146:誰の望み
意味わかんねーよ。
眼前で下げられた砦長の頭にチョップを叩き込んでいた。
もちろん想像の中でだ。
突然、親父ほど年上の人間に頭を下げられたら動揺するだろ。しかも俺自身に聖者の素質なんぞないとスケイルのお陰で分かってるんだし。
それよりも、思わず心でツッコミを入れてしまったのは内容のせいだ。
「砦の決まりではなく個人的な頼みというのが、それなんですか?」
研究院へ行ってほしいなら、結局は聖者として国へ送り込みたいということじゃないか。何が違うんだよ?
あ、もうギルド長が勝手にお断りメールしちゃってるからか。
ギルドとは意見が反対するのを察知していたから、前もって根回ししておこうという魂胆だったのを遮られたとか、そんなところか?
ということは、俺自身が同意しないと強制的に送致もできないとか、なんとかあるのかもしれない。
きっと、国からの報奨もすごいんだろうな。それが金か名声かは知らないけど。
ハッ、俺が自分で推薦してもお零れが貰えたんじゃ?
くっ、商機を逃したか……いや実行してたら詐欺だぞ。じゃなくて、早く頭を上げてくれよ。俺はまだ動揺してるらしい。
砦長は俺の質問を聞いて、膝についていた手に力がこもったようだった。どんな心情の変化かもわからず怖い。肩を強張らせたまま、ゆっくりと顔を上げる。
漂う気配は、一層の真剣味を増していた。なななんでだよ。
「多くの者が願うことは同じ。家族を守りたいということ。無論、ワシもそうだ」
力強い視線に見据えられ、一瞬、何も考えられなくなった。
どう捉えればいいのか、どんな裏があるのかとか、なんの関係なのかとか、詮索する理由は幾つも上がりそうだというのに。
とても真っ正直な言葉だと頭は受け取っていたから。
シャリテイルのように、口にすることなく何かを抱えている人間もいる。ギルド長もそうだろう。
それでもまだ、精神構造というか、考え方はシンプルな世界だと感じられる。
まさか……俺が思う以上に、信じているのか。
あれが、復活するって。
邪竜のことを持ちだそうとして、何も言えずに開いた口を閉じる。分かり切ったことだ。わざわざ聞き直す意味なんかない。
「それは、俺も分かりますけど……」
炎天族は子沢山だったな。違う意味で。砦長が元の国の慣習を引き継いでいるかは分からないけど。ただ、仮にも砦の監督を任されているなら、砦長はレリアス国民だろう。
簡単に言えば責任感が強そうで済む。でも、どこか、俺が家族を守りたいと考えたときのイメージとは、意味合いが違う気がした。
個人的なことに絡むなら、ギルド長に抜け駆けされた失点を取り戻したいといったことの方がまだ理解できるが、そんな必死さは感じられない。
自分の仕事の範囲で当然と考えているなら、もっと職務としての決まりを粛々と執行してもよさそうなもんだ。わざわざ呼びつけた個人的な頼みだというのに、公に私が重なっている。まだ俺には理解できないだけで、仕事ってそういうもんなんだろうか。
どうにか言いかけた言葉を結ぶ。
「……それが、どうして、研究院になるんですか」
そこだけ一足飛びすぎに思うんだよな。
うむと頷き、砦長は淀みなく説明する。
「人は一人ではままならんが、集えば数以上の力を発揮する。だが人の世の存続は聖質の魔素に懸かっているというのに、聖者の数は減る一方だ。ワシらは、体を張ることはできる。しかし幾ら力をつけようとも、決着をつけることはできん」
何度も考えた末に出た結論なんだろう。砦長は本心から無念そうだ。
そりゃ今では俺も、この世界の実際について少しは学んだし、そこに行き着くのも分からなくはない。
けどギルド長のお断りメールの内容も、別におかしくはないような。少なくとも俺自身は納得できるものだった。勝手に決められて癪には障るが、元は俺の誤魔化しから出たことだから、それはしょうがない。
ビオが帰る際に二度と会うことはないだろうと思ったとき、それも変だと感じたな。ここが問題の中心地なら、ここに置くべき施設ではないかと思ったからだ。すぐに、聖者の安全を考えたら当然かとも納得したが。
研究院は、邪竜対策を学ぶには良い場所なんだろう。興味はあるさ。見学くらいならな。
でも偽物聖者に結界石作成技術だとか身に付くはずがないし、そうじゃなくとも現在の聖者らのように英才教育を受けてないぽっと出の俺のような者が、急に研究やらなんやらと付いていける気がしない。
とにかく、ああ、くそ。普段は考えないことを唐突に問われたようで、思考はぐちゃっとしてしまう。
ちらとギルド長へ目を向けると、いやに冷めた目で砦長を見下ろしている。珍しく黙って聞いてるから配慮はしてるんだろうが、少しは隠そうぜ。あ、視線に気づかれた。
ギルド長は、俺が助けを求めたと考えたらしく口を開いた。多分それにかこつけて文句を言う気だろう。また視線は砦長に向いた。
「彼は聖魔素を持たない。聖者とは言えない」
唐突に、これまでの会話全てを無駄にする解決の呪文が狭い室内に響いた。
ギルド長に、全員の視線が向いたようだった。
そういえば、この場に森葉族はいない。
ギルド長の杖は平均的な剣なみで、魔技石のサイズも、これまでに見た中ランクの奴らと大差ない。でもそれが岩腕族なら、結構すごいことなんじゃないか?
「なにをバカなことを」
砦長は訝しげだ。これまでのギルド長の態度を見れば、何か攪乱しようとしているとしか思えないよな。
「見ればわかるだろう」
ギルド長は嫌味で言ってるのかどうかも分からない。砦長の反応へ目を向ける。
「あいにくと、ワシには聖魔素は読み取りづらいのでな」
「聖獣と契約できるほどのマグ量もない」
「ええい、それくらいは分かっている。ならば、実際にワシらが目にしているものは、なんだというのだ!」
コントローラーです……。
砦長も、少しはマグ感知できるのか。
でも確か魔技を使えるだけのマグを持つなら、基本的には備わっているような話だったな。ただ、特に炎天族は肉体の力を当てにしてるらしいから、滅多に魔技使いがいないだけで。
魔物のように、全身がマグくらいでないと認識するのは難しいといった話も耳にしたことがあったような気もするけど。
またギルド長が畳みかけはじめた。
「そもそも個人的な望みが王都へ行って欲しいなどと、誰でも疑問に思うぞ。一部隊の長でしかなく、しかもパイロから出てきた炎天族が、そこまでレリアスを気にかけてくれるとは不思議なことだな?」
なんと砦長はパイロ出身だったのか。そんな気はしてた。訛りというか、微妙に違う印象を受けるんだ。
ギルド長の端々が嫌味ったらしい言い方はあれだが、それなら確かに、砦長が必死なほどなのは意外かもな。
多分、ギルド長よりも年上だろう。ギルド長が三十代なら、砦長は四十代?
成人してからの移民なんじゃないか?
「……不思議だと? ヤツのせいで多くの同胞が傷つき、倒れたんだぞ!」
砦長は不穏な空気をにじませる。先ほどまでの罵倒合戦では、腹は立てても実力行使に出そうな雰囲気はなかったのに……そこまでのことを知っている?
「まさか、その時、ここに居たんですか!?」
言い合いを止めようとしたわけではないが、食いついた俺に砦長は唸りながらもギルド長から視線を外した。
「残念ながら、封印直後だったが。故郷が山の近くでな」
以前スナッチから、パイロ側のジェッテブルク山との国境に近い街があると聞いた。レリアスのジェネレション領のような立場を担う街。砦長も、そこから出て来たとのことだった。
「故郷がすぐ近くだというのに、わざわざレリアス国民として、この街で働く必要はあるのかね」
「この地は、炎天族にとっても重要な場所だ」
「この場所がな。それが、なぜ聖者の素質のあるものを研究院に送りたがる」
「少しでも聖質に繋がるものは、国が保護すべきだろう!」
「はて、その国とはどこになると言うんだ? 忘れているようだが、冒険者ギルドは三国が提携している機関だ。そこに属する彼が、拠点をどこにするか決める権利は彼自身に……」
「個人の問題で済むことならばだ。聖者なら、それで済むか!」
「人の話は最後まで」
「貴様はくどい」
「嫌味なのだから当然だろう?」
ほんと口だけは減らないな。
今にも殴り合いそうだなぁ、などと思いながら眺めていたが、ギルド長が口調を改めて言ったことに場が凍り付いた。
「タロウがどこに属するかの話ではない。冒険者ならば選択肢はあるが、という皮肉だよ。はたして、どの国のためなんだろうな、フロンミ」
トキメが言ってた昔の戦にかこつける奴もいるっての、やっぱこいつらだろ。
でもこれは、ネタにしても酷い煽りだ。スパイかなにかのように扱き下ろしたようなもんだぞ。
怖々と背後を見れば、いきり立っているヴァルキたち。
さすがにまずいぞギルド長。
急に武器が身近にあるということが、ひどく不安になる。
だが砦長は、思ったより落ち着いた態度で抗議する。
「いいか、ドリム。なんと言われようと、ワシがパイロ出身であることは変えられん。たとえ、レリアスに留まることを決めたとて、岩腕族の流儀に則るつもりがないことも」
ええっ、堂々と内部工作員と白状しちゃったようなもんだぞこのオッサン。
「だが、それがどうした。山の主が、見分けてくれるとでもいうのか? ワシらは等しく奴の敵だ」
「無論、理解している。誰よりも。ジェネレションに生まれた者に対して愚問」
「ワシらとて、決戦を生き抜いた。貴様らだけとは言わせん」
まさか、こんな物騒なネタまで普段通りなのか?
やっぱりだめだこのひとたち……。
ただ、今の流れで一つ思わぬことが分かった。
得体が知れないと思い込んでいた、ギルド長の思惑だ。
実家のため。
この街のギルドを守るということは、最も近いジェネレション領の得になる。もちろん、それも国のためになる。
本当に単純な……いや、当たり前の理由だったらしい。
なぜか、二人はフッと笑いあって席に戻る。もちろん目は笑っていない。
わけ分かんねぇな。
オッサンたちが牽制しあってる体で、張り合ってるらしいのはよく分かったが。
「いつも邪魔ばかりしおって。もう十分だ。いい加減に、そのねじ曲がった口を閉じろ」
砦長には、まったく同意見だが、そろそろあんたもだ。
「邪魔しただと? 報告を依頼したのは、こちらからだと忘れたか」
「ああ珍しいこともあるものだと、まんまと騙されたわ。まさか、ワシに内容を知らせることなく送り出すとは」
砦長から気合いが薄れ、そろそろ意見だか文句だかも出尽くしたような空気だ。
「まだ宿暮らしというし、だからこそ、まずは砦で話し合いたかったのだがな」
砦長は悔しさを滲ませて吐き捨てた。
真摯な態度は本気だったと思うし、頼みも真剣そのものだった。
でも、宿暮らしだからって、おい……身軽だし、まさか報告ついでに俺自身を送っちゃおうとか考えてた……?
もし先に砦に行ってたら、なんとしても頷かせるつもりだったとか……?
あの、ギルド長? 今日も枯草色の髪がフサフサで素敵ですね!
今回ばかりは、ギルド長の機転に感謝します。それが小学生なみの意地の張り合いが理由だとしてもな。
「さっさと、言いたいことを言ったらどうだ」
ギルド長は焦れたようだ。苛立たし気に机を指で叩く。
え、王都に行けという話じゃなかったの?
「パイロとレリアスを繋ぐ場にいる者として、どちらの安寧も望んでいるのは真実だ。だからこそ」
砦長は俺に向き直り、声に力を込めた。
「ワシらは、英雄を欲している」
またしても面食らっていた。
何を言い出すんだこのオッサン。
「それはレリアス王国の意向にも沿う」
レリアスを付け足したのは、横目に睨んだからギルド長へ向けてらしい。
国や出身や自身の拠り所を超え、信念の為にここにいる。この場でしかできないことがあるのだと、砦長が固く信じているのは窺えた。
ゲーム知識を除けば、俺が実際に見知った知識は些細なものだ。
その少ないながらも得た歴史などを思い返せば、納得できなくはない。
単純に危機があり、単純な正義があるんだろう。
信じ切れるかといえば困惑しか感じられないのは、それを判断する基盤を俺が持たないというだけだ。平和な日本で何も考えずに暮らしていて、身に降りかかる懸念といえば、せいぜい交通事故や自然災害くらいのものだ。社会全体に迫る暴力的な危機感なんか、実際に自分自身に起こることとしては考えたこともなかった。
たまに祖父母やさらに上の世代から、戦中、戦後に子供時代を過ごして目にしてきたことを聞いても、それが現に俺の暮らす世界の時間に繋がっているとはピンと来なかった。それは俺の共感性の問題かもしれないが。世の中には真剣に受け止めている人たちもいたんだし。
人同士の戦争とも大きな災害とも、また違うんだろうけど、同じく世の中に降りかかる大問題。
そしてそれが、砦長やギルド長、シャリテイルに共通すること。
また邪竜は復活すると、考えている人々だ。
ギルド長の場合は、嫌でも備えなければならない立場のようだから、複雑な感情がありそうだが。
ギルド長は年齢的に、前の戦いに参加してないだろう。かといってフラフィエの世代ほど、無縁な感覚ではないはずだ。ジェネレション領にいたなら、親や祖父らの戦いを見聞きしているだろうし。その時代の空気も、間近で味わっているはず。
「英雄か」
ギルド長が何かを思い出してか呟いた言葉に、シャリテイルがそう口にした時のことを重ねていた。
同じ単語だが、持つ意味合いは異なるんだろう。それぞれの経験や、どれだけ考えを深めたか、そこに対する自分の立ち位置でも変わってくる。
今、この場にいる俺にとっては、ただのゲームの主人公の境遇。それも結果そうなるという、物語の終わりを示す記号に過ぎない。
英雄なんて……。
それって周囲がそう呼ぶものだろ?
決して砦長が求めるように、誰かが用意したり自分から英雄になりますなんて、口にするようなことではない。
「聖者が、その立場じゃないんですか」
砦長が即座に否定した。
「聖者は、現在ワシらの知る最も解決に近い手段に過ぎない。もっと、強い存在が必要なのだ」
研究院や聖者に心から期待しているようなのに、その言いぐさなのか。
さらに困惑したのは、ギルド長の追随だ。
「たとえば、人族が他種族を覆すほどの力を持つ、といったことがね」
なんだ、それ。
前の英雄が人族だったと、偉い奴らは知ってるのか。
そりゃ、そうだよな。
ああ、だから。
聖魔素を扱うことができずとも構わない。
最上級の聖獣を得た。
それだけでも俺が思う以上に、衝撃的なことだったんだ。
だから、そいつの真似事をしろと?
絶句した。
多分、シャリテイルの話を聞いていなければ、動揺しまくっていた。
頭に血が上って喚いて、せいせいしたと言って、逃げと認めることなく部屋を出て行ったかもしれない。
知らないところで、いつも助けてもらってる。
いや、助けてもらってばかりだった。
ギルド長や砦長の真意を探りたい余りに、ぐちゃっとしていた思考の雲は、一気に晴れていた。
俺自身の気持ちに関してなら、単純なことだ。
「すいません。王都へは行けません」
悩む素振りは見せられない。きっぱりと言い切った。そう言っても、すぐに顔に出る俺だ。実際に言い切れたなら本心なんだ。自分でも驚くくらいにそこだけは、はっきりしていた。
「冒険者として、この街で暮らすと決めて、ここで強くなると聖者にも約束しましたから」
まだまだシャリテイルの話も気になるし、おっさんの宿は居心地がいいし、任せてもらえそうな仕事もある。なにより、ようやく落ち着き始めたところだ。
よく環境の変わった三ヵ月は心身共に大変だとかいうじゃん。ただの引っ越しやらとも違う、俺には到底受け止めきれないほどの大きな負荷だった。必死過ぎて訳の分からない内にここまで来ていただけだ。
それも、少しは取っ掛かりのある場所だったから行動できたんであって……。
なのにまた今から違う環境だ?
しかも、もっとストレスがヤバイ中で?
無理無理。今度こそ心労で倒れるって。
説得など無駄だ。さあ来い!
逮捕状出されたら仕方ないから付いていきます。
断られるとは考えてもいない唖然としていた砦長だったが、失望は見えない。それどころか豪快な笑い声を上げた。
「そうか。成すべきことが、明確に見えているならば良し!」
笑いはすぐに引っ込め、分かったというように砦長は俺に頷き立ち上がった。話は終わったらしい。つられて俺も立ち上がる。察したヴァルキが先に扉を開いた。
砦長はギルド長へと、おざなりに会釈だけはし、扉へ向かわず俺を見た。
「ここで戦うというならば、それも喜ぶべきことだ。どのみち、決戦はこの場だからな」
まあ、そうだ。
王都へ行ったところで、何かが起これば戻って来なければならない。
いや、待った。そうじゃなくて――言いかけたが、砦長は身を翻し青マフラーを揺らして出て行った。
後に続こうとしたメタルサも振り返り、熱意の燃える目と合う。笑みは闘志を滲ませていた。
「砦兵としての使命を思い出させてもらった。心配するな。タロウ一人に背負わせはしない。俺たちが付いていることを忘れるなよ」
「え?」
ちょっと待ったと伸ばした俺の手は、虚しく宙を掻く。
「ほらほら終わりよぉ」
「なっ、リンダ、貴様ぅあ!」
俺たちの間を遮ったリンダさんが、メタルサを豪快に押し出しながら一緒に出て行き扉はとじられた。
「は?」
そしてギルド長室には、部屋の主と俺だけが残されていた。
あ、あれ?
いつの間にかギルド長のお付きの人もいなくなってる?
「言いたいことがあるかと残ってもらったが、違うのか」
ありまくりだ。
いや、今すぐと言われても心の準備が。
まあいい。
《宵闇が我の意識を呑まんとするこの儀式は、いつ終焉を迎えるのだ》
「寝てていい」
今日のことなら、今すぐ言えることは特にない。ありすぎるし、ただの文句になりそうだ。
前は意味ありげなことを言ったかと思えば唐突に追い出したが、今なら聞く耳を持つとでもいうのか? まあ答えが返ってこなくとも、確かめるだけはしておきたい。あのとき言えなかったことが口をついて出ていた。
「まずは聞かせてください。なんで面倒な手回しまでして、訳の分からない依頼を用意したんですか」
俺の質問がそんなに意外か?
ギルド長はわずかに眉を上げて驚きらしきものを見せたが、隠すように俯いた。
「フッ……面倒、か。単純さを選んだつもりだったが」
隠したのは笑いのようだ。鼻で笑うかよ。ヒソカニ鼻毛バサミを喰らわせてやろうか。しまった部屋に置いたままだ。
大枝嬢は、ギルド長が俺の安全を考えてくれたと捉えていたようだったな。けど高台で聞かされたことや砦長の話から、別の背景もあるのだと思い知らされた。
人が足りないのも、人員を増やせとの国からお達しも事実なんだろう。
幾ら俺が世間知らずでも、こうも不自然さを感じなかったのは……えー別におかしくはないとして。
シャリテイルにしろ、他の誰かが不審に思わなかったからな。もしかしたらビオのことは警戒していたのかもしれない。
今は、ギルド長に比べれば、ビオの方がよっぽど真っ直ぐだと思うよ。
まったく……。
「人族の成長限界でも、見極めるつもりですか」
「なかなか難しいことを考えるんだな。特に考えてはいなかった」
機会を設けたのだから少しはまともに対応してくれる、なんてのは甘かったか。
これでガス抜きのつもりかよ。
「さすがに、聖獣が現れたことまで企んでいたなんて思わんだろう? 偶然だ」
「それは、そうですが」
「繁殖期に魔震に聖獣、そして君だ……偶然に、過ぎる」
もって回った言い回しは癖なのか?
やっぱり、碌な言葉は返ってきそうにない。
すっかり暮れてしまった道を、ランタンを手に宿へと戻っている。
「ゲルルゥ……」
スケイルは鼻先にある炎が目障りなのか気になって仕方がないのか、ランタンが揺れるのに合わせて頭を左右に傾ける。ついに舌でつつこうとしたため、右手に持ち替えた。
「ロウソク代もバカにならないんだ。遊ぶなよ」
ギルド長室での話は無し。何も聞いてないから。早く忘れろ。
そうしてなるべく思い出さないようにと無心を唱えて歩いていたが。
「もうあかん」
「グギャ!」
ランタンに必死に伸ばされた舌を無意識に掴み、足を止めていた。部屋を出る際に、実に良い笑顔でギルド長は言ったのだ。
「行商人たちも足止めしてしまうことになり苦労したろうが、最後に土産話ができて良かったことだな」
くっそおおっ、なんで俺、自分から宣伝したんだよおおおぉぉ!
《落ち着くのだ主よ我が悪かった舌質の解放を望む火で遊んではならぬのは知っている知っているのだが目の前で揺れるものがあると闘争本能に火が……》
なにかスケイルがグゲグゲと喉を鳴らし続けているが頭に入ってこず、恥ずかしさと居たたまれなさに身悶えていた。
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