147:三度目の正直

 やっちまったと寝付けず、うんうん唸って長いことゴロゴロ転がり、スケイルを頭突きで落としてしまい舌で腕を掴まれよじ登られたりしていたはずが、やっぱりそこは俺だ。気が付けば寝落ちていて朝だった。


「グルーグルー!」

「……はいはいお弁当ね」


 マグ回復石小を取り出すと、すかさずスケイルの舌が奪って丸呑みするのを見ながら部屋を出た。

 スケイルは、足りぬと不満を垂れながらも満足そうにアホ毛を振っている。


「今日は朝の内にフラフィエんとこ行くか。在庫が多めに出来てるといいな」

「クァ!」


 なぜ今なのか。

 何度か、そう考えた。


 結局のところ会議とやらは、砦長が伝えたかったことを聞いておしまいだ。

 ギルド長にダシに使われたのは、俺と砦長のどっちだろうな。


「今日も特訓だ」

「グルアァ!」


 まずはいつものように南の森へ向けて通りを歩いていると、通り過ぎる冒険者や店の人やらから声がかかる。


「おぉ、ほんとにすげえ頭だ!」

「立派な角もあって強そうな蜥蜴さんやねぇ」

「グルアアァ……ゲゴッ!」


 蜥蜴と呼ばれて威嚇するスケイルの口を抑えると、挨拶してそそくさと通り過ぎる。


 会議でスケイルについてはうやむやになったし、そもそも聖獣との契約に関してはおまけのようなもんだった。いや、契約が存在する事実だけで処遇を真剣に考える十分な理由のようだったから、重要なことに違いはないんだ。

 それでも俺から触れなければ、あれほどのことは聞きだせなかった気がする。


 ――人族なのに、上位の聖獣と契約できた。

 そこを気にするのは、隠されていた人族の英雄の存在を知る者。

 そいつがただの人族ではなく、始祖人族という超人だったこと――。


 思うに、以前は隠していたそのことを、公にしたい。

 その点だけは、ギルド長と砦長の共通項のように聞こえたんだ。


 だから実のところ、もう無理な特訓なんかしなくてもいいんだろう。

 まじめに取り組みはじめた発端が、少しは使いこなせるようになってなければ、どうやって契約したとか相応しくないから寄越せと詰め寄られるんじゃないかと考えたからだ。

 理由は分からないが、スケイルには懐かれているというか、俺と居ることを望んでくれているのは感じる。

 だからスケイルが拒否してくれたなら、コントローラーを取り上げられる可能性も下がると思えた。


 それはシャリテイルに教えてもらった聖なる小道具と呼ばれる由来や、スケイルの前の主の話を聞いたからでもある。

 岩腕族に伝わる信仰。

 この街では見聞きしないから実感が湧かないが、教養の一部とされているなら岩腕族でも身分が高い人に限るなどはあるかもしれない。


「クォ?」

「ああごめん、お前のアホ、じゃなかった冠は器用に動くなと思って」

「グルルン!」

「あーうん、すごいなー……」


 利用しようとした罪悪感から、冠羽をガシガシ撫でるとスケイルは自慢げに鼻を上向ける。


 自分がバカバカしくなって鼻で笑ってしまった。

 そうまでして言いふらしたのも保身から出たことで……くそっ。また恥ずかしくなってきた。まさか、あれほど上の奴らが聖獣自体に興味がないとか、思うかっての。


 でもさ、あんなに聖魔素に拘ってるというか執着すら感じるのに、それも不思議なんだよな。スケイルから聞いた限りでは、聖魔素の意志を知ることのできる端末のような存在だろ?

 そりゃ言葉での意思疎通ができるのは今のところスケイルしか見たことはないが、他の聖獣だって意図は汲み取ってくれる。それなら、もっと多くの聖獣に呼びかけてくれるよう協力をお願いしてみるとか、何かできそうなもんなのにな。


 溜息が出た。

 ギルド長と砦長は、あれだけ罵り合っていながらも、肝心なところは口を滑らせてないと感じたんだ。


 だから文句の言い合いも、あえて聞かせたいことしか口にしてないと思う。一言一句を思い出せるわけじゃないけど。

 そんなことを考えていると深みにはまって、あの喧嘩腰の会議も俺に対する茶番だったのではないかとさえ思えてきた。

 たんに俺には共通認識が足りないから、言わなかった事柄を、端折ったのではなく伏せたのではと疑わしく捉えてしまうんだろう。


 他の奴らはどんな心証を抱いたのかは分からない。

 リンダさんのことは分からないが、メタルサも砦長が告げた表向きの希望に疑問も文句もないようだった。それどころか燃やさなくていい使命を燃やしていた。


 もちろん砦長の憂いも熱意も本物だろうし、だから言われたときは信じたよ。

 特にあの去り際の言葉。

 復活すると信じてるよな。


 でも、表向きと、思えたんだ。

 それも、後でギルド長が、わざとらしく漏らした謎かけを聞いたから考え直したんだけどさ。


 絶対に、二人しか知らないことがある。二人というより、上の立場の人間だけが知らされていることなんか、ありそうなもんだ。

 いや、上のといっても、貴族階級が全員ということはないよな。邪竜防衛に携わる立場限定?

 どちらにしろ、当主が代替わりするくらい年月も経ってるだろうし、情報が完全に漏れないとは思わないから、これまで何も起きてないから気にかけてないのかもしれない。


 そう思うと余計に、人による危機感の差に対する違和感に繋がる。

 目の前で起きてないことを信じない奴らと、危機を常に念頭に置いてなければならない立場。

 そのどちらも、振り返れば暢気だよな。

 決着は聖魔素でしかつかないが対処法も確立されてるなら、ことさら騒いでも仕方がないんだろうけど。


「なんで今……か」

「クルァ?」

「なんでもない。独り言だ」

「グアッグァー」

「いやぁまだスケイルに相談するほどのことじゃブバッ!」

「ャゴゲルゲェーッ!」


 のけ者にするのかと言って舌でアッパーカットされた。その舌をすかさず掴む。

 無駄にマグ消費して首を伸ばすなよ!


「ほ、ほら、森についたぞ。カピボーがお待ちかねだ」

「グギュルゥ……」

「つまらないことなんかない。こいつらでも一掃すればお弁当一個になる」

「クァ!」


 森を掻き分けながら標を目指す。


 聞けなかったこと、聞き出せなかったこと。

 なにかが気になって、胸騒ぎがする。


 ――偶然に過ぎる。


 繁殖期は定期的に起こると思いこんでいた。

 カイエンから繁殖期後には遠征に行くと聞いたからだ。新たな魔泉ができている可能性が高いからといった理由だったと思う。

 だが遠征自体は繁殖期に限らず定期的に行われているようだった。それを、繁殖期も定期的に起こると思い込んでしまってたんだ。


 たまに起こるのだとは、最初に草刈り依頼を受けたときに話した倉庫管理人をはじめ、色んな人の会話にのぼっていた。

 たまにという感覚も人によって違うだろうに、住人も砦兵も冒険者も職員も……みんなが口をそろえていたというのに。

 年単位の空白でもないと、そうはならないんじゃないか。

 なのに、俺が来てから二度。


 さらに魔震は久しぶりと聞いた。繁殖期より珍しいなら確実に数年以上の間がある。

 そして、魔震と繁殖期が重なることは滅多にない。

 ……ギルド長め。


「どうせなら、はっきり言ってくれりゃいいのによ……」


 不安も苛立ちも、何かに熱中していれば忘れられる。少なくとも今は……。

 そんな後ろ向きな理由がなくとも、スケイルと協力してできることを増やすのには、はっきりと意味があることだ。


 急がなければ。


 なぜか頭の中には、そう吐き捨てる自分の声が響く。

 スケイルと走れるかどうかなんて、半ば好奇心を満足させ、夢のある結果に期待してる間の楽しみを堪能するためのようなもんだった。

 本気ではあったよ。遊びも本気でやった方が何倍も充実感を得られるだろ。


 今のままでは、間に合わない。


「あーもう、余計なことばっか考える時間なんか今はいらないんだよ……!」

「ゲルゲェ!?」

「悪い、スケイルに文句言ったんじゃなくて……」


 頭を殴って意識を現実へと無理矢理繋げたが、驚いたらしいスケイルは舌で俺の腕を止めようと絡めていた。


「ブモオォ!」

「悪かった。心配させてゴメンって。もう大丈夫だ。ちょっと考えすぎてた」


 知らされない情報。この世界で育ってないために欠落している情報。隠された情報。

 そんなのは、どこにだって幾らでもある。しかも頭がいいわけでもない俺がさ、考えたって空回りするに決まってる。


「そうだな。体を動かすしかないよな」

「クァクァ」

「じゃあ、今日も頼むよ。あ、まだ回復石を買う前だから、無理はなしで。昨日と同じことができるか確認しよう」

「ゴルルァ!」


 昨日よりも控えめにスケイルは飛び出した。省エネモードらしい。

 俺も昨日以上に気合いを入れてスケイルの首回りに縋りつく。


「いいか、小走りだからなぎゃっ!」

「プルルルルゥ……!」


 力を抑えようとしたスケイルが、痙攣するように大きく跳ねたせいで舌を噛んでしまった。


「そ、そうだ、走るというより歩くのを意識しぶびゃばばばべべべ……ッ!」


 拭いきれない焦燥感は、振り落とされそうになって必死にスケイルに取り付いてさえ、完全に消えることは無くて。


「げゃあー!」

「ブルアオアァァ!」


 スケイルの悲鳴が辺りに響き、羽と共に俺も舞っていた。






「あいててて……擦り傷だらけだ」

「……ゲルゥン」

「気にするな。スケイルのせいじゃない」


 こんなことでレベルが上がる訳もないし、普通の怪我らしい怪我も久しぶりな気がする。


「お前が舐めて意味あんのか?」

「ゲャ、ゲルルゥ……?」

「うん意味ないと思ってた」


 おっ、こんなときこそ回復薬だろ。すっかり忘れてた。


「ピャッ! クァルゥ」

「だから、なんでも舐めようとするなって……へえ、こいつもマグが含まれてんのか」


 黒い木の皿を取り出し蓋を捻る。中にはデンプン糊のような塊が詰まっている。

 その回復薬を皮が削れて赤くなった部分を覆うように塗る。使い方は聞いてなかったけど、こんなもんだろう。


「とりあえず、今はこのらいにしておこう」

「ゲギラァ!」

「俺ができない。石がなくなる」


 道具屋の開店まで、もう少し時間を潰したいが、時間を特訓に使ってるから懐が不安になる。

 少しでもマグの多い奴を狙うしかないな。

 四脚ケダマでも毟ろうと奥の森へ移動した。




「グルェ?」

「その通り、討伐だ。俺にとってはいつもより強敵なんだよ。疲れてるだろうし、休んでていいから」

「ゲギョルウゥ!」

「あー、えらいえらい。スケイルが出るまでもない敵だろ。午後もあるし、意地張らずに休めよ」

「ギョイ!」


 俺を差し置いて休めないとか鼻息も荒く詰め寄るが、いつものうたた寝はなんなんだよ。

 意気込んでいるが、ちょっと強いだけのケダマだからな。

 早速、木々を揺らす音が聞こえてくる。


「ナイフ使うから、下の方を頼む」

「ギュル!」


 両手でナイフをしっかり掴むと、四脚グループの真ん中に大きく踏み込む。

 勢いをつけて水平に振り切る。二匹の胴が断たれ、下から来ていた一匹の背中から舌が突き出す。

 スケイルが舌を鞭打つようにマグとなったケダマを振り払い、足元に来た一匹に噛みついた。最後の一匹が木を飛び降りたところに俺がナイフを突き上げ、スケイルが頭を激しく振り回すとケダマの尻が千切れて消えていった。ワニかよ。


「ゲプゥ」

「いい連携……? そうともいえるかな」

「クァウ!」


 首だけの状態との連携って……スケイルにはとんでもなく動き辛いだろうに。

 それでも俺との共闘を自慢げに語ってくれている。

 ますます俺に何が返せるんだよと気が滅入ってきたが、しゃっきりしないと。

 せめてスケイルが望んでいる、意志とやらくらいは提示できるようにさ。


「そうだな。もう少し、この状態の連携も考えてみるか」

「クァッ!」


 そうして奥の森を走り回った。




「よっしゃ! 中サイズの弁当代を稼げたぞ!」

「グゲルルゥ!」


 ついつい夢中になっちまった。

 まあ、ようやくなんにも考えないで行動できたよな。

 おかげで昼になってしまったが、実入りはあった。


 一旦街に戻ってフラフィエから回復石を買い求め、特訓のため再び南の森に来た。

 石を割って準備完了。

 そこで、固まった。


「なんかナチュラルに走ることばかり挑戦しようとしてたな」

「ギルゥ?」

「いや、なにも問題はないけどある。そもそも維持力とやらを伸ばすために、まずはどこまで厳しいか試したろ」


 で、それは把握できたし、石を使いながらも、どうにか走るというか跳ねることもできたんだ。


「だから次からは、もう少しだけ無理のない範囲でやろうと思ってたんだよ」


 無理ではないと言い張るスケイルを宥める。


「乗れるようになっただけでも大したもんだろ。そうそう、歩きながら過ごそうと思ってたんだよ」


 それと、どこまで長く過ごせるかだから歩くに留めて、その状態でもカピボーくらいは倒せるかもなぁとか、石を使うタイミングもどこまで間に合うもんかと考えたんだった。まあ初めは失敗するにしても、一応は試しておかないとな。


「むくれるなよ。俺たちが協力して討伐するんだぞ? いい響きだろ?」

「クッ……クルルゥ?」


 お、想像してみたらしい。

 主を乗せて活躍かと、まんざらでもない様子で、上を向いてにやけている。

 蜥蜴だよな。なんで俺は、こいつがにやけてるだとか分かるのか不思議だよ。


 念のためナイフはしまって、スケイルに跨る。


「準備はいいぞ!」

「クヒッハァーッ!」


 のしっとスケイルが歩き……。


「歩けよ。歩けってぬあーっ!」


 やっぱり俺は転げ落ちそうになりながら羽にぶら下がっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る