126:誰への表明

 草の狭間から姿を現したのは、言うまでもなく魔物ではない。


「ふぃっ! シャリテイル……」

「きゃっ! 私は草じゃないわよ?」


 分かってるわ!

 こ、これはナイフを振り上げたんじゃなくて、仰け反ったんだよ!

 すぐに分かっても、びくっとなるもんはなる。


「んもぅ、いつもいつも驚かせないで」


 それは俺の言葉だ。

 言いながらシャリテイルは、草の狭間からすっと出てきた。

 スキル持ちが羨ましいよ……。


「こんな場所で、背後から急に声をかけるなって」

「おかしいわね。しっかり音を出したのだけど」


 え、そうなの? まったく気づかなかった。


「あー、ちょっと考え事をしていたかも、しれない……」

「こんなところで考える事なんて、魔物をぶっ殺す! 以外にある?」


 こえぇよ!

 やっぱり結構物騒なやつだよな。


「いやね怖い顔して。ほんと冗談が通じないんだから」


 冗談に聞こえないんだよ!

 いかん、いきなり引き摺られてどうする。

 大きく息を吸って、心を落ち着ける。


「急いで山を下りたら、この辺にタロウが生えてるって聞いたから来てみたのに」

「生えてない」


 思わず、むっとした。からかわれたからじゃない。

 恐らく昨晩には伝言を受け取ったが、朝には聖獣大発見事件で宿に来る暇もなかったんだろうと思う。


 でも砦兵の情報によれば、鉱山の奴らは休ませているほどの状況だった。

 魔震の影響下で大変なところ、どうにか繁殖期の方は一段落ついたといえど、次は魔震の後始末に取り掛かっているところに今度は聖獣の方で人手が偏っている。

 そんな状態なら、いつも以上に魔物が増えた場所だってあるだろう。


 シャリテイルは、ギルドの調整役なんだろ?

 それなのに。


「こんな時でも一人なのかよ」


 みんな浮かれ気味だったのに加えて悠長に見えるからって、それを俺が信じていいはずがない。


 他の上位者だって、いくら強かろうと誰も一人で行動してないじゃないか。それって、そうする理由があるからだろ。幾ら回避能力が高かろうと、シャリテイルだって一人で居ていいわけないんだ。


 おや、弱くてもいつもぼっちな奴がいたような……気のせいだな!

 お、俺は別口だし?


 そんな気持ちに気付いたのかどうなのか、シャリテイルはきょとんとした後、にんまりと笑った。


「こんな時? ああ、こっち側の魔物は、朝一でババーンと片づけちゃったの」

「そんなの、いつものことだろ」

「ううん今回はね、ちょっと違う試みをしてもらったのよ!」


 楽しかったーと顔全体でうきうきしながら話してくれたのは、高ランク冒険者たちのことだった。

 いつもは中ランクの上位者パーティーに高ランクの一人が参加した四組の班に分かれ、四方へと向かってもらうそうだ。で、一人は当番で街に居残りと。


 ただ今回は特に崩落の酷い箇所があり、魔物も広範囲に大発生した身震いするような状態だったため、高ランク三名でパーティーを組んで行ってもらったとのことだった。

 シャリテイルたちが戸惑うほどの大発生ってどんだけだよ……。


「けど人数減ってるんじゃ?」

「私は後ろから遠目に見てたんだけど、すごかったわ! どっひゃーんよ!」


 興奮してバンザイしながら跳ねてるが分かんねえよ。

 そりゃすげえんだろうけど。


「タロウったら感動が薄いわね。いつも中ランクのパーティーを二、三組ほど派遣して、お昼までお片付けするほどの魔物量よ? それが、彼らが歩く端から消えちゃうんだから。到着したと思ったらお掃除終了で、ひゃーだったんだから!」


 なん、だと……?

 そこまで力に格差があんの?

 なるほど、やっぱり想像がつかん。


「すぐにバテて休んでたけど!」


 やっぱりそんなオチがあったか。


「お陰で今なら、こっち側だけだけど魔物もしばらく現れなくて歩きやすいし、そう、それで時間に余裕ができたってことなの」

「ここらには、ケダマが吹き溜まってたのにか……」


 俺の労力は一体。


「カピちゃんらはしょうがないわよ。魔物一匹が漏れただけでも、かなり増えちゃうんだもの」

「それは、そうだけどさ……そうだ、伝言を聞いてくれたんだろ? 余裕ができたといっても、晩飯か朝飯とか、街に戻ってきてからでも良かったんだ」


 少し申し訳なさもあり誤魔化すように言ってみたが、シャリテイルはむにゃむにゃと口を蠢かせ、困り顔になった。

 あ、これはあれだ。

 わざわざ今やって来たんじゃなくて、時間が空いたことで別の予定をやるついでだな。


「ああ別に知りたいんじゃなくて、ギルド側の仕事とかならいい」

「違うの、特別なことじゃないわよ? 色々ありすぎて一瞬困っちゃっただけ」


 そうだよな、いつも忙しそうなのに、さらにやることが多いに決まってる。

 つよい人の抱える責任とは大きいものだなー。


「今回の魔震は大きかったでしょ。前より、あっちこっち崩れちゃってね。そういった場所を回って、情報を集めるのが面倒なの」

「あちこちって……やっぱ、そんなやばいところを、一人で回ってんのかよ」

「もちろん、まずはみんなに、さっと状況を確かめてもらったわ。お邪魔物をお掃除した上で、報告のあった場所を再確認しているだけよ」


 それだって、やっぱり初めは他の冒険者たちに任されるような状況ってことで、危険だらけじゃないか。


「よっぽど、酷い状況なんだろうな」

「そうね、洞窟の壁がごっそりなくなっちゃった場所もあるの。でも、ほとんどは全体の形が変わっちゃうほどでもないし、これ以上の変化はなさそうよ。見回り組も、ちょっとした怪我で済んだけれど、今後の予防のためにも念入りに確かめなくちゃと思って」


 まただ。

 怪我なんて当たり前みたいに言ってる。俺が怪我するような場面とはレベルが違いすぎるじゃないか。

 それでいいはずないだろ。


「ちょっとした怪我で済んだ、なんて言うなよ」

「……ほんと、そうよね」


 シャリテイルは困ったように微笑んだ。

 俺ごときが何言ってるんだろうな。つい俯いてしまう。


 分かってても、誰かがやんなきゃならないことだろ。

 それをシャリテイルは理解しているはずだ。俺なんかより、ずっと。


 というか、なにを食い下がってるんだ俺は。わざわざこんな忙しいときに俺が呼び出して、仕事の邪魔してるじゃないか。

 シャリテイルの、打算はあれども俺には親切でしかない行動を台無しにしたとか、考えを否定してそのままだったからって。俺の方も伝えておこうといった私用で……これじゃ同じだよ。

 せめて、早く用件を伝えろよ。


「えっと……まずは、ごめん」


 謝ってから顔を上げると、ぴょこんとシャリテイルの耳が揺れた。驚き顔が、宿のおっさんが見せるヒョットコ顔のようだ。

 なに言ってんだこいつって感じだよな。


「俺のランクアップを、コエダさんとギルド長に掛け合ってくれた件だ。気にしてないかもしれないけど、言わせてくれ」


 真剣に聞こうとしてくれているようで、シャリテイルは表情を改める。その酸っぱいものを口に詰め込んだように膨らんだ頬の上で、鋭く眇められた視線に、目を逸らさず向き合った。


「狭い範囲と短期間の経験しかないから、シャリテイルには的外れに思えるだろうけど……いや、そういったことばかりだろうけど、俺なりに少しは真面目に考えたことなんだ」


 ぷくぷくとシャリテイルは頷く。

 声を強めようとして、顔が強張った。自然に出た考えだと思ったのに、いざ口にしようと思うと勇気がいる。だけど、しっかり声にするため一息に吐き出す。


「俺一人の情報で、判断してほしくないと思ったんだ。気付いたんだよ、シャリテイルの提案に乗って、自分の環境が良くなるように楽しようとしていたし、実際より良く見せようとしてた」


 みんなの大げさな噂話に、ちょっと調子に乗っていたところはあると思う。

 ギルド長は、この街では誰でも成長しやすいと言った。

 たぶんシャリテイルも知ってるんだと思う。だからこそ、特殊な街と知ってなお、全種族の機会を平等にと考えたのかもしれない。


 でも現在、人族の冒険者がいないなら、たんに種族差で決めただけじゃなくて、過去に失敗した可能性だってある。

 俺たちの年代や立場では、知らないこともあるのかもしれないんだ。


 そんなこと言いだしたらキリがないけど……とにかく俺に言及するなら。

 コントローラーがなければ、もっと酷い怪我したり、治癒するまで働けなくて今よりずっと稼ぐのが大変だったはずだ。もしかしたらノマズの攻撃も後遺症が残るような怪我で、心折れていたかもしれない。あれを乗り切っても、その後で死んでたかもしれないだろ。


「俺の勝手な基準で決めて、それで迷惑をこうむるのは、後から来たやつらじゃないかって」


 シャリテイルを呼んでおいて、結局は自分自身に向けて言っている。再確認しているだけだ。

 まったく俺は、なにがしたかったんだろうな。


「その、だからさ……もし他に人族の冒険者が来てくれたら、何か決めるのは、それからでもいいんじゃないかな」


 つい最後は、誤魔化し笑いしながらになってしまった。最高にかっこ悪ぃ。

 そもそも、その人族を呼び込むのをどうすんだってこともあるじゃん。


 半ば顔を赤くしていたシャリテイルは、ぷはーっと盛大に息を吐きだした。

 息、止めてたのかよ。


「うん、その通りよね!」


 にっこり晴れ晴れとした笑顔を向けられる。

 どちらかといえば言い切った俺がそんな心情になるはずじゃないだろうか。

 特にからかわれているようでもない。

 なんでシャリテイルがそんな顔するんだ?


「私も、色々と見直す良い機会だったと思うの。一緒に考えてくれた人がいて、提案までしてくれたのが嬉しかっただけ……ありがと」


 シャリテイルがはにかみながら首を傾げると、笑顔を縁取る金の髪がさらさらと揺れる。

 そう来るか。

 なんか、すげぇ…………はずかしくてしにたい。


 やっぱり、こんな環境に適応してる人間だもんな。

 暢気に見えて騙し易そうだとか思うこともあるけど、それは擦れてないからというだけで。

 人間的には誰もが、俺よりずっと精神的に大人だと気付かされる。


「そんな、ケルちゃんみたいに色んな顔されると反応に困るわ」


 ケルベルスみたいに三つも顔があってたまるか! しかも二つは半分埋まってるし!

 もしかして、百面相といった言い回しなのか?




 微妙な空気が流れる。

 そう思っているのは俺だけかもしれない。


「たしかに、タロウの決意は聞いたわよ!」


 などと言いながら、何か企むような笑顔で俺に杖を突きつけた。

 俺の頭越しに空を見上げたのが気になる。


「それじゃ今度は私の番ね! 知ってると思うけど今は聖獣の件もあって、報告にあった場所の確認と対処を判断するのが大変なの」


 シャリテイルは、にんまりと笑いつつ話を変えた。

 ギルド長室での件はおしまいということか。

 また気を遣わせてしまったよな。


 それ以上に、なにか不穏なことを聞かされる気もするんだが、俺のせいでここに居るんだし逃げることは躊躇われる。

 恐る恐る相槌を打つ。


「さっき話した通り魔物はいないから、見て回るなら今しかないでしょ。崩れ落ちた土砂の除去とか、補強とか? わやわやあるのよ。前は思ったよりすぐに片付いたのだけど、今度は本当に街中の手が必要になりそうで……ふぅ、ほんっとーに困ったものね」


 以前の魔震後は、俺が連れ回された場所に限れば、土砂どころか倒木などでも歩きづらい場所はなかったが……。

 北の洞窟には土壁らしい脆そうな場所もあったもんな。

 土砂の運び出しがあちこちにか……そりゃ、鉱山の人族も総出になるだろう。


「でも、一時的にだろうと魔物の空白時間を作る当てができたんだろ? なら区画を決めて取り掛かれば、冒険者も運び出すのに手を貸せるし、少しは早く片付くんじゃないか?」


 わざとらしい溜息ついて、ちらっとか俺を見るが、苦手な作業を頼めるんだろ。なにがそんなに困るんだ?


「うーん、そのね……やっぱり危険な場所も多いから、お願いするにしても、その前にどの道を進むかとか作業量だとか、ある程度の見積もりを出さなきゃならないでしょ?」

「……良かったな、俺を連れ回した経験が活きるだろ?」


 今度はシャリテイルは泣きそうな顔になる。

 な、なんでだよ。


「うー……その見積もりが、分かんないからじゃない!」

「わあ!」


 びっくりした。だから杖を翳して詰め寄るなって。


「そ、そういうことか」


 そうかなと思ったけど……。

 専門どころか得意でもないことを、調べろと言われたって難しいよな。だからって……まさか。


「あのさ」

「ほんと? 頼める!? 頼めちゃう!」

「まだ何も言ってな、」

「ほらケダマちゃんは置いていきなさい。行っくわよー!」


 いや、さすがに俺がでしゃばるわけにはいかないよなーって、おい!

 急に元気になりやがって。


「ささ、こっちよ。洞窟を攻めつくしてやりましょ!」

「ぐぇ、ポンチョを引っ張るな!」


 俺だって土木作業なんてしたことないから!


「適当なこと言えないし、あまり当てにするなよ」

「私よりはマシに決まってるわ!」


 なんて楽観的なんだ。


 俺の首根っこは、北東に向けて引っ張られていった。

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