首羽族の狩人・中編

 首に羽を持つ者らの集落には、暗い森の中を、なおも暗くする沈鬱な空気が覆っていた。

 最近、大地が揺り籠のように揺れることが続いたかと思えば、獣の咆哮の如き重く唸る音が、大地と空と言わずに響くことがあったのだ。

 そのためだろう、狩りの成果も振るわず、それがまた人々の心を不安にさせた。

 獲物が逃げて数が減ったというよりは、これまでの生活範囲と動きが変わっていて掴み辛い。森の獣達も落ち着きをなくしてしまっているのだ。


 風の流れに敏感な彼らには、それが遠い地に起きたことのようだと、なんとなく把握してはいた。しかし、それほどの大きな音を立てる原因に心当たりはなかった。

 東の乾いた荒野の果てには、大地を割り火を噴く山があるという噂が、ふと彼らの頭をよぎる。

 そういった天変地異が遠くない場所で起きているのだとして、他に行き場があるわけでもない。距離があると思えばこそ、不安を抱えつつも普段通りに過ごしていた。


 そこへ現れたのが、全身が爛れたような肌をした者達である。


 狩りを率いていた男は、今しがた仕留めた者らを調べていく。

 よく見れば、ひび割れていない部分の硬化した皮膚は魚や、蜥蜴の鱗のようでもある。

 ところどころに残る無事らしき鱗には、様々な青が重なる線が滑らかに輝き、元は磨かれた石のように美しいものだったのだろうと窺えた。

 倒れた誰もが着の身着のままで逃げ出さねばならぬ事態――自然と、大地を震わす地点からではないかと考えは行き着く。


「例の揺れから、逃げて来たのかもしれんな」

「他にもいれば事情が分かるか?」


 仲間の意見に男も頷いた。

 あれほどの異常が身近な場所で起こったならば、集落の者全員で移動するだろう。この場に倒れた、たった十数人だけのはずはない。

 なんの旅の準備もされていない恰好から、示し合わせる暇もなく方々に逃げたようにしか見えないのだから、別の群れが彷徨っている可能性は高い。


 かくして、振動の源へ向かう調査隊が出されることとなった。

 原因を探ろうというのではない。迷い人を発見し、事実の欠片でも得られたならば、それで良しとする他ない。狩人らの報告と意見を聞いた長も、それが最善だろうと考えた。一番の働き手が長い期間、集落を空け、ましてや失うことになっては立ち行かなくなる。

 隊を率いるのは、先の狩りで群れを率い、未知の種と触れた男だ。長に任命された男を先頭に、狩人の調査隊は旅立った。


 未知の種族と接触した狩場から足跡を辿るに、どうやら森の外から来たのは間違いないのだが、その方角が問題であった。

 今回旅立つ者の中に事実を知る者はいないが、言い伝えられていることがある。普段は思い出すことなどない、その知識に、男は今後の困難を想う。

 この森の南の果て。そこには広大な青の大地があり、長く過ごせば身を蝕むというのだ。

 そのような場所に、仮にも人が暮らせるとは思えなかったが、実際に見たこともない特徴を持つ者達が現れた。


「青い肌、だったな」


 ここ最近、地を脅かす地鳴りに、逃げ出してきたらしき者。その特徴の一致に思い至った隊の者は、微かに身を震わせた。これから、そこへ行こうというのだ。

 その前に目的の人間に会えるようにと願いながら、隊は歩みを進めた。



 森の外へ向けて数日。

 運が良いことに、前に出くわした者と似たような集団を見つけたのだが、もっと酷い状態だった。事情を尋ねようにも彼らは呻くように泣くだけだ。


「水の地が、干上がっちまった」

「みんな、呑み込まれたんだ」

「思い切って森に逃げて来たが、水が、どこにもない」


 水がほしい、水はどこ、水を――。


 どうにか落ち着かせて話を聞いたところ、遠い地に何が起きたか、その概要は知れた。

 どこまでも続く水の地が、突如大地が割れたことにより呑み込まれてしまった。それは瞬く間の出来事であり、地面が引っくり返されて埋め立てられていく中を、必死に遠ざかってきたのだという。

 大地の怒りが鎮まれば、すぐに戻るつもりだったが、周辺には水場がない。それで辺りを彷徨ったあと、渋々と離れることにしたようだ。彼らの住む水の地が、森の縁に暮らす全ての野生動物にとっての水場でもあったのだ。


 首に羽を持つ者らは混乱した。

 今度は狩るつもりなどなく、事情を話してくれた礼として、知る限りの住みよい場所へと案内するつもりでいた。

 ところが、彼らは水が欲しいとばかり口にする。それで飲ませると違うと言う。暮らすのに大量の水が必要だというのだ。

 今は乾いて無惨にもひび割れているが、鱗に覆われた肌を見れば、それも納得できるものではある。

 だが、広大な森の中だ。樹上に暮らす羽を持つ者達にとっても、水場とは貴重な場所である。小川ならともかく、広い水の地となれば、森の外に向かうしかない。

 幸いといってよいものか、羽を持つ種族は、耳に葉を持つ蛮族から身を隠すためもあって森の外縁部に隠れ住んでいる。

 そこで集落から森を出たところにある、丘を越えた場所に湖があると言えば、ようやく彼らは喜んだ。

 どちらにしろ、ひとまずは集落へと戻らねばならない。

 しかしさらなる問題が、その道中で起こった。


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