148:一時の自由

 王都マイセロと冒険者街ガーズには、結構な距離があるはずだ。

 緊急性のないことにどれだけ急ぐかは知らないが、伝令に返事があるのは下手したら数か月後なんてこともありうる。


 だから偉いオッサンどもや、俺が内心で幾ら盛り上がろうと、その間は嫌でもクールダウンするしかない。

 そんなわけで宿のおっさんから、朝一でギルドへ来るようにとの伝言を受け取った。改めて今後の予定でも言い渡されるんだろう。

 気が重いままギルドへ来ると、待ち構えたような冒険者たちから聖獣見せて見せて攻撃を受け、崇めよと鼻高々のスケイルを宥めるように窓口へ逃げる。トキメから植え替えの終わった大枝嬢が居たが、ぐにゃりと微笑んでくれた。その変わらない気遣いに安堵する。

 それから嫌々ギルド長室を訪れていた。


 長居するつもりはないぞと、ギルド長が座る机の脇に立つ。

 傍らに立てかけてあるギルド長の杖に伸びるスケイルの舌を捻り上げて、用件を聞こうと頷く。変なもん舐めるな。


「えーと、じゃあ、ひとまず俺は、これまで通り過ごしていて構わないと」

「これまで通り英雄的な山道整備に励んでもらえるとは、ありがたいことだな」

「そこらの草刈りしてるんで! 依頼募集は中止してください。ほんと頼みます」

「謙遜せずともよかろう。随分と好評だぞ。君の勇気ある除草活動に、皆が胸を打たれたようでな。断る理由を捻り出すのも難しく困っている」


 英雄的草刈りなんぞあってたまるか!

 大体あんたが募集したんだろうが!


「いきなり慣れないこと続きでは、休憩も必要だな」


 不満げにギルド長は募集の中止に同意したが、あくまでも一旦休止らしい。歩きやすくなって助かっていたのだがなぁと、小さく呟いていた。

 おい、人族の検証が真の思惑と思ったら、そっちも本音だったのかよ。


 とにかく、今のところは気ままに過ごしていて構わないとのお達しだ。

 この街と外の行き来なんて簡単にできるわけもない。逃げ出そうにも、俺に魔物山脈を超えるなど不可能だし。

 不可能――そう思っているのは、俺だけということもありうるよな……。


 そこで話を終えても良かった。

 でも俺は何をどう言うべきかと考えあぐねて固まっている。

 ギルド長は、ちらと見はしたが追い出す気配はない。もちろん暇ではないだろうから、話があるなら早くしたまえと急かすように指で手元の書類を叩いた。


「その、シャリテイルから、報告したとだけ聞いて……」


 罵倒会議で俺に理解できたのは、普通の人族が最上級の聖獣と契約したという、ありえない事実があることに注目しているらしいことだけだ。

 国というか王様たちがどう思うかはともかく、これまでになかったケースというだけでも、研究院の奴らから見れば興味の対象にはなるだろう。


 俺がこの街に留まりたいと強く思ってることを、ギルド長は知っている。この街で冒険者になりにきたという理由から始まり、ビオへの挨拶でも言ったし、大枝嬢やシャリテイルからも伝わっているはずだ。

 どういうわけかギルド長は、そんな必要もないのに、俺が留まれるよう計らってくれたんだよな。


「国のために働くことを拒むか……ならば仕方あるまい。その体に直接役立ってもらおうバッサー!」

「ぎゃあ胴がまっぷたつにー!」


 などといった経緯で検体として送り出されなかっただけでもラッキーと思うべきか。そんな世界ではなさそうだけど。俺が知らないだけで世の中には酷いことがわんさかと溢れているに違いないのだ多分。


 藪をつつくことになろうと、気掛かりを確認しよう。

 シャリテイルが俺についての異様な点の全てを伝えたなら、なぜ言及しない。砦長にも伝えてないだろう。聞いていれば、あの程度の追求で済んだとは思えない。


「聖獣のことだけなんですか」


 緊張で早くなる鼓動を抑え込むように、ぎゅっと手を握り込む。

 とぼけた顔付きでじろじろと見上げるギルド長に苛立ちつつ、じっと言葉を待った。


「口に出さない知恵をつけたか。なんとも面白くない」


 こいつわざとだ。俺がすぐ感情に出すからとわざと煽ってるだろ。


「小道具のことも聞いている」


 わざとらしくペンを置いて椅子に背を預けると、はぐらかすことなく正直に話し始めた。実に面白くなさそうに口を曲げてではあるが。


「前時代の遺物が一つ二つ残っていたところで、さして意味はない」


 そんな扱い!?

 意外な認識の差に驚いたが、ギルド長の雰囲気は硬いことに気が付いた。

 同じ顔だ。皆が聖獣に喜んでいたときと。


「ギルド長は、聖獣……もしかしたら研究院の存在も、不満なんですか」

「はっきり聞くね。外聞の悪い。不満といえばそうだ」


 あっさり白状しやがった。重要とかでなく個人的なことなのか?


「聖獣もだ。今さら集めたとて、意味などないのだからな」


 は? 今さら?

 じゅ、じゅうようでない、なんてことなくない?

 スケイルが身じろぎしたのを感じ、とっさに首根っこを抑えようと手を添えるが、侮られたと怒り出すのではなかった。


《なんだこの岩腕族は、当たり前のことをふんぞり返っていうことか》

「は、はあぁ? 当たり前だぁ?」

《なぜ主が驚く。邪な魔素が満ちているのも、我らの変換が追いつかぬのも話したではないか》


 いや、そりゃそうだけど。そうだけどさ!


「そそそ、それはどういったことで……?」

「ははは、面白い顔で動揺を誘うつもりか。その聖獣から知識が得られるのなら、騙そうとしても無駄だろう。だから渋々とこうして話しているんだ。無論、広く口外することでないのは分かるな」

「はい……」


 ええい余計な言葉にはつっこまないぞ。


「とにかく、聖魔素を付与した武具の話を聞いてます。今では、手にすることのできないものじゃないんですか」

「前々回の復活時に使われたものだな。別に君がそれを持とうが持つまいが、個人的に興味はない」


 あくまでも個人的、だよな!?


「結末を知るなら、その意味も分かろう」

「全て失われたとしか」

「そう、全てだ」

「……数がなければ、効果も薄いと」

「そういうことだな。それに希少ではあるが、武具でもない試作品ならば、研究院にも保管されている」

「あ、そうなんすか……」


 それほど希少でもないと。

 もちろん、言うほど大したものではないなんて信じられない。

 言われて気付いたのは、偉い立場にない民間人にとっては、珍品に違いないということだ。強力なお守りを、偉くないやつでも持てるなら……。

 全部が小道具のせいと言いはるのは危ないな。オーナー変更できないと言ったって信じてはもらえないだろう。よこせと奪われるなまだしも、殺されたりしたらと考えて不安になった。


 そう思うと、スケイルが住んでくれたのは本当に良かった。

 おかげで俺の体質の方に何かあるんだろうと見てもらえる。気が合ったというノリで、魔素の質だかが合ってたとか屁理屈くらいは言っても許されるだろう。

 それはそれで、今度は国の方が云々の話になるわけだ。

 どっちみち八方塞がりじゃねーか。


「正直、今さら余計なものを持ち出してくれたと思っているよ」


 こっちの考えを見透かされたようだ。急にそわそわしたら分かるか。

 手綱を握る立場にとっては、掻き回されそうな要素なんか面倒以外ないよな。


「一つだけ。書き換えはできないんです」

「それも確認済みの報告を受けた」


 シャリテイルに試したことも、聞いてるのか。


「じゃあ、なんで……自分で確かめようとしないんですか」

「君は貴族並みの知識や考え方を持つかと思えば、とんでもなく間の抜けたことを言うな」


 しっ、失礼なというか、褒めてんのか嫌味かどっちだよ。


《ほう、主をよく見ているではないか。その気持ちは理解できるぞ。我も物事を伝えるのに苦労しているのだ》


 舌への制裁を我慢して、揺れるアホ毛を掴むとスケイルは黙った。撫でられたと思って得意げだが、あまりぐるぐる唸らないでほしいんだよ。俺以外には、喜んでんのか威嚇されてんのか分からないだろ。それは後で言っておくとして。


「心からの言葉を、言えない立場なんか御免なんで」


 つい本音が洩れたが、クソくらえだとまで直接的には言い切れなかった。

 これは気遣いだから矛盾しない!

 口にしてから面と向かって人をなじったと思うと気まずくなってきたが、俺など見えないようにギルド長は言った。


「直接確かめて、王都に送らない理由を書ける内容なのか? それは自分自身に問いたまえ」


 困惑と不満。

 俺の顔には、ありありと浮かんでいるはずだ。


「まるで砦長は、必ず邪竜が復活するような口ぶりだった。個人的にはどうあれ、ギルド長も立場上、そう取り組んでるはずだ……なのに!」


 冷静なのか無頓着なのか、まるで無関係といった態度に苛立ちが募る。

 ああまた、すぐにこんな手に乗る。


「ごほん、邪竜の復活の間隔は決まってたと聞きました! 今は結界石のおかげで復活の兆しもなく、平和が続いている。もう、二度と現れないのではないかとか」


 その復活するはずだったのは数年前?

 だったら、まだ完全に警戒を解くには早いだろう。

 街の住人が暢気だから忘れがちだが、邪竜を警戒する街と組織だ。復活サイクルが分かっていたなら、その時期くらいは危機感が街を覆っていたと思うんだけど、どうかな……。せめて準備に慌ただしかったと思いたい。


「今こんなにのんびりしてるなら、数年前に何か分かったんじゃないんですか」


 まったくつまらんなと呟くギルド長を、引きつり笑いを浮かべて促す。

 本当に俺を暇つぶしと思ってないだろうな?


「当然、準備はした。緊急時はジェネレション領の協力を仰ぐ取り決めもある。連絡の中継地となるし、住民の避難、出兵要請などなど――」


 ふむふむ、かなりジェネレション領が主導するような感じだな。だからこそ、領主の身内であるギルド長が置かれたんだろう。納得だ。


「貴族らには準備を促し、兵たちは訓練に励んだだろう。だが、警報は出されなかったため、実行されなかった。だから住人は知らんよ」


 なぜと、声もなく口は紡いだ。


「予兆がなく、どうして出せる」


 予兆?

 ギルド長が体ごとこちらを向く。


「復活の際には必ず、魔震が頻発する。それが無かった」


 へえ。魔震が、頻発。






《目覚めるのだ主よ》

「ぼぐぅっ!」

「ギョアー!」


 フリーズしていたらしい。

 スケイルの舌が俺の顔を叩こうとして、先の割れた舌の一方が鼻腔の奥をヒットして、鼻を押さえてうずくまっていた。俺の腕と体に挟まれたスケイルは悲鳴をあげるが、頭の中はこれまでの魔震のことでいっぱいだ。


「親切な聖獣ではないか。放してやってはどうだ」


 呆れたように見下ろすギルド長の声に立ち上がると、潰れ気味のスケイルを横から押して膨らませる。粘土かよ。


「でも、誰からもそんなことは、それに今だって、どうして」

「落ち着きなさい。頻発すると言ったろう」

「あ」


 いや、それでも、久しぶりなんだろ。その割に前の魔震からも、そう開いてないじゃないか。


「だから、今後次第というわけだ」


 無表情ながらギルド長は、背筋が震えるほど冷え冷えとした視線を窓の外へ向けた。

 切り上げ時だろうが、こんな中途半端に聞かされて放り出されては堪らない。


「今後どころか、まるで、もう何も起こらないような緩みようじゃないですか!」


 ギルド長は窓を見たまま静かに続ける。


「危機が迫ると言われて待機する。季節が一巡りするが、なんの兆しもない。思えば、話は耳にしたことはあれど、目にしたことはない。魔物は、あれが生み出したものだと聞いたところで、若い者はその存在が当たり前の時代に育った。二巡り、三巡りとする度に、君ならどうだ」


 やんわりとした口調は、宥めるためとも咎められているとも受け取れ俯いた。

 長いこと気を張り続けるなんて、到底無理だ。


「前回の記録には、復活が早まっているとさえ書かれてある。それで早めに準備を進めたことが、却って心に隙を生んだのかもしれん」


 もしかしてギルド長は、失敗したと思っているのか。

 平和な内は、誰も深刻な話になんか耳を貸そうとしないのは、俺も少しは知ってるつもりだ。


「国は、結論付けたんだよ。前回の英雄たちが作り上げた結界石が、完璧に邪竜を封じたと」

「なら、ギルド長がそう思ってないのはなんでですか」

「結界石にも寿命がある。本来は数年ほどで力弱まるものだ。現に、他の街では数年おきに聖者が補充している。この街だけだよ。前の戦いから効果を維持し続けているのは」

「確か前に、ビオが補強すると言ってませんでしたか」

「柵に使われているのは、他の街のものと変わらぬ小さなものだからな。それも、結界が変化したことで念のため追加したに過ぎない」


 ちらとスケイルを見下ろしたが、いじけたのかアホ羽が項垂れている。


「スケイルは、変化がわかるよな」

《キュルゥン? もちろんである》

「聖魔素のことなら、スケイル以上に知識を持つ者はいないだろ。結界の変化で、どこか危なくなったなんてことはないよな? 教えてくれ」

《やれやれ仕方のない主だが、頼られれば教えるも吝かではない。柵沿いのものならば微々たる聖魔素だが、ケダマごときには体に障ろう。あれほどの量で保っているのは不思議なことだが、祠の石が楔となっているようだな》

「楔?」

《例えだ。邪なる魔素と拮抗しているのだ》


 ぐげぐげ鳴いているスケイルの声が終わるのを待ってくれたギルド長に、礼を言って内容を伝える。俺には細部が理解不明だったこともある。

 ギルド長はやや感心したように目を開いた。


「なるほど」


 一人で納得しないでほしいが、聞いて教えてくれるか?


「始祖人族か――聞いたことがあるようだな」


 心配をよそに勝手に話し始めたが、また出て来たよ美味しそうな紫蘇人族。魔素の話になると出てくるよな?

 簡単に言えば、強靭な肉体を持っていたと言われる理由が、邪魔素と聖魔素を半々に持っていたことらしい。均衡を保とうとする性質があり、それを結界に応用したのだろうと納得できたということだ。スケイルがクァと鳴いてアホ羽を立てたから、概ね正しいんだろう。

 聖者や研究員は知ってるんだろうが、小難しい理屈を一般人が理解するのは難易度が高い。




 ひとまず、まだ兆候があるとは言えない。余計な心配は無用だと言われてお開きとなった。


「心配ないか……」


 そんなわけないだろ。

 シャリテイルは俺のお守りの手を、そっと離した。

 自立を促すような態度は、真剣そのものだった。


 気まずいまま別れた。

 もう普通には話す機会もないんだろう。

 他の冒険者とだっていつも同じ時間に同じ顔を見ることはない。臨機応変に決まった場所もなく動き回ってるシャリテイルと会うなんて、本来なら滅多にないことなんだ。


 俺が聖獣のことを言いふらし砦長へ宣言し、ギルド長が国に報告した。

 その、返事らしきものが到達するのは、どれだけ先になるんだろうな。

 ひとまずの自由は、それまでということだ。


 南の森で、極めて重要な作戦遂行のための訓練に取り組む。


《主よそこは尾だなぜ下がる羽がっ千切れるっ!》

「おおお落ち落ちてたまるかかか……!」


 昨日はスケイルの顕現時間超過しての行動を目指していたが、歩くだけならできたというのにまた走ろうとして振り落とされた。

 主を乗せて街を練り歩き他の聖獣に見せびらかすことを想像して、気合いが入り過ぎたらしい。


《どうだ。この貧弱な主をも背にして、戦うことのできる我が勇姿を見よ!》


 スケイル曰く、そんな格好良い光景を思い描いたらしい。

 格好いいのかよ。とんだ見世物じゃねぇか。

 とにかく今日もまた思い出して勢いづいてしまったようだ。


「……だから、いきなり欲張るなって」

《グリュゥ……素直に非を認めよう。躍動する我が身を扱い切れぬとは未熟!》


 スケイルがんばると鼻息荒く意気込むが、アホ毛がよれよれだ。

 また明日と約束して、どっこいしょと腰を上げる。


 疲れ切って手足はだるいし、あちこち打ち身で痛いが、それも少しはマシになった。夜の討伐を再開しても大丈夫だろう。


「なんにしろ今の俺には、明日の弁当代を稼ぐ方が大事なのは変わらない」

《よく分からぬが、その意見には大賛成である》


 普遍的なことだ。この街で暮らし始めてから、そこだけは変わらない。とはいえ、幾ら安定を望もうが、その内容は変化する。

 数日はスケイルとの試みに費やしたが、目処は立った。今後はスケイルの能力を最低限は利用できるだけの稼ぎを確保していかないとな。

 討伐では頼るばかりだろうが、人間世界のことは任せられない。というか任せたら俺の飯まで回復石になりそうだ。そういう意味ではちょうどいいパーティーかもな。


「スケイル。明日は、もうちょい長く頑張ってもらうからな。もう少し俺も感覚に慣れたいし、それに……頼らせてくれ」

「クアァ!」

《当然だ! 我は主の意志を力に変えるものなのだからな!》


 俺のせいで今は首しか出せない癖に、上向けた鼻を鳴らして得意げだ。もちろん俺だって、このまま済ませてたまるかと思ってる。

 ま、漠然とおろおろするよりは、今後どうなるのか想像のつく事情を知れただけマシだろう。

 足を引き摺りつつも、宿へ戻る俺の気持ちは、幾分か落ち着いていた。

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