おまけ冒険者

149:散歩

 フラフィエの店を出ると帯革を見下ろす。

 三つに増えた魔技石ポーチを見て溜息をついた。

 元のポーチと縦に並べて、上下で小中サイズに分けた。それと硬さ違い用のだ。

 完全にスケイルと活動すること前提で揃えてみたんだ。

 しかし、そろそろ投資的な出費をやめて、経費と呼べる使い方に変えないとやばい。

 検証といいつつ意地になりすぎた。


 先ほど買った回復石を手に乗せる。

 フラフィエの提案で硬めに作ってもらったものだ。

 幾つか硬さの具合が違うらしく目印をつけてあるから、どのくらいがちょうどよいかなど後で伝えることになっている。


「今日からしばらくは弁当代稼ぎだ」

《クルァ……お弁当のためなら仕方あるまい》


 スケイルが意気消沈しているのは、まず完全に走ることを封印するよう納得してもらったからだ。

 できなかったわけではないのだからと、どうにか宥めた。




 南の森に着くとさっそく出てもらう。

 スケイルは悔し気ながらも、同意して歩いてくれていた。飛びかかるカピボーらを苛立たし気に舌で串刺しにしていく。


 歩くだけなら縋りつくことなく普通に座ったまま移動できる。初めが大丈夫だったんだから当然だな。

 それにマグ回復石も小で済む。数歩ごとに、マグ回復石を割るタイミングを知らせてもらいつつ移動した。


 やる気なさそうに、のったのったと歩くスケイルの背に跨り、まさかりならぬ棍棒代わりの木の枝を担いでいる。

 まだまだナイフを手に移動なんて危なすぎてできないし、よく考えたら長さが足りないから殻の剣の方になると思ったから、ひとまずそこらの枝を拾ってみた。


 それにしても平和すぎて、すげえ眠くなる……。


「ふぁ……あっ、ケダマ来たぞ」

「クワァ!」

《とっくにお見通しよ!》


 欠伸を噛み殺したところで、ちょうど敵が来てくれた。

 やばいやばい、危機感なんか俺には身につかないのだろうか。


 魔物が飛び出すと気合いの入るスケイルだが、もう急に動かず、頭だけで対処してくれるようになった。鞄から生えてる間に、頭だけで動くのにも慣れたようだ。

 それだけじゃなくて俺も戦闘態勢に入るから、魔技石を割れないという問題があるからだけどな。動くと即ガス欠だから、スケイルも立ち止まるしかない。

 お陰で俺も、枝を脇に携え前方を見据えることができる。


 その時、頭上で不審な葉擦れが聞こえて咄嗟に見上げた。


「上から来てんじゃねぇよ!」

「キェヤーッ!」


 つい枝を投げ捨て普通に殴っていた。


 こんな体勢で棒切れ振り回して攻撃するなんて曲芸だろ!


 当たり前だよな。騎乗戦闘なんぞ、すぐに身につくはずがない。

 枝を放り出したまま結局は、いつものように素手で辺りを見回しながら進んだ。

 魔技石を割りながら武器を持ち替えるのも大変だからこれでいいんだよ。


 進む先から、スケイルの頭にケダマらが飛びかかってくる。

 大半は、俺が石を割る間にスケイルが魔物を片付けてくれるから楽だ。

 遊園地のライド系アトラクションを思い出す。あれより刺激はないのは問題だが。




 気が付けば、そのまま沼地に来てしまっていた。

 まさか四脚ケダマグループとも、この状態でいけるとは思ってなかった。

 スケイルの頭や舌が邪魔だからだろう。一度スケイルに取り付いてから俺に攻撃を移すため、そこを捕まえるのが楽だったのが大きい。


 どうも妙な気分だ。

 いきなり上手くいくと、なんとも落ち着かない。

 その前の試乗で散々失敗したが、あれは試しだしな。


 とはいえ、さすがに沼地で試すのは早いか。泥で足を取られるとまずい。


「降りるよ」


 待ち受けたように、ぼこぼこと地面が盛り上がり、フナッチやノマズが数匹出てきた。魔震の後とはいえ、通常より多い程度だ。

 それもスケイルと並んで相手すれば、一人で全方向を意識するより随分と楽だ。

 体がでかいというのはそれだけで強みだし、誰かと組む数の強みもある。

 死角を減らせるという安心感も相まって、落ち着いて行動できるんだろう。


「沼地も大したことはないな」

《当然。我らの前に敵などない》


 うむ、これは調子に乗ってるな。

 これがダメなんだ。引き締めよう。


 あっさりと踏破して途方に暮れかけたが、南の森と言えば祠側もあった。


「スケイル、東に進んでくれ。祠の方で分かるか」

《青きにおいが導いてくれよう》


 便利な鼻だ。

 ときにスケイルは藪に向けて舌を突き出しケダマを串刺しにする。

 俺は何もしてないのにマグだけ回収。


 これではスケイルという冒険者が、俺というメンテ係付きのマグ貯蔵庫を背負って仕事してるみたいではないか。

 弁当代を自力で回収してもらってると思えばいいんだけどさ。悔しくないし。


 のたのたと森を抜けて街道に出る。

 この街では一番幅のある道だろう。

 街とは逆側を見れば、木々や山で閉ざされているように見えるのは、道が湾曲しているからだったらしい。山の狭間に消えるまでは一直線に景色が見渡せるためか、山並みが思ったより近く感じる。

 沼地の位置から街道まで出たのは初めてだっけ。

 そこで、他に遮る物がないことに、今更気付いた。


「そういえば街道で、魔物を見たことがない」

《結界石とやらが埋まっているためだろう》

「あ、そうなんだ」


 道理で。

 果物売りの行商人が街道の方が安全だといったのは、それもあるのかね。


 そう思っている間に横切り、ガサガサと藪へと入り込む。


「そういえば、祠を見たいと言ってたよな」

《なんと、主が我を気に掛けてくれるとは》


 冠羽と尻尾がばさばさ揺れる。

 俺も気になってたし。


「ちょっと寄っていこう」




 祠前でスケイルから降りると鎖に手を触れた。

 スケイルはマグ温存のために寝そべった姿勢を取る。

 特に変化はないし、やっぱり不快さもない。


「聖魔素がないのに、こうして触れるのはなんでだ」


 あ、この聞き方じゃ、前と同じなりそうだ。

 横目にスケイルを見下ろせば、きょとんとした視線とかち合った。

 やっぱり……。


「スケイルには当たり前でも、俺にとって違うことは幾らでもある。思い当たることがあったら都度教えてくれると助かるんだ。頼むよ」

《我を当てにするのは正しい》


 スケイルの隣に胡坐をかいてコントローラーを乗せる。

 久々に蜥蜴なしの姿を見た気分だが、スケイルが好奇心に目を輝かせて顎を伸ばし膝に乗り出したため、代わり映えしない光景になった。


《我が寝床に何用だ》


 すっかりお前の部屋かよ。

 ツッコミを我慢して先ほどの質問を言い直す。


「もしかして、こいつは俺の体の一部なんじゃないかと思ったんだ。スケイルには、これと俺がどう見えてるんだ?」


 ぽかんと舌を垂らしてスケイルは固まった。

 な、なんなんだよ。恐ろしい事じゃないだろうな。


《なるほど……そうか。言われてみればそうであるな》


 思わせぶりなことを言ってスケイルは、俺とコントローラーを交互に見やり眉間に皺を寄せる。器用なウロコだ。


《主よ、心して聞くがよい。その小道具はな……人体ではない》

「当たり前だ!」

《ぬぅ、これまで気が付かぬとは……》

「いや初めから分かれよ!?」


 お前、第三の目しか使ってないのか?


《しかし、それも確かに主に相違ないと、我が眼には映っている。不思議なこともあるものよ》


 やっぱ今まで素で言ってたんだな。


「なんというか、俺も、体の一部かと思い始めていたところだ。スケイルが言うなら、多分、そうなんだろうな」


 俺もマグ感知能力があれば、もう少しは確信が持てるだろうに。

 まあ砦長の口ぶりを思い出せば、マグ感知能力が低いと聖魔素を読み取るのは難しそうだった。だったら、ちょっとばかり人族がマグ感知に目覚めたところで、同じかもしれないな。


「マグを媒介する杖だとか、そういったものとも違うんだろ?」


 これは憶測だった。

 根拠といえるのは、通常持ち主と武器が邪魔素同士ということくらいで、武器から聖獣を出すのを見せてもらったのは一度。シャリテイルからだけだ。

 杖に雫お化けが同化しているが、埋め込まれている魔技石は赤いんだ。それは持ち主が邪魔素しか持たないから。そして、その情報を記憶させてあるから連動できる。

 聖者であるビオの杖も大きなものだったが、やはり石は赤だった。体の大部分が邪魔素のためだろうが、スケイルから聞いたように攻撃手段としての魔技は邪魔素によるからだろう。


 完全に邪魔素しかない俺の体が、聖魔素しかないコントローラーを作動できるはずがない。本来なら――。

 それこそコントローラーなんて元々操作するためにあるのだから、直に触れずとも聖魔素が扱えるとんでも道具と考えてもいいが。

 単純にそう思えないのは、俺自身が結界の鎖に触れるためだ。

 なにより、シャリテイルが、コントローラーに触れて苦しんだ。


 聖魔素に耐えられるかに、個々人のマグ量が関係するなら、なおさら俺が持ち歩けるはずはない。


 コントローラーの効果である治癒だが、そのものズバリな意味だけではなくて……俺の体を元の状態に戻そうとするとも言い換えられる。

 それに壊れないこと――たとえば高ランクの奴が攻撃するだとか、本当に何をしても壊れないのか定かではないが――傷もつかないことと関係ある気がしたんだ。

 俺が得たマグの複製が、同量の聖マグへ変化していることの根っこも、同じ理由の気がする。

 今考えると、想像以上にとんでもない発想だ。

 たんに喜んでいいのかどうか分からない。


 スケイルは鼻を近づけたり、舌でボタンをつついたりしていた。沼で魔素を確かめていた時のように上下から瞼が半閉じで、非常に胡散臭い顔付きだ。


《やはり、主のマグに相違ない》

「それは、聖魔素としてか」

《青き色が見えておろう》


 アクセスランプが聖魔素に見えるのに、それでも俺のマグか……スケイルが言うなら間違いないんだろうけど。


《やはり主は面白い》


 面白くねーよ。


「俺が気になってたのは、それだけだ。それで、スケイルは何が見たかったんだ?」

《触れるなと言うから、確かめようもない》

「封印になにかあったら困るからな」


 次に何か変化なぞして報告するはめになったら、今度こそ疑われそうだし。


《ジェッテブルク山の地下で眠りについていたらば、ふと楽になったと話したろう。その聖魔素の出どころがこれだ》

「へぇ……え、そんとき邪竜が暴れてたんじゃないか?」

《うむ。やけに魔脈が荒ぶり、騒がしいと思っていた》


 よく、そんな状況で眠れたな。


《あの頃より薄れてはいるが、懐かしい空気である》


 薄れてるのかよ。


「ということは……邪竜が復活するかどうか、分かるとか?」

《それは無理だ。邪魔素に大きな動きがあれば目覚めつつあると言えなくはないが、邪魔素が荒ぶるのは常であるし》

「常に魔泉を開くために活動してるんだったな」


 それこそ魔震が頻発して、地上に辺り構わず邪魔素を振りまくほどでなければ断定できないのか。


「まさか邪竜が復活しても、聖獣が寝てるとは思わなかった。あ、責めてるんじゃないぞ。それは人間の都合だし」

《しかし他の我が同士らは、地中で魔脈から溢れ出ようとする邪魔素に取り付いていたはずだ》

「はず?」


 俺の質問に答えず真面目蜥蜴顔で祠を見るスケイルは、どこか寂しげに見えた。


《……我は出るつもりはなかったのでな。ぬぬ、邪竜などの話をするせいで、赤きものに飢えてきおった》

「はい弁当な」


 思ったより話し込んでしまったか。


「そろそろ狩りに戻っていいか?」

「クァ!」


 そうして最弱洞穴の出口である崖の手前辺りに行き、四脚やカワセミらも倒してしまう。元々俺が入り込める範囲は狭い。

 のんびり移動してるはずが、効率が良すぎて片付くのも早すぎる。

 その割に稼ぎが大したことないのは考えまい。




 仕方なく花畑へと向かった。

 沼地が大丈夫なら、花畑の魔物などスケイルの敵ではないだろう。


 花畑の広がる丘と、南側の森沿いを横切るようにして目標へと近付いた。街側の草原からだと、スケイルと出歩いてるのが丸見えなのもある。鞄から頭出してるより騒がれそうだが、魔技石で無理矢理行動してるだけだからな。できれば今はまだ披露したくない。


 目の前の敵に集中。

 スリバッチだけは素早さがあるから、いつでも飛び降りれるよう意識する。

 スケイルに走るなと言った手前、俺が狙われたら自分で片付けないとな。


 しかしスリバッチの素早さに勝てるほどではないが、スケイルも歩くのに慣れたのか、気が付けば速度が上がっていた。草原で木の根に邪魔されないこともあるが、俺の石を割るタイミングとも噛み合ってきたということらしい。


 そして突きつけられた現実は、滑らかに歩けるようになったスケイルの速度と、俺の走りに大差は感じられないということだ。悲しい。


 とにかくスリバッチも、スケイルの舌による牽制で動きが鈍るため、そこを掴めば容易くへし折れた。コチョウなどは、牽制のはずの舌で串刺しになるほどで、俺が手を下すことなく終わったよ。

 まじで俺の存在意義はどこ……。


 最も衝撃だったのは、ケムシダマの粘液がスケイルには全く効かないことだ。

 そのまま踏みつけて粘液地雷原も難なくクリア。

 羨ましすぎる高性能ボディ……もう悔しさも湧かないぜ。




 花畑を占拠するも青っ花採取はせず、残った時間で西の森を覗こうと近付いた。

 ヤミドゥリから受けた注意は忘れてないから、草むらを挟んで奥を覗くだけだ。


「ヒソカニは……もう居ないか」


 木々の間の地面には、落ち葉の間に黒っぽい欠片が散らばって見える。

 土だけではなく殻だろう。


《ほう、ヒソカニならば多少は歯ごたえもあろう。しかし主よ、あの殻に対抗するには我にも準備が必要である》

「準備?」


 戦うのは俺として、動き回るから踏んで抑えてくれるだけでも助かると思ったんだが。


《現状では強度が足りぬ》


 強度?


《我が神々しい体を維持し、主を支える最低限のマグ量で顕現しているのだ。本気で戦うには軽すぎる》

「風船かよ」

《ふぅせん?》

「そういえば、重みはあるし角も生えてるのに、ぶつかってもそう痛くないな」

《祠から頭を出す程度、微々たるマグ量で済ませているためだ。主の力量に合わせぬと、うっかり怪我をさせてしまう。力あるものの苦悩であるなクァハハハ!》

「そうかよ。アリガタイナー」


 言われてみれば、初めて手にしたときのズシリとくる重量感はなくなっていたな。暗かったし恐怖からだと思っていたが。

 それに幾ら人族が弱くとも、元の体と比べれば皮膚が厚いというか頑丈だ。

 そのせいか、痛みにも以前より鈍感になってるような気がするし、一日のほとんどは防具着込んでるしで、角が当たるくらいどうということはなかった。それだけ打ち身に慣れ切ってしまったせいとは思いたくない。

 肌寒くなってきたのに、寒いと言いながら面倒でまだ水風呂だし。それはともかく。


「マグのめぐりで、そこまで変わるんだな……」


 そもそも魔物がそうなんだから、似たようなもんなんだろう。

 などと言うと騒ぎそうだから言いかけて口を閉じたが、スケイルは力なくアホ毛を項垂れぼやいている。


《もう少しでも顕現化へのマグを増やせるなら、主を支える羽へも力を分けられるものを……》

「羽に力? 俺が落ちないように、支えやすくなるとか?」

「クゥ」


 かっこよく出てこれるかどうかだけに必要じゃなかったのな。

 スケイルの体を見るに、動きに差し障りのない部分の鱗羽は鎧のようだ。

 移動中に落ちにくくなるのも助かるが、それより硬化させられるなら、した方がいいに決まってる。

 スケイルにも怪我して欲しくないし……怪我してもコントローラーに戻ってくるだけか?

 いや痛がる様子を見せるんだから、酷い怪我をすればなにか問題はありそうだ。


 ああ、初めに俺が羽を毟れたのも、すでに頭だけになってたからなのか?


 そこまで俺のせいで弱体化してんのかよ……。

 ほんと人族のマイナス補正ひどすぎだろ。


 しかし顕現時に必要なマグ量は、俺の意識が保てるかにかかっている。


「それも、少しずつ試すか……」


 俺も項垂れつつ、どうにか声を絞り出した。

 フラフィエの時間が空き次第、魔技石の追加依頼しようかな……。


 魔技石が続く限りではあるが、スケイルと共に狩りというか森歩きというか……とにかく仕事したと言えなくもない。

 これまでの検証大会と比べれば、格段に良い結果のはずだというのに、溜息に始まり溜息に終わる一日だった。

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