145:三すくみな会談

 南街道口に来たところで、俺は砦兵に呼び止められていた。

 メタルサの、ご同行願えるかといった類の発言は質問している体だが、有無を言わさぬ雰囲気だ。

 睨まなくとも大人しく伺います。国家権力に抗う気は微塵もない小市民です。


 俺が頷くとメタルサは肩を怒らせたまま背を向けた。ヴァルキは俺の後に続くつもりらしく立ち止まったままだ。逃げ出さないようにとか、こいつら本気ですよ。

 渋々と歩き出そうとした俺の横から、ヴァルキが不意に腕を伸ばしてメタルサの肩を掴んだ。


「街に入る前に、その顔を引っ込めろ」


 ヴァルキはスケイルを見てから目を逸らしたまま、情けないような口に何か含んだような気まずい笑みを浮かべたままだった。今もそうだが、メタルサを咎めるような声の調子は強い。

 肩越しにヴァルキを睨んだメタルサは、ゆっくりと息を吐いて肩の力を抜いた。


「そうだな……なにも、悪いことをしたわけではない」


 ヴァルキは通りすがりの住民らに誤解されそうだと、気遣ってくれたらしい。

 確かに、項垂れて怖い顔の兵についていく姿は、連行されているようにしか見えないな。

 では改めて移動、かと思いきや今度はメタルサが振り返った。近いから。


「これは俺の私的な問題だ。今片づけておこう」


 いえ決着などとんでもない。忘れよう?

 俺の怯えなど意に介してないメタルサは、でかい声を上げた。


「タロウ、今ここで口にはできないが、大変な使命があると聞いた。苦労もあったろうに、俺たちは知らずにのうのうと過ごしていたかと思うと情けなくてな。もっと頼ってくれても良かったろう。水臭いじゃないか!」


 使命などないんだが。

 一体どんな話を吹き込まれたんだよ。

 悔しそうに歯噛みすると拳を固めて唸り声を上げるメタルサは、まるで虫よけについて語りだしたときに見せた熱意と同じくらい真剣な様子。本気で、残念がってくれてるらしい。

 あのう、いつの間にそんな信頼関係を深めましたっけ?


 ヴァルキが宥めるようにメタルサの肩を叩く。


「まあまあ、こうして証拠のように聖獣を見せられちゃ、俺たちなんかが何も言えんだろう。悪いな、タロウ。蚊帳の外に置かれたようで、少し残念だったんだ」


 なんだと、ここは蚊など存在しない天国かと思ってたのに居るのかよ、いや俺が知るものとは違いそうだな。

 そんなことより証拠ってなに。ヴァルキがスケイルから目を逸らしたのは、気持ち悪いとか俺などに負けたようで悔しいとかではないことは分かったが。


 あのう、いつの間にそんな信頼を……まあ、結構初めから、真面目に気にかけてくれた人達ではある。もちろん他の奴らにもお巡りさんらしく親切だが。

 一緒にキング苔草退治したり、そういったちょっとしたことの積み重ねが、人の縁というものなのかもな。


 ごめんと言うのもおかしな場面という気がする。

 なんとなく、メタルサに真剣に冒険者やると宣言したことを思い出していた。あの時のように言い負かす必要はないけど。


「一人で、頑張らなきゃならないことってあるだろ?」


 誰にも俺の人生を代わることなんかできない。一人で踏ん張らなきゃならないことは多い。

 俺にとっての踏ん張りか。

 こっちに飛ばされてから、馴染もうと努めてきたことが、それだったと思う。まだまだだけど、少しは実を結んでるんだろう。街の住人として受け入れられてきた気がした。


「みんな砦兵のこと頼ってるし、もちろん俺も、何かあれば頼るつもりだ」


 安眠できるのは冒険者のお陰だけじゃなくて、昼夜と街の周りを砦兵が巡回してくれてるからだろう。

 シャリテイルや農地の人たちとの話の中にも、何かあれば砦兵を呼ぼうといった雰囲気は端々にある。


 人間だから、どうしても踏ん張れないときもある。だから人は社会を築く。

 砦兵は、その社会を守る仕事だよな。そこに、こんな真面目な奴らが働いてくれていて良かったと思うよ。


「……足止めしたな」


 照れくさそうに鼻を鳴らして、メタルサは再び背を向けた。そんなメタルサにヴァルキは、噴き出しかけた笑い声を口を押さえて止める。やっぱりヴァルキは俺の後に続くようだが、逃げ出されては困るというより規則のようだ。


 ふぅ、どうにか乗り切ったぜ。


《人間の友誼の儀式とは面倒なものだな》


 お前らのように融合しておしまいなら簡単だろうな。人間同士でそんなの俺は絶対に嫌だ。聖獣に転生とかじゃなくて本当に良かった。そこだけは邪神に感謝しておこう。

 ひとまず安心して歩き出そうとしたが、やはり俺の一歩は再び遮られた。


「ごめんねぇ、ヴァルキぃ。アタシが先なのぉ」

「ふぉああぁッ!」


 変な声を漏らして飛び上がったヴァルキの背後から、しなだれかかりながら現れたのは、炎天族のギルド職員リンダさんだった。

 外から戻ったところなのか、制服ではなく防具を身に着けている。


 ええっ、意外。

 個々人の実力でいえば、砦兵はかなりの精鋭だとか聞いていた気がするが、そのヴァルキに気が付かせなかったということだろ。確かに上位者並みの実力と威張っていたがリンダさんあんたなにものだー。


 とっさに振り返り、武器を手にしかけていたメタルサは、再び怒りを見せる。どちらかといえば、うんざりした気持ちが混ざっているようだ。


「またお前か、リンダ・キュヴー! 白々しく嘘を言うな!」

「またってなによぉ、失礼ね。嘘でもないしぃ?」


 うわあ、わざとらしい。

 肩に腕を回され間近でリンダさんの流し目を受けたヴァルキは、目を泳がせながら、ぎこちなく後ずさる。あんなごっつい腕を押し付けられてもドキッとするものなのか。試したくないが。

 骨抜きらしいヴァルキの代わりにメタルサが噛みつく。


「いつもいつも、どこから嗅ぎつけてくるか知らんが、こちらの予定が先なのは分かり切っている。そちらも希望があるのは分かった、明日にしろ」

「そっちが鈍いのを、人のせいにしないでよ。ねっ、タロウ。コエダさんが伝えてたでしょ、忘れちゃってた?」


 絶対に嘘だ……嘘だよな?

 俺の事だから聞き逃していても不思議はないのが困りものだ。

 俺が答える前に、近付いてくるリンダさんとの間にメタルサが割り込む。


「今回は砦長の命令だ。一ギルド職員が邪魔できる件ではない。下がってくれ」

「もう、つれないわねぇ」


 なんと、トップ同士のいざこざが末端にまで降りかかっているのでしょうか。

 こっちはこっちで色々ありそうだな。では今の内に……。


「俺は用事がありますのでこれで……」


 こっそり後ずさった肩をガシッとリンダさんに掴まれる。ドキッとしたよ別の意味で。その背後でメタルサの文句が追った。


「おい、待て!」


 やっぱり逃亡は無理だったか……。

 メタルサよ、お前まで簡単に回りこまれやがって。


「ギルド長が呼んでるんだって、行きましょ。あ、アンタたちもよぉ」

「俺たちも?」

「なんで俺たちが!」


 リンダさんは、わずかに真面目ぶった表情で、メタルサらの顔を見た。


「砦長が呼んでるんでしょ? アタシだって邪魔しないわよ。面会場所がギルド長室に変更されたって伝えに来ただけ」

「よくも、抜け抜けと……」

「そうだそうだギルド長に用はないー」


 砦長との密会も嫌だが、ギルド長も揃ってるとか、どんな針の筵だよ。小さく抗議の合の手を入れる。ヴァルキよ、お前もリンダさんにデレデレしてないで加勢しろ。


「ぬぅ、しかし砦長も居るなら、了承したのだな。仕方がない……ではギルドへ伺おう」


 メタルサめ簡単に折れやがって。

 誰も俺の意見は聞いちゃいなかったぜ。




 リンダさんはギルド長室の扉を叩くや、声を掛けながらも返事も待たずに扉を開いた。嫌な緊張感の中にあるのは俺だけのようだ。


「やっほーい、おとどけものよぉ」


 室内からドンと音が響いた。


「こっちに連れてこられたと連絡が入ったから来てみれば、やはり嘘だったではないか!」


 響いたのは拳を机に打ちつけた音だ。

 リンダさんの言葉通り、室内には青マフラーのオッサン兵がいた。で、その青マフラーの兵こと砦長は、机越しにギルド長に詰め寄っている。

 メタルサがあっさり頷いたのも、リンダさんのやり方はともかく、これまでも内容に嘘があったことはなかったからだろう。その真実の場面は無理矢理に作られているようだけど追求すまい。


 聞こえてきた文句の内容に、ちらとリンダさんを見上げた。悪戯が成功したように、ほくそ笑んでいる。ギルド長の下でうまくやっていけるはずだな。

 内容に反応したのは俺だけではない。メタルサは悔し気にリンダさんを睨む。


「やはり、リンダ、お前の仕業じゃないか!」

「知らないわよぉ。ちょっとした手違いじゃなぁい?」


 そんな俺たちの姿をみとめた砦長は、さらなる剣幕で机に乗り出した。ギルド長は心底嫌そうに仰け反るだけだ。


「ドリムぅ、貴様はいつもいつも姑息なことばかりしおって、岩腕族の誇りとやらはどうした!」

「少々連絡が行き違ったようだな。こちらの用件と被るのだから、合同の方が無駄がなくていい。よくあることではないか」


 ……ギルド長、ほんと悪知恵働かせるとか好きそうだよな。それもせこい。


「そこは別件と考えなかったか?」

「なぜ人は歳をとると、こうも偏屈になってしまうものなのかね。おお嫌だ嫌だ」


 どの口が言うか。


「貴様と、いうやつはぁ……」


 砦長は思ったより忍耐力のある人だと、ギルド長とのやり取りを見て思った。これまでにも度々こんなことがあって、まだ詰め寄るだけで済ませてるとは、俺ならとっくに髪を毟ってるぞ。

 そんな人がマジでキレそうになってるやん。ああ、ほんとに……。


「もー、そのくらいにしましょうよ。それで、俺になんの用なんすか」


 面倒ごとの中心は俺だろう。嫌な役回りだが進めさせてもらいます。




 掴みかからんばかりだった砦長は、俺が割って入ると、腕を組んで応接用の椅子にどすんと腰を下ろす。血圧上がってぽっくりいったらギルド長のせいだな。

 ギルド長も煽っていた側の癖に疲れた様子だが、こっちは自業自得だろう。しかし、こめかみを揉みながらも真っ先に口を開いた。


「さて、主要人物が集まったのだから会議といこうか。その前に明言しておく。本件は、ギルドと砦の協議が必要なものだ。どこぞのフロンミは、記憶が衰えているようだが」

「だーかーらー、そこは弁えていると言っているではないか」

「はいはい、砦との協議が必要なんっすね!」


 勘弁しろよオッサンども。


 会議メンバーが揃ったということだが、部屋にいたのは砦長とギルド長、それともう一人。窓口職員ではないが、いつも下で動き回っている偉い立場にいそうに見えた岩腕族の男性職員だ。今はギルド長の脇に立ち、控えている。

 この人が居たから大枝嬢が主任だったことも余計に驚いたが、どうやらギルド長の片棒らしい。雰囲気的にも納得だ。

 だが黙ったままで、二人の文句を止める様子は微塵もない。


 こいつらが口を開く前に俺から積極的に話した方が良さそうだと、前のめりになったところを背後からの声が遮った。


「我々は、退出すべきですか」


 メタルサだ。

 逃げたい気持ちは分かるがズルイと振り返れば、熱意がこもった様子。出て行くべきだろうが、できれば留まりたいという意味合いだったようだ。

 興味本位には見えない。なにか俺に使命があるらしいということが関係していそうだな。

 それにもやはり砦長より早くギルド長が答えた。


「いてくれると助かる。リンダ、君もだ。手に負えなくなる者がいれば、連れ帰る者も必要だからな」


 一言付け加えないと済まないのかよ。ほんと余計な口のよく回る人だ。

 砦長が唸りながら睨むと、ギルド長は察しろというように俺に視線を向ける。こっち見んな。


「当人がいる。なぜ砦からの召喚を変更したかの理由も説明しよう」


 やっぱあんたの変更じゃねーか!

 真剣風を装ったギルド長は、噛んで含めるように言った。


「彼は、冒険者ギルドに属している。話し合いの場がギルドになるのは当然だ」

「それは例外もあるとワシは」


 砦長は言いかけた言葉を止めたが、互いに譲れない規則があるようだ。

 どちらも相手を越権行為と考えているなら、終わらねーだろ……。

 ん?

 いや、そんなことないだろ。

 なんでギルド長は、わざわざギルドの立場で判断してんだ。領主権限のが強そうなもんなのに。


「ワシらの理由を述べさせてもらう」


 砦長はギルド長に口を挟ませないためか、即座に俺に向き直ると姿勢を正した。

 ギロリと真正面から睨まれるようで怖いが、脅そうという意図は感じられない。

 どちらかといえば誠実に話そうとしてくれてるようで、それも据わりが悪い。


「聖者の素質がある者は、速やかに報告する決まりだ」


 つい息を止めてしまった。

 聖者疑惑がオッサンどもの争点だろうと思ってはいた。


 ただ、こんな偉そうなオッサンが、俺のような草刈り冒険者に、こんな風に真摯に接するほどのことなんだと思うと落ち着かない。


 砦が国の直属の組織なら、最優先事項だろう。今の王様がどこまで邪竜の心配をしてるかは知らないが、そうじゃなくても希少な能力者だ。なにかしらとんでもないもんを開発してるぞというのは、他国への牽制にもなるだろうし。


 ということは、今回に限っては領主権限でも大した効力は発揮できなかった?


《この者は何を言っているのだ。炎天族とは、ここまで魔素に鼻の利かぬ者揃いだったろうか。主にそのような素質など微塵もないというのに……何故、鼻先を掴むのだ?》


 俺の手をどけようと、ぶんぶんと頭を振ってグゲァグアァと鳴きだしたスケイルに、砦長とギルド長は今更気付いたように目を向けた。

 この二人は、あえて意識を逸らしたらしいストンリの親父さんとも違い、本気で気にかけてないように見える。

 意味ありげではあるが、その視線はやっぱり俺を向いた。だが二人の表情に浮かんだのは、それぞれ違うものだ。


 ギルド長は、聖獣大発掘のときと同じく眉間に皺を寄せた。不満でもあるのかといった雰囲気だ。


「それが、問題だったな」


 思った通り、不機嫌にギルド長は言った。


 逆にスケイルを見て小さく頷いた砦長は、笑みを浮かべた。ただし幾ら最上級の聖獣だろうと、そのものの能力に特別な期待はないんだろう。脳筋っぽいし。

 それよりも、この最上級の聖獣を、どうして俺が手に入れたか。こちらに戻した視線には、聖者である証拠ではないかという期待が込められているようだった。ギルド長も、それを砦長から感じ取ってわざと不満を漏らしたのかもしれない。


「だからこそ、だ」


 砦長は、ありえない問題だからこそと返したんだろう。

 ここにある砦で働いているなら、普段から最悪の非常時について真剣に取り組もうとしていても、なんらおかしくはない。


 それにしても、ずっと平和で今も特に変化はないのに、そこまで真剣に考えるだろうか。

 ギルド長もギルド長で、なんで俺のというか冒険者ギルドの肩を持つのか。

 あ、それは人族の人員を増やしたいらしいことも関係してるのかもしれないが……それも、もうどこまで本心かも分からんが。


「それについても話を聞きたいが、今回はタロウ、君自身の処遇についてだ。話は聞いているだろうが、報告は済ませてある」


 シャリテイルから聞いたが、ギルド長からも伝えるように言われていたんだろうか。

 そういえば、この場にはいないのか。それも不思議な気がする。


「その報告もだ。勝手なことをしおって」


 砦長は噛んでないのかよ。

 もっと協力しようよと言いたいが、ギルド長の俺に向けた説明が続いた。


「内容はこうだ。本人の強い希望もあり現在は冒険者ギルドに所属している。着々と実力を伸ばしており、魔物と相対する仕事であるから、聖者に反するものとはいえない。より実質的な活躍が見込めるため、こちらに留めた方が云々かんぬんと、小難しい言い回しで連ねただけだ」


 おい最後、飽きただろ。

 案の定、砦長はいきり立つ。


「貴様は、いつもそれだ!」

「それで砦長は、なんと報告すべきだと?」


 落ち着こうぜ。俺もギルド長の髪を毟りたいのを我慢してるんだ。


「お、おぉ、そうだな……君の怒りももっともだ」


 なんで俺を見て引くんだよ。怒ってないんですけど?


「まず砦に呼んだのは、個人的に伝えたいことがあるからだ」


 砦長は、やけに真剣だ。さっきも言いかけたことか?

 報告は、たんに国の決まりだが、用件は別にあると。


 俺は警戒しつつギルド長を見るが、白けた様子で砦長を見ているだけで、口を閉じている。

 なんで、そこだけ空気読むの!


 砦長は、頭を下げてきた。


「頼む、王都へ行ってくれないか。研究院は常に聖魔素を扱える者を欲している」


 今度は息だけでなく、心臓まで止まったかと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る