとは違う峻険な頂。

 地上より高い樹上に暮らす男の目にさえ、その天をも恐れぬ高さは、たまらなく不吉に映った。


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