125:限定版の列

 聖獣が見つかった――。


 大通りを駆け抜けていった冒険者の声に、思わず足を止めていた。


 もう何年も、この街では見つかっていないと聞いたものだ。トキメに頼んだ伝言が届いていたなら、今朝シャリテイルが現れなかったのはこのせいかもな。


 数人で固まった人族が北へ向かって走るのを物珍しく眺める。俺以外の人族が走ってる姿なんて滅多に見ない。俺と同じく小走りで、苦し気なところに苦笑してしまう。


 宿を出てからそう歩いていないため、北西にある鉱山の人族用居住区画への小道は近い。やや間をおいて、さらに人族グループが現れては後を続いて北の山へと向かっていた。

 わざわざ人族が走っていくのは何かと思ったが、どこか眠そうだし、もしかして休日予定のやつが急遽たたき起こされたとか?

 そう考えると直接には関わりのないことで休日出勤とは……ご苦労様です。


 けど今は、どこか表情が明るい気持ちも分かる気がする。

 噂話しか出来ずとも、いつもと違うことなら、どんなことでも大歓迎な気分になるよな。




 彼らを見送って俺も足を動かす。

 おかしいな。

 再び通りを見渡して首を傾げた。


 人族と違い、冒険者の方の走る先は様々だ。北へ向かうのは当たり前と思うが、なぜか南へ走っていく奴も多い。というより、大通りの中心へ向かうほどに人が増えている?


 目の前の長屋から出てきた行商人の護衛らしき冒険者も、先ほどの奴らと同じく何事かと立ち止まる。


「おい、いったいなんだ?」


 そいつらの呼びかけに、走る冒険者の一人が速度を落として叫んだ。


「山で聖獣が見つかった。何体もだ。まだ出てくるかもしんねえらしい。持ってないやつが居るなら知らせろ。あ、欲しい場合はギルドに集まれとよ!」


 なんだと!


 聞いたやつらも驚いて、弾かれたように宿に取って返した。まだ寝てる奴がいるんだろうな。


 そこまでお得なもんではないと聞いたが、やっぱりあれば嬉しいものなのか。

 俺こそ、ほすぃ……。

 いやいや、維持するのにどれだけの魔力がいると思ってる。人族には、高嶺の花だ。

 模型屋でいえば棚の最上段に飾られる大きな商品で、お値段的にも飾るスペース的にも手の届かない存在だぞ……。


 みんな一点に吸い込まれていくのを、うずうずしながら眺める。

 ギルドか……。

 別に欲しくなくても、あれは限定商品の列じゃないか。並ばなきゃ!

 たまらず俺も駆け出した。




 開け放たれていたギルドの扉をくぐると、肉壁。

 いつも以上に野郎どもで埋まっている。むさい。

 皆は興奮気味で隣の奴らと雑談しつつも、体は窓口の方を向いていた。そこから指示が聞こえ、復唱するように誰かが叫び内容が混ざる。


 どこどこへ行くのはこっちだとか、行き先を伝えているらしいのは分かった。

 それに合わせて人垣が右へ左へと蠢き始め、俺は潰されないように壁際に張り付くようにして入り口から奥の壁沿いまでカサカサと移動する。

 目標は引率らしき復唱している奴だが、繰り返されているらしい窓口からの説明も聞き取りやすくなったため耳を傾けた。


 人垣の間から見えた窓口の向こう側には、岩腕族の男性職員がいて呼びかけていた。

 祠の封印が変化したとき俺とシャリテイルの報告を別室で聞いたり、遠征を見送った時に先頭に立っていたりと、たまに見かけるちょっと偉そうな人だ。

 そのすぐ背後にも見覚えのある顔は、防具を着込んだギルド長?

 結構、おおごと?


「だよな」


 内容へと懸命に耳を傾けると、聖獣が見つかったことを受けてギルドから新たな指示が出されているらしい。


 声を張り上げている職員によれば、この場にいる冒険者たちは聖獣を持たず、かつ欲しいと思う者が集められたようだが、現地の討伐も心がけてほしいとのお願いが繰り返されている。特にどこどこへ行くなら、なになにの魔物が増加傾向だといった注意喚起でもあるようだ。


 すでに所持済みの者は先に現場に向かって魔物掃除し、後に増員した鉱夫らの護衛を担当しつつ採掘の補助を頼んでいるから、聖獣確保後は合流してくれと続く。

 それが山に走っていった奴らか。


 だったら俺は、難易度低めな行き先のグループについていった方がいいよな。聖獣の種類を選べる立場ではないし能力もない。


 それにしても、みなが浮かれたように緩い雰囲気だ。

 魔震で崩れた現場の確認をしてまわり増えた魔物を倒す、徒労感ばかりの作業の中で、ささやかなボーナスともいえるもんな。

 部屋の数カ所から、声が上がった。


「北の山向こうへ行くなら、こっちだ! 最初に出るぞ!」

「岩場西側! 次だ!」


 発見された場所を持ち場にしているらしい冒険者が先頭で声をかけ、数班に分かれた集団が続々と出ていく。最後の声に、俺は反応した。


「あー南西方面ー。低ランクの聖獣で数も多くないらしい。あんま期待すんなー」


 これだ!

 集った人数も班の中で一番少ないし、少しは慣れている方面の上に低ランクの聖獣ならば、もしかすると俺でも入手可能な範囲かもしれない!

 移動を始めた列の後ろに、こっそりと移動した。

 が、なぜか目ざとく列の全員が俺を振り返る。


「お、さっそくタロウも噂を聞いてきたか!」


 くっ……浮かれてるようでいて警戒を怠らないとは、さすが冒険者だ。


「変わったことがあると、わくわくするよなあ!」

「いやあ、タロウは聖獣ならぬ聖草を持ってると思うぜ?」

「おっと、そうだったな」

「ほら、急ぐぞー」

「じゃあ、またな!」


 そうして、当然の如く俺には必要ないだろといった風に通り過ぎていったのだった。

 付いていくのもダメなのかよ……。


「くそっ……なにが聖草だ」


 広めたのはカイエンだな? いや人見知り野郎だし、つるんでる奴らの方かもしれないが、どっちにしろ覚えてろよ!


 さっぱりとしたギルド内には、職員の声だけが響き始める。

 振り返ってみれば、職員の大半も装備を着込んでいて、これから出る様子だ。その職員らに、現地のフォローが指示されていた。

 一人が複数の持ち場を持ってるらしい。戦闘系事務職? こっちはこっちで大変そうだな。

 それでも、やはりどこか楽しそうな雰囲気がある。


 どこか、違和感。


 明るい面持ちの職員らの輪の外で、硬い表情の奴がいる。

 ギルド長だ。

 それが、やけに浮いて見える。


 立場的に、魔震の後始末も早く済ませたいだろうから、単純に喜べないのかもしれない。それにしては、頭が痛いとぼやく程度の苦労とは違う、重さすら感じられるような……考え過ぎかな。ただの疲れや睡眠不足とかもありうるよな。


 ふとギルド長がこちらを向いたのと目が合い、会釈して慌ててギルドを出た。

 遊んでいるなどと誤解されては困る。さーて仕事仕事!




「ちぇ。混ぜてくれたっていいじゃないか……」


 抽選会に並ぶ整理券すら貰い損ねた気分だ。


 聖獣って、本当に掘り出すんだよな。

 わくわくしていたけど、もう掘り尽くされたと思われていたもんが出てきたってことは、魔震で崩れた場所が多いんだろうか。そう考えると、あんまり喜ぶのも複雑だ。


 今朝の張り合いはすっかり消えちまったよ。

 昨日の、マグを取り戻せるくらい戦えるようになった喜びも、特に現状に合った課題決めには繋がってないと思うと薄れていく。


 そういえば、なんとなく北側へ行こうとしていた。

 なんでかと思ったが、魔物が増えている時期なら、あの狭い森だと魔物も密集していて大量にマグを集めるなら良さそうだと思った気がする。


 減ってしまった今は、あまり意味がないな。

 まあ、気分を変えるために違う場所へ行くのは悪くないか。

 そんなわけで大通りから東への道を抜けた。




 そういえば、牧草地は大丈夫だったのかな。

 あっちは山がすぐそばだ。低ランクの森が狭いってことは、普段は洞窟の中に留まる魔物も、繁殖期には溢れてきそうなもんだけど。


 ウギの様子が気になったものの、変わらず人はまばらだ。いや、ウギもいない?

 建ち並ぶ小屋を見渡すと、そこに作られた柵の中に戻されている。あれ全部?

 狭苦しそうだ。やっぱ多少は魔物が漏れてくるから、念のためかな。


 結界柵沿いを歩きながら、牧草地の向こうに青々と茂った木々の狭間をじっと見る。特に不審な動きは見えない。砦裏まで近付いても、森は普段の様子を取り戻しているように見える。


「タロウじゃないか、どうした!」

「うわあっ!」


 突如、背後から野太い声をかけられ飛び上がる。

 振り返ると見慣れたお揃いの革装備の兵たち。


「メタルサにヴァルキか」


 人が立ってるなんて気が付かなかった。やっぱり俺の目は節穴だな。


「あぁ、もしかして、繁殖期の見張り?」

「うむ。その通りだ」


 なんだ、こうして番をしているだけで済む程度なのか。


「タロウの方こそ、こんな時期まで討伐か」


 俺に、討伐かだと?

 まるで冒険者と話すようなことを聞くじゃないか……。


「もちろんだ! お肉たちが無事か気になってね!」

「まったくだな。ウギたちに何かあれば問題だ。だから、しばらく狭い柵の中に留まってもらっている」

「ま、機嫌が悪くなるから、解放されると走り回って大変なんだがな」


 メタルサとヴァルキから、この辺は普段どうしているのか聞くことができた。

 ウギも運動不足は辛いだろう。と思ったが、あいつらいつも草齧ってるだけなのに、そんな時は暴れるのか。

 のんびりして見えるウギも、狭い柵の中に押し込まれるのは嫌なんだな。


「俺たちも見張りをしてはいるが、魔物もそう出てこないから心配ないぞ。まずは冒険者たちも、こっちの山の中から重点的に討伐しているからな」

「やっぱりそうなんだ」

「お陰で、ここらの森の中は逆に少ない。それでも繁殖期は侮れないが、そろそろ数は落ち着いたと聞いている」

「この辺の草を討伐するに、ちょうど良い時期だろう」


 俺の討伐はそっちかよ。そうかなと思ってた。どうせやるけどよ。

 つい場所を吟味してしまいつつも、先ほどのギルドでの熱気を思い出して、二人とも暢気なのが気になった。


「砦兵は、聖獣採掘に参加しないのか?」

「採掘って……まあ、そうなる、のか?」


 ヴァルキの困惑にメタルサが笑いながら答えた。


「俺たちは必ずしも魔物相手の立場ではないからな。それに、砦長の許可がなければ勝手な行動は取れんよ」


 お巡りさんは大変だ。


「そうだった、タロウ! 遠征に出たと聞いたぞ!」


 突然ヴァルキが叫んだ内容に身構えた。どんな大げさな内容を聞かせられるのかと黙って笑ってみる。

 さあ、きてみろ。

 お前らの訳の分からない噂話を受け流すために、心の鎧は生成済みだ。

 ダメージを完全に防げるわけではないからお手柔らかにお願いします。


 しかし、予想外の反応が起こった。


「く、くくく……」


 め、メタルサがこわれた!?


「とぼけるな、タロウ。聞いたぞ。滝の向こうから難度が上がるというのにも関わらず、多くの魔物を退けたと聞いた。特に、名を口にするのもおぞましい……俺の天敵をな!」


 メタルサが怒りに顔を染め、固めた拳を振り上げる。どこか遠い敵を睨んでいるのは分かるが、怖いからその気迫で俺を見るな。


「あー、やっぱり六脚ケダマが嫌いだっ……」

「うがああっ! その名をぉっ! 言うなああ!」

「わ、わるい」


 名前までダメなのかよ。俺以上に苦手とは。

 やっぱりメタルサが特別虫嫌い……いや六脚ケダマ嫌いだったのか。

 砦兵は常駐人数少ないんだろ? それで頻繁に泊りがけで周辺を巡ることになるんだろうし、こいつ遠征のたびに、どれだけの虫よけを持ち歩かなきゃならないんだろうな。


「それは、巡回も大変そうだな……」


 おっと、げんなりした心情が漏れ出てしまった。


「多分想像通りだぞ。虫よけを持てるだけ持ちやがるし、俺も持たされてうんざりしてるんだ」

「悪いが、あれだけはダメだ。ダメなんだ……」


 ヴァルキは朗らかに嫌味を言うが、メタルサは現場を思い出したのか、先ほどの気迫は鳴りを潜め身震いしている。

 震えるメタルサを見て笑いつつ、ヴァルキが口を開いた。


「まあ、そっちの話はいいんだ。俺が感動したのは、あのカピボー相手に苦戦していたやつが、ケルベルスまでやっちまったってことだ!」

「やってねーから!」

「ガハハ、謙遜するなよ!」


 するかよ!

 聞いてくれそうもないから、別の話にもっていこう。

 ダメ元で魔震の被害状況を尋ねてみたら、ヴァルキは少し考えつつもかいつまんで話してくれた。


「お察しの通り、結構あちこち崩れている。しばらくは採掘も休みだ。ただ、今回は崩れやひび割れが目立つんでな。確認作業に人族の手も借りるほどだ」


 なんか、猫の手も借りたいという言葉が実態を伴ったようで複雑だ。

 それはともかく、思った以上に大事になってないか。


 現在ジェッテブルク山とその周辺は、いつもの鉱員と護衛任務に就いている奴らが対処しているらしい。大所帯なら場に慣れた者で見回った方が早いよな。


「が、もっと外で手が必要な場合もある。頼むぞ、タロウ」


 キリッと言われても。


「外側って? 山並みの外なんてないよな?」


 頷くんじゃねえ!


「うむ、そうだタロウ。今後は奴との死闘も増えるんだろう? 虫よけのとっておきの使い方が……」


 気を取り直したらしいメタルサも何か言いかけたが、俺は天啓を受けた気がして背を向けた。


「忙しいところありがとう! ノルマがあるんでまたな!」

「おい虫よけを侮るな!」

「おい置いていくなよおぉ!」


 ヴァルキの縋るような顔には申し訳ないが、俺には早すぎる禁断の知識だ。虫よけ豆知識を披露しようと食いつくメタルサの声から逃げ出した。




 なるべく砦から距離を取ろうと森沿いを東へ走っていると、小屋の存在を思い出した。ウギが第二の人生を歩むゲートだ。

 閻魔大王ならぬ、お肉製造オッサンは大丈夫かな。さすがに臨時休業だろう。他にも仕事は幾らでもありそうだし……あ。

 こういうときに、そういうの手伝った方がいいんじゃないか?


「いや待てよ、冒険者は手伝えないんだっけ……」


 俺も一応は冒険者だしな。

 ストンリの対応を思い出し、嘘も方便じゃないが、たまたま通りすがったからという言い訳を頭に置いておく。


 それより、もし手伝おうとしたら依頼書を作られそうだ。

 緊急時の特例とか、その辺もギルド長と話したほうがいいんだろうか。

 なにをするにしろ、今は難しいな。


 とにかく様子だけでもと見に来たら、案の定だ。

 ケダマ小屋になってるじゃねえか。ということは誰も居ないよな?

 それはそれでちょうど良い。


 あのオッサンでも、これだけ数がいると大変だろう。幾ら弱個体だろうと固まって一気に押し寄せてこられると危険だ。

 その対処法を、俺は思いついていた。


 道具袋から大きめの手拭いを取り出して広げると、前方に翳す。

 布が風にはためき、毛の山が動いた。


「キェシャー!」

「ケキャキャー!」

「来いよケダカピ! この地をお前らの巣にはさせん! てめえら一匹残らず殴り倒してやるぅおおおぉ!」


 バサァッと思い切り振った布を、カピボーの牙やケダマの爪が貫いて捉えた。布に取り付いたケダマらをそのままに、他の集団を殴りつけていく。

 特に殺傷力はないある。

 ええと、一息にとはいかないが、ほどよく潰れてくれる。

 払って一部に隙を作るのが目的だったが、思ったより排除できた。投網があれば楽そうなんだが……いや木に引っかかって大変なことになるな。


 どうだ一毛……一網打尽の技は!


 最速じゃね?

 ケダマ小屋はすっきりと、いつもの小屋に戻った。

 満足して頷き、ほつれたボロきれを道具袋にしまう。


「うむ。この技も封印だ」


 あー疲れた。手掴みより疲れるってどういうことだよ。

 悪くない作戦だったが、布は傷むし通常技にできないと分かっただけだった。




 小屋から森の中を通り、北に向けてケダマらを片付けていく。つい東の小屋まで逃げてきてしまったが、元々北側の森の様子を見るつもりだったからな。


 ときに、ほっそい通り道を山並みの崖手前まで入り込んで、枝葉を払っては見晴らしよく整えた。

 度々、坂を転げ落ちてくるようにケダマなどが現れるのを倒しては進んでいく。

 ヴァルキに聞いたよりも多く感じるが、日常的な範囲だろう。


 そうしている内に、日が差しこみ開けた場所に出たのだと気付いて顔を上げた。

 木々の間から放牧地を確認すると、北東辺りに付いたようだ。

 山並みの方を見上げて、顔を顰めた。まじまじと見たことはないが、どうも景色の一部が欠けている気がする。


 山というほど高くはないんだが、丘と呼ぶには妙な感じで……まあ、山並みと呼んで違和感ないくらいには、なだらかなでこぼこが連なっていたはず。

 気のせいというには異様に思える。


 ここで俺が睨んだところで、どうにもならないな。

 放牧地側で生えかけの背高草を刈ろうと振り返ると、金色の頭が生えていた。

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